
そのまま放置していると難聴やめまいなどの症状を引き起こす可能性がある鼓膜穿孔。さまざまなリスクにつながるため、疑わしいサインを見逃さず、早期に発見して適切な治療を行うことが大切です。
鼓膜穿孔には複数の治療法がありますが、従来の治療法では皮膚切開を必要とするため、患者さんのハードルになっていました。近年、皮膚の切開を伴わない“鼓膜再生療法”という治療法が保険適用されたことで、鼓膜穿孔の治療を受ける方が増えてきています。
今回は、大阪市立大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科において主任教授を務める角南 貴司子先生に、鼓膜穿孔を疑うべきサインと治療法についてお話を伺いました。
耳は音を捉える“外耳”、音を調整する“中耳”、音を脳へ伝える“内耳”の3つの部位で構成されています。外耳は耳の穴から鼓膜まで、中耳は鼓膜から奥の部分を指し、さらに奥には内耳があります。鼓膜は外耳と中耳の境目にある薄い膜で、音を空気の振動として捉え、中耳、内耳に伝えていく大切な役割を担っています。この鼓膜に穴(穿孔)が空いた状態を鼓膜穿孔と呼びます。
鼓膜穿孔の原因として多いのは急性中耳炎(鼻から入ったウイルスなどによって中耳で炎症が起こる病気)、慢性中耳炎(鼓膜にできた穿孔が治らず、中耳で炎症が慢性化した病気)といった中耳炎です。滲出性中耳炎(鼓膜の中に水や細菌を含む中耳内の分泌液(滲出液)がたまってしまう病気)の治療がもとで鼓膜穿孔を生じることもあります。
また、外傷も鼓膜穿孔の一因です。たとえば、耳かきによる外傷やスポーツ時の激しい接触などによって鼓膜に穴が空いてしまうというケースがあります。
鼓膜穿孔の主な症状として、痛み、耳漏(耳垂れ)、難聴が挙げられます。どういった症状が現れたら鼓膜穿孔を疑うべきか詳しくご説明します。
急性中耳炎を発症すると耳に強い痛みが現れます。炎症が続くと、その炎症によって鼓膜に穴が空くため、急性中耳炎が原因で生じた鼓膜穿孔では痛みが注意すべきサインといえるでしょう。一方で、鼓膜穿孔の原因が慢性中耳炎や滲出性中耳炎の場合には、痛みはあまりありません。
急性中耳炎、慢性中耳炎によって鼓膜穿孔が生じた場合は、耳漏(膿などを含む耳から排出される液体)がみられることが多いです。急性中耳炎では、痛みが続いた後に鼓膜穿孔を引き起こすと耳漏が出ますが、慢性中耳炎では断続的に耳漏が出ます。耳漏が一度でも出た方は鼓膜穿孔がある可能性がありますから、耳鼻咽喉科を受診いただきたいと思います。
慢性中耳炎が原因の場合は、難聴や耳閉感につながる恐れがあります。鼓膜に空いた穴の大きさによって難聴の程度が変わります。大きい穴であればあるほど聞こえが悪くなり、小さい穴の場合には聞こえがあまり悪くならないと考えられます。
穿孔の大きさが変わらなければ鼓膜の穴による難聴の進行はありません。ただし、鼓膜の奥の中耳まで炎症が進行した場合、鼓膜から音の振動を受け取る耳小骨の関節が硬くなったり、耳漏によって耳小骨の動きが悪くなったりして難聴が進行することがあるため注意が必要です。
鼓膜穿孔や耳小骨の動きが悪くなって起こる難聴というのは、多くの場合で低音域が聞こえづらくなります。しかし、鼓膜穿孔による難聴といっても慢性中耳炎が原因の場合などは、聞こえづらいという自覚症状がほとんどない方もいます。
具体的にどういった音が聞こえづらくなったら鼓膜穿孔を疑うべきか、いくつか事例をご紹介します。
特に、昨今は新型コロナウイルス感染症によってマスクをする機会が増え、難聴を強く自覚して受診される方が多くなったと感じます。今までは相手の表情や口元を見て会話の内容を判断していたものが、マスクでそれができなくなってしまったからです。当てはまるものが1つでもある方はぜひ一度耳鼻咽喉科を受診ください。
鼓膜穿孔をそのままにしているリスクとして音が聞こえづらくなるという点が挙げられます。それに加え、お風呂やプールに入ったことをきっかけに再びその穿孔から炎症が引き起こされ、中耳炎を繰り返すことによって難聴がさらに進行する恐れがあります。
また、まれな例ではありますが、真珠腫性中耳炎の1つである二次性真珠腫(鼓膜穿孔の縁から生じる骨を溶かす病気)になると、炎症によって耳小骨が溶けて難聴が進行したり、めまいを起こしたりする可能性もあります。さらに脳に炎症が及ぶと、脳炎や髄膜炎(脳や脊髄を覆う膜に起こる炎症)といった重篤な合併症を引き起こすため注意が必要です。
難聴の進行や重篤な合併症につながる恐れがあるため、少しでも鼓膜穿孔を疑う症状があった場合には早めに耳鼻咽喉科を受診し、適切な治療を受けましょう。
鼓膜穿孔が疑われる場合、基本的に内視鏡検査と聴力検査を行います。内視鏡検査では鼓膜穿孔の状態を、聴力検査では穿孔によってどれくらい聞こえづらくなっているかを確認します。また、聴力検査の一種であるパッチテストで、穿孔を一時的に塞いだ状態で聴力を測り、穿孔を塞ぐことで聴力が十分に改善するかを検査します。
