インタビュー

新しい脳卒中リハビリテーション「rTMS治療」による上肢の片麻痺の治療

新しい脳卒中リハビリテーション「rTMS治療」による上肢の片麻痺の治療
角田 亘 先生

国際医療福祉大学成田キャンパス 医学部

角田 亘 先生

この記事の最終更新は2016年07月27日です。

脳卒中を発症すると、多くの患者さんには、「片麻痺」と呼ばれる、片側の手足の麻痺が現れます。この片麻痺が長期間にわたって残存することも珍しくはありません。

これに対して日本では2008年から、片麻痺を改善させて脳卒中リハビリテーションをスムーズに進めるために“rTMS治療”が用いられるようになっており、すでに良好な治療成績がもたらされています。安全性が非常に高いといわれるrTMS治療とはどのような治療法なのでしょうか。国際医療福祉大学成田キャンパス医学部リハビリテーション医学主任教授の角田亘先生にお伺いしました。

医療の進歩により脳卒中の死亡率は軽減し、現在では脳卒中発症後の運動障害や日常生活動作障害に対するリハビリテーションが広く行われています。脳卒中リハビリテーションは一般的に発症直後からベッドサイドで開始され、慢性期、維持期にわたり一貫した流れで行われます。

しかし、脳卒中の後遺症として高頻度でみられる片麻痺、特に上肢麻痺や、手足の筋肉がつっぱる「痙縮(けいしゅく)」が、あらゆる時期における円滑なリハビリテーションの妨げとなることも少なくはありません。

たとえば、脳が障害を受けた部分とは反対側の上肢に麻痺が出現している場合(上肢麻痺の場合)には、両腕で行っていた動作を片手で行うなど、「代償的アプローチ」が必要となることも多々ありました。

このような脳卒中後の上肢麻痺に対し有意な機能改善効果をもたらすとして、2008年以降日本でも用いられるようになった最新の治療が、本記事でご紹介するrTMS(反復性経頭蓋磁気刺激)治療です。

磁気により大脳を刺激する機械装置を「TMS(経頭蓋磁気刺激)」といい、繰り返し磁気刺激を与えることで脳組織の活動性を高め、片麻痺の改善を目指す治療法を「rTMS(反復性経頭蓋磁気刺激)治療」と呼びます。

rTMS治療は2005年から海外において脳卒中後の治療に対して使用されるようになり、日本では2008年から、私の前任地である東京慈恵会医科大学(以下、慈恵医大)のグループ施設13か所で共同研究が始まった極めて新しい治療法です。

rTMS治療の治療対象となる主な機能障害は、

●片麻痺(特に上肢麻痺)

●失語症

嚥下障害(飲み込みの障害)

であり、特に上肢麻痺が多くなっています。

rTMS治療は元々うつ病に対する治療法としてアメリカなどで使用されていましたが、脳卒中の後遺症に対する治療法としては、現在日本が先頭に立つ形で研究を進めています。日本では既にrTMS治療を受けられた患者さんが2000人以上にものぼり、医師の経験も豊富に蓄積されています。2015年にはアジア・オセアニアに向けた学会で、慈恵医大グループの医師がrTMS治療についての講義を行い、今年2016年には、同グループから海外向けの英訳テキストが出版されました。

私たちがこのように力を入れてrTMS治療の研究を進め、また自信を持って患者さんにおすすめしている理由のひとつはその「安全性」にあります。

(写真提供:角田亘先生)

rTMS治療を行う際には、患者さんに「していただくこと」はほとんどありません。具体的には、写真のように安静にして座っていただき(もしくは横になっていただき)、頭の上に8の字コイルを当て、発生させた磁場を脳に届かせることで脳内に微量の電流を誘導します。

痛みや苦痛が一切ないため、治療中(15分~20分ほど)は寝てしまわれる患者さんもいらっしゃいます。また体力も使わないため高齢の患者さんにも使用することができ、実際に私たちは90歳を超えた患者さんにこの治療を行った経験もあります。

