子どもの7割がかかるといわれ、大人でも発症することのある中耳炎は、私たちにとって非常に身近な疾患です。しかし「中耳炎」とは総称であり、その症状や経過によっていくつかの種類に分類されます。なかでも細菌・ウイルスによって中耳に炎症が起こる急性中耳炎と、炎症などにより鼓膜に穿孔(せんこう:穴)のできる慢性中耳炎は、まったく別の疾患といえるほど異なるものです。それらの詳しい症状や原因について、東京女子医科大学東医療センター耳鼻咽喉科部長である須納瀬弘(すのせひろし)先生にお話を伺いました。
私たちの耳は、外耳、中耳、内耳という3つの構造によって成り立ちます。このうち中耳は『鼓膜』(こまく:音を伝達する膜)、『中耳腔』(ちゅうじくう:鼓膜の奥の空間)を指し、中耳炎とは、この中耳に何らかの炎症・異常が起きる疾患です。
中耳炎は、その症状と経過によって以下のように分類されます。
1・『急性中耳炎』:細菌やウイルスによって、中耳に急性の炎症が起きている状態
2・『慢性中耳炎』:中耳腔の炎症などの影響により、3ヶ月以上継続して鼓膜※に穿孔(せんこう:穴)がある状態
3・「滲出性(しんしゅつせい)中耳炎」:中耳の炎症や換気の異常により、滲出液(組織からしみ出した液)が中耳腔にたまった状態
4・「癒着性(ゆちゃくせい)中耳炎」:中耳の炎症や換気の異常のため、鼓膜がへこんで中耳腔(ちゅうじくう:鼓膜の奥の空間)の壁に癒着している状態
5・「真珠腫性(しんじゅしゅせい)中耳炎」:中耳腔に角化上皮(皮膚のように垢を出す上皮)が存在する状態で、中耳の炎症や換気の異常により鼓膜が深くへこんで起こる場合や慢性中耳炎の孔から皮膚が入り込む場合、生まれつきの異常で中耳に角化上皮がある場合(先天性真珠腫)などがあり、堆積した角化物(耳の垢のようなもの)が周囲の骨を壊していく状態
このように、一口に中耳炎といっても、『急性中耳炎』(細菌やウイルスによって中耳に急性の炎症が起きている状態)と『慢性中耳炎』(何らかの原因によって鼓膜に穿孔(穴)がある状態)、そしてその他の中耳炎は相互に移行することがありますが、基本的に別の疾患といえます。
ケースにより薬剤治療、外科手術など最適な治療法が異なるので、中耳炎を疑う場合には早期に医師の診断を受けることをおすすめします。中耳炎の種類ごとの詳しい治療法については、記事2『中耳炎は検査が重要-薬で治る場合、手術が必要な場合とは?』でご紹介します。
鼓膜は0.1ミリほどの薄い膜で、外耳と中耳を隔てています。鼓膜には、2つの役割があります。1つは、音を受け取り耳小骨へ伝える、『最初の振動体』としての役割です。2つ目は、外耳と中耳を隔てる壁として、『外部からの異物・水・細菌の侵入を阻止する』役割です。
急性中耳炎とは、細菌やウイルスの侵入によって中耳に急性の炎症が起こっている状態です。保育園や幼稚園に通う4〜5歳の子どもに多くみられます。急性中耳炎は滲出性中耳炎と相互に移行するリスクがあり、急性中耳炎の炎症が治りきらずに滲出性中耳炎になったり、滲出性中耳炎の液が抜けず、風邪をひいたことをきっかけにして急性中耳炎をおこしたりすることが少なくありません。
急性中耳炎のおもな原因菌は、『肺炎球菌やインフルエンザ菌』です。これらの原因菌の感染ルートは鼻の奥と中耳をつないでいる耳管で、風邪をきっかけに鼻やのどで増殖した細菌やウイルスが耳管を経由して中耳にとうたつすることで中耳に炎症が引き起こされます。
子どものおよそ7割が、中耳炎にかかるといわれています。とくに急性中耳炎・滲出性中耳炎はこどもに多くみられる疾患です。
その理由は、1つめに子どもは、耳管(じかん:中耳腔と鼻・喉をつなぐ部分)の機能が未熟で開閉がうまくできないため、そして2つめに子供の耳管は大人よりも短く水平で、鼻や喉で増殖した細菌やウイルスが侵入しやすくなるためです。
また、中耳腔に胃酸の成分が検出されることもいわれており、胃酸が引き起こすケースがみられることから、子どもは胃酸が中耳腔に上がりやすい構造をしており、真珠腫性中耳炎につながりやすいと推測されます。