手術が必要になった場合にはCT検査を実施し、中耳内の炎症の有無を確認します。中耳内に炎症がある場合には、鼓膜を塞ぐ手術と併せて鼓膜で捉えた振動を増幅させる耳小骨の動きをよくする手術を行い、聴力の改善を図ります。
鼓膜穿孔には、鼓膜形成術、鼓膜再生療法、鼓室形成術の3種類の治療法があります。検査の結果、鼓膜に穴が空いているだけ、つまり中耳内に炎症や病変がない場合には鼓膜形成術、鼓膜再生療法のいずれかを選択します。このような症例に対しては、当院では説明のうえでどちらの治療を行うか患者さんに決めていただいています。
対して、鼓膜穿孔に加え、中耳炎を何回も繰り返していたり、耳小骨の動きが悪かったりする場合には鼓室形成術を行います。
鼓膜形成術とは、鼓膜の穴の周りを削った後、自身の組織片を穿孔部に移植する手術です。耳の後ろの皮膚、あるいは耳珠軟骨(耳の顔側にあるでっぱり部分)を切開して組織片を採取します。鼓膜形成術は切開を伴う手術ですが、傷あとはほとんどの場合であまり目立ちません。
手術は局所麻酔で行うため、日帰りでの手術が可能です。お子さんの場合には全身麻酔を行うこともあります。その場合には入院になります。
鼓膜再生療法とは、穿孔部の周りを傷つけた後、鼓膜の再生を促す薬を浸み込ませたゼラチンスポンジを入れて、鼓膜の穿孔部を閉鎖させる治療法です。同様の治療を最大4回まで行うことができるため、1度で穿孔が塞がらなかったとしても多くの場合で複数回の処置で鼓膜を再生することができます。なお、全身麻酔を使用しないため日帰りでの治療が可能です。
鼓膜再生療法は皮膚を切開せずに治療できる治療法ですので、患者さんの身体的な負担が少ない治療といえます。ただし、鼓膜の再生に関わる幹細胞が残っていないと、鼓膜再生療法では鼓膜が塞がらないことがあります。そのような場合には、鼓室形成術をおすすめしています。
鼓室形成術とは、鼓膜の穴を塞ぐことに加え、鼓膜の奥にある中耳内の炎症や病変を取り除き、耳小骨を再建する手術です。耳の後ろの筋膜あるいは耳珠軟骨の軟骨膜を採取して鼓膜の代わりとして用いるので、皮膚の切開を伴います。入院での手術となりますが、基本的には1週間以内には退院できると考えてよいでしょう。
従来から行っている顕微鏡を用いた鼓室形成術では、耳の後ろの皮膚を切開して鼓膜や中耳へアプローチする必要がありました。しかし、近年では鼓室(鼓膜の奥の空洞部)内に病変がとどまっている場合には、内視鏡を用いて手術をすることができるようになっています。内視鏡を用いた手術では耳の穴からの手術が可能になるため、傷や痛みといった患者さんの負担を軽減することが可能です。
鼓膜形成術、鼓膜再生療法、鼓室形成術のいずれにおいても治療後に鼻を強くかまないようにしてください。また、お風呂やプールで耳に水が入ると中耳炎を起こす原因になるため、鼓膜がきちんと定着するまではなるべく耳に水を入れないようにすることも重要です。特に小さいお子さんの場合は、入浴時にお風呂へ潜らないよう注意していただきたいと思います。これらの注意点を1か月程度、必ず守ってください。
また、鼓膜穿孔は再発することもあります。その場合は鼓膜や中耳の状態を確認したうえで、適切な治療法をあらためて検討します。
以前は、耳の後ろなどの皮膚切開を伴う鼓膜形成術の手術になかなか踏み切れない方も少なくありませんでした。しかし、皮膚切開を必要としない鼓膜再生療法が保険適用になったことで、鼓膜穿孔の治療をしようと耳鼻咽喉科を受診する方が増えてきています。
また、鼓膜再生療法を複数回行った場合と鼓膜形成術を行った場合の鼓膜の閉鎖率は、ほぼ同等であることが明らかになっています。患者さんの負担が少ない鼓膜再生療法ができるようになったことによって、鼓膜穿孔の治療を前向きに検討する方が増えることを期待しています。
鼓膜の穴が空いたままの状態のままですと、難聴、めまいなどにつながる可能性がありますから、疑わしい症状があったらぜひ治療を受けることを検討していただきたいと思います。耳垂れが一度でも出た経験がある方、聞こえづらさがある方などは鼓膜穿孔の疑いがありますから、なるべく早めに耳鼻科を受診ください。
今までに鼓膜穿孔があると診断された方の中には、切開を伴うことや年齢を理由に治療を受けることを躊躇している方もいるかもしれません。鼓膜再生療法という体の負担が少ない治療法は、ご高齢の方でも治療を受けることが可能ですので、ぜひ一度耳鼻咽喉科へご相談ください。
大阪市立大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科 教授
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