このような侵襲性の低さと高い安全性が、rTMS治療のひとつのメリットといえます。

一般的な脳卒中リハビリテーションにおいては、発症直後からの積極的な介入が肝要であるとされています。しかしrTMS治療の場合は、回復期リハビリテーション病棟も退院され、「これ以上よくなることはない」と考えられていた方の上肢麻痺にも有効であることがわかっています。発症から2年、3年の年数が経っていても効果が期待できる点は、rTMS治療のもうひとつのメリットといえるでしょう。

ただし、rTMS治療は磁気を発生させる治療法であるため、ペースメーカーを入れていらっしゃる方、脳外科治療の後で頭蓋内に金属が入っている方などには用いることができません。

以下にrTMS治療の適応基準と、不適応となるケースについて記します。

【適応基準】

1.(適応判定時において)麻痺側上肢の手指を、十分に能動的に(自分の力で)屈曲させることができる。

2.(適応判定時における)年齢が18~90歳である。

3. 発症から治療までの経過時間が1年以上である。

4. 脳卒中発作の既往は1度だけである(脳卒中病変は両側性ではない)。

5. 顕著な認知機能障害を認めない。

6. 積極的な医療的処置を必要とするような活動性の全身疾患もしくは精神疾患に罹患していない。

7. 少なくとも過去1年間において痙攣発作の既往がない。

8. 脳波検査において、てんかん波などの異常波の出現を認めない(痙攣の既往がある患者、抗てんかん剤を内服中の患者に限り、スクリーニングとしての脳波検査を行う)。

9. Wassermannの提唱したガイドラインに挙げられている禁忌項目(頭蓋内金属の存在、心臓ペースメーカーの存在、妊娠中など)がない。

(2012年12月現在 『脳卒中後遺症に対するrTMS治療とリハビリテーション』より一部改変して引用)

磁気に反応する心臓ペースメーカーを入れていらっしゃる方や、脳外科でクリッピング手術やコイリング手術を受けており頭部に金属が入っている方は、磁気による「ズレ」などの危険が伴うため、rTMS治療の適応外となります。また、てんかん発作など、痙攣の既往の有無も確認しています。

逆に言えば、これらの項目に当てはまらない方であれば、rTMS治療を受けることは可能であり、「適応は広い」といえます。

ただし、全く腕や指が動かないといった重度の上肢麻痺に該当する患者さんの場合、rTMS治療による効果が得られないことがわかっているため、当科では現在原則として行っていません。

安全面でのデメリットとして、ごく稀に痙攣発作を誘発することがあると患者さんにお伝えしています。しかし、頻度は0.1%以下と非常に低いものです。

また、先にも触れましたがrTMS治療は2005年にアメリカで臨床応用され始めた新しい治療法ですので、20年、30年後といった長期的な成績についてはわかっていないというのが現状です。この点については、事前に患者さんに十分にご説明するだけでなく、治療を受けられた方を長期にわたりフォローアップしていく必要があります。

rTMS治療は現時点では保険診療での治療は認められていません。しかし、日本ではほとんどの施設でこの治療を「臨床研究」として行っていますので、適応となる患者さんであればrTMS治療にかかる費用は発生しません。

NEURO-15(ニューロフィフティーン)とは、rTMS治療と(集中的)作業療法の併用療法のことを指します。そもそもrTMS治療とは脳の活動性を高め、その後のリハビリテーションの効果を向上させる目的で行うものであり、rTMS治療単独で上肢麻痺や失語症を治せる性質のものではありません。具体的には15日間入院していただき、rTMS治療をあてた後に作業療法士と1対1でのリハビリテーションや自主トレーニングを繰り返していただきます。

rTMS治療を用いて「下準備」を整えることで、これまで普通のリハビリテーションだけでは効果を得られなかった患者さんにも改善がみられることを期待します。先にも述べた通り、rTMS治療は発症から年単位での時間が経過している患者さんの後遺症を改善することもあります。実際に、これまでに多くの患者さんから「回復期病棟を退院しこれ以上の回復は諦めていたが、たったの15日間で腕や指をうまく使えるようになり嬉しい」という言葉をいただいています。

(損傷のない脳組織の活動性を高める 資料提供:角田亘先生)