子どもは免疫力が低いうえに、保育園や幼稚園に通っている場合は子ども同士で触れ合う機会が多く、唾液や鼻汁を介して細菌やウイルスに感染しやすい環境にあるといえます。
また、近年は耐性菌(抗菌薬に耐性を持つ(効果を発揮しない)種へと進化した細菌のこと)の拡大も子どもの感染や中耳炎に影響しているといわれます。
とくに保育園に通う子供は、保護者の仕事の関係から治療が不十分かつ感染力のあるうちに登園することになりやすく、耐性化した菌をうつしあって中耳炎を繰り返すケースも多くみられます。
急性中耳炎を発症すると、激しい耳痛や発熱が起こります。数日~1週間前から風邪の症状がある子どもが、急に強い片耳の痛みを訴えて泣くというのが一般的な経過です。耳痛は激しく初めてのときには慌ててしまいがちですが、通常3~4時間で痛みが軽くなるため、吐いたり頭痛を訴えたりしていなければ慌てる必要はありません。
アセトアミノフェンなど子どもに処方された解熱鎮痛薬の手持ちがあれば飲ませてあげると痛みは早くおさまります。通常は翌日に耳鼻科を受診すれば十分です。大人の場合には強い耳痛が数日間続くこともあります。
自分の体に何が起こっているのか言葉で表現できない幼い子どもの場合、強い耳痛はなかなか泣き止まない不機嫌として現れます。周りの大人が子供の様子に敏感になることが大切です。
大人が急性中耳炎になると、痛みや発熱に加え、中耳にたまった膿汁のために耳がふさがれたような感じや難聴を自覚します。一方、耳鳴りやふわふわするめまいは、中耳の炎症が聴覚や平衡感覚を担う内耳に及んだことを示すサインです。後遺症を避けるには、より積極的な治療をできるだけ早く開始する必要があるので、診察時に医師へ症状を詳しく伝えましょう。
上記のような症状に続いて『耳だれ』(耳の穴から出る分泌液)が現れた場合、炎症の進行によって鼓膜が破れ、急性中耳炎が重症化しているサインです。
また、急性中耳炎の炎症が進行すると、「髄膜炎」(脳・脊髄をおおう保護膜に起こる炎症で頭痛や吐き気を起こす)や「顔面神経麻痺」(神経の麻痺により顔の片側が動かせなくなる)などの合併症が引き起こされることがあります。急性中耳炎を疑う場合には、早期に医師の診断を受けるようにしましょう。
前述のように慢性中耳炎は、急性中耳炎による鼓膜穿孔の反復や、滲出性中耳炎の治療のためのチューブ留置が原因となるケースが多く見られますが、その他にもスポーツなどで頭をぶつける、平手打ち、耳かきが奥に入るなどのため鼓膜が破れた場合(外傷性鼓膜穿孔)、あるいは綿棒の使い過ぎで薄い鼓膜をこすり取ってしまうことなどでも起こります。
慢性中耳炎のおもな症状は『難聴』で、細菌感染を起こした場合には耳だれが出ることもあります。慢性中耳炎による炎症を反復すると、鼓膜と内耳をつなぎ、中耳で音を伝える耳小骨が固まって音が伝わらなくなったり、音を聞き取る内耳そのものの機能が低下したりすることで、難聴が進行していきます。慢性中耳炎を放置すると、年月が経つほどに治療は難しくなり、聴力の回復が悪くなることがしばしばあります。
片耳だけが悪い患者さんは、「反対側が聞こえて不便が少ないから、このままでもいいや」と思いがちですが、ずっと今の聞こえが続くのはごく一部の幸運な人だけで、歳をとれば良い耳の聴こえも落ちるのが普通です。片耳でしか聞けない人は、両耳で聞ける人と比べて言葉の理解や車の音への気づきなどの不便が拡大していきます。不便が目立つようになって手術の必要性を自覚するご高齢の方が多いのが現実ですが、より早期に手術するほうが良い結果が得られる可能性は高くなります。手術が適当ではない患者さんがいるのも事実ですが、「鼓膜が乾いているから手術は必要ない」とか、「中耳炎は手術しても治らない」など、不十分な知識に基づいて話す医師がいるのも事実です。
鼓膜に穴が開いていると言われた患者さんは、現在不便がないからと楽観視せず、適切な医療機関を受診し、あるいはセカンドオピニオンを求めてみてください。中耳炎の詳しい治療法については、記事2『中耳炎は検査が重要-薬で治る場合、手術が必要な場合とは?』でご紹介しています。