脳卒中とは、脳の一部に壊死や出血が生じて脳の機能に障害が起こる疾患ですが、rTMS治療は病巣部を再生させる治療法ではありません。では、なぜ作業療法を組み合わせることで上肢麻痺が改善するのかというと、rTMS治療による磁気刺激により、病巣部分以外の脳組織(ダメージを逃れた脳組織)の活動性が向上し、「ダメージを受けた部分の機能を補う力」が最大限に発揮されるからです。

私たちの脳はもともと「補う力」を持っており、通常の脳卒中リハビリテーションにおいても同様にこの能力を引き出すアプローチを行っています。

リハビリテーションの前にrTMS治療を用いて状態を整えることで、損傷を逃れた脳組織の活動性を向上させ、最大限の力を引き出すことができるというわけです。

NEURO-15により上肢麻痺の改善がみられる方は全体の約7割です。ただし、どのような方によい効果が現れるのかを事前に予測することが難しく、「やってみなければわからない」というのが現状です。しかし、これは逆に言えば「挑戦してみたところ、思いのほかよい効果が得られた」という人もいるということでもあります。また、改善がみられない3割の方に対して何か害をなすような治療法でもありません。ですから、良くはなっても悪くなることはないと捉え、15日間試してみることをおすすめします。

NEURO-15は1回(15日間)で100点の効果を得られるものではありません。そのため、私たちは1回目に何らかの効果がみられた方に対しては、2回目、3回目のNEURO-15をすすめています。

もちろん、1回目のNEURO-15で得られた効果のみで十分満足される方や、逆に2回目を行うモチベーションが得られるほどの劇的な改善がみられなかったため、ご辞退される方もおられます。私たちは患者さんのご希望を最優先していますので、「1回目で効果がみられた方のうち、希望される方であれば繰り返しNEURO-15を行う」というスタイルをとっています。

次の記事では、NEURO-15と組み合わせることも多い、脳卒中後の「痙縮」に対する「ボツリヌス治療」について解説します。

 

日本の脳卒中患者は、およそ124万人(厚労省平成23年調べ)といわれます。その治療の最先端をゆく脳血管内カテーテル治療は、現在国内で約2万5千件行われています。外科手術では治療が困難だった特殊な病気をも治療可能にした脳血管内手術は、どのように始まったのでしょうか。

この記事の目次

  1. 脳卒中に対するカテーテル治療の始まり
  2. 脳のカテーテル治療で初めに行われたのは血栓を溶かす治療
  3. カテーテル治療をより確実なものにした医療器具・薬剤の開発

過去の脳卒中発症後の治療法開発において、今までどんな問題点があり、今後はどのように取り組むべきかを、公益財団法人 先端医療振興財団 先端医療センター研究所 再生医療研究部 部長の田口明彦先生に引き続きお話しいただきました。

この記事の目次

  1. 今までの脳卒中治療の臨床試験に関する問題点
  2. 脳梗塞臨床試験設計の見直し
  3. 画像評価方法の進歩

社会全体の高齢化が進み、脳卒中治療の需要は増加の一途を辿っています。現在、脳卒中の治療の第一選択は、頭部に切開を加えず、血管内にカテーテルを通して行う脳血管内治療に移行し始めています。

この記事の目次

  1. 増加する脳卒中治療には脳血管内治療も開頭術も必要
  2. 患者さんを移動させる時間のロスを減らすために-ハイブリッド手術室を導入
  3. 二刀流脳神経外科医のメリット
  4. 二刀流脳神経外科医のデメリットとは
  5. 最善の医療を提供するための「自信」と「知識」が二刀流脳神経外科医の最大の武器

「脳卒中は時間との勝負」であり、発症後に迅速な治療に入ることがとても大切です。救急搬送、病院での診断・治療まで速やかに入れる取り組みが行われつつありますが、それ以上に日常生活の中で起こる些細な変化にすぐ気付くことが重要です。

この記事の目次

  1. 脳卒中①−脳梗塞とその治療について
  2. 脳卒中②-くも膜下出血と脳動脈瘤について
  3. 速やかに脳卒中を治療するための武田病院脳卒中センターの取り組み
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