鼓膜は様々な要因によって破れることがありますが、なかでも急激な外力が加わり鼓膜に穴が開くことを『外傷性鼓膜穿孔』と呼びます。たとえば子どもの場合、スポーツ中にボールが頭や耳に当たって起こるケースや、大人の場合は耳かきをしている最中に子どもが腕にぶつかるケースなどがあります。このように急に鼓膜が破れると、耳に違和感や『耳閉感』(耳がふさがったような感覚)を覚えたり、『耳から出血』したりすることがあります。
鼓膜に強い力が加わる外傷性鼓膜穿孔の場合に注意しなければならないのは、内耳の損傷です。とくに外リンパ瘻(内耳を満たす液体が漏れだす状態)を放置すると、聴力が徐々に低下して全く聞こえなくなったり慢性的なめまいを起こしたりすることがあり、早期に診断して治療する必要があります。
内耳に障害が及んだことを示すサインであるめまいや耳鳴りがある場合には、できるだけ早く医療機関を受診しましょう。鼓膜が破れて時間が経つと、耳閉感や耳の違和感はまなくなり、自分で異常に気付くのは難しくなります。
鼓膜に穿孔があったり、真珠腫性中耳炎で水が溜まり始めていたりすると、多くの場合低い音が聞こえにくくなります。そのため、鼓膜が正常に機能しているかを確認するには、低い音で『聴力チェック』を行います。
自分自身でセルフチェックをしたい場合には、両方の耳元で指をこすり、聞こえ方に異常がないかを確かめます。このとき、左右どちらかの音が聞こえにくい場合には、聞こえにくいほうの鼓膜の異常を疑います。
日常生活の中で片耳だけで音を聞く機会はあまり多くありませんが、簡単に片耳だけ聞こえをチェックする方法として電話があります。いつもと逆の耳で電話をとって聞こえに違和感があれば、中耳炎を含む何らかの病気がある可能性があります。多くの慢性中耳炎はある程度の大きさの音ならきちんと聞こえ、全く聞こえなくなるわけではありません。電話の音量では小さな音のチェックは難しいので、耳元でいろいろな強さで指こすりをしてみると、左右の差が明らかになる場合があります。
子どもを後ろから呼んだときにいつもより反応が悪い場合には、滲出性中耳炎になっている可能性があります。電話をするときに片方ばかりで取ったり、反対側に持ち替えたりするときには、片耳の聴力が悪化しているかもしれません。
鼓膜が破れていると一般に聴力は低下しますが、穴の大きさや場所によってはあまり下がらないこともあります。耳だれがある、どちらかの耳だけ湿っぽいなどの症状がある場合には、早期に医療機関を受診しましょう。
耳だれがある場合には、鼓膜に穴があいて外耳道と中耳がつながっている可能性があります。お風呂やプールの不潔な水が入ると感染を悪化させる可能性があるため、お風呂では浴槽の水が入らないよう、またプールには入れないような注意が必要です。
耳だれがあるときに綿棒で耳の中を掃除してあげたくなりますが、外耳道の皮膚をこすると皮膚炎が起きる可能性が高くなります。外耳道から外にでてきた耳だれだけをティッシュなどでそっと拭いてあげましょう。
鼓膜に穴があいている患者さんが水泳をしたい場合には、炎症を防止するために手術で穴をふさぐのが原則です。耳管の開きが悪くて穴が塞げない場合や幼少児の場合には、水泳のときに耳栓をして水の侵入を防ぎましょう。
耳栓はシリコン粘土製の、外耳道を密閉できるタイプをお勧めします。耳栓をしたら、帽子を耳までかぶって耳栓を押さえ、耳から取れないようにします。学童の場合には、感染を過度に恐れるあまり水泳を禁止すると、友達との差がついて水泳が嫌いになり、泳げなくなるケースが多くあります。感染を反復する場合を除き、適切な耳栓と帽子の着用法と必要性を根気よく教えてあげるべきでしょう。
慢性中耳炎の患者さんの多くは、鼓膜付近の湿りが起こす耳のかゆみのため、あるいは耳の湿りや入浴後の水をきれいにふき取るべきという誤解から、頻回に綿棒で掃除をしていますが、これが炎症を反復する原因そのものとなっているケースが非常に多く見受けられます。入浴後を含めて綿棒を使うべきではありません。掃除は極力せず、するのであれば耳かきで月に多くて1~2回にとどめることが重要です。
須納瀬 弘 先生の所属医療機関
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