インタビュー

脳卒中後の痙縮に対する「ボツリヌス治療」――脳卒中リハビリテーション②

脳卒中後の痙縮に対する「ボツリヌス治療」――脳卒中リハビリテーション②
角田 亘 先生

国際医療福祉大学成田キャンパス 医学部

角田 亘 先生

この記事の最終更新は2016年07月27日です。

医療技術や薬剤の進歩に伴い脳卒中により亡くなる方は減少し、現在では発症後の「脳卒中リハビリテーション」に励まれる患者さんが増加しています。しかしながら、手や足の筋肉がつっぱり動かしにくくなる「痙縮(けいしゅく)」が起こってしまうと、運動療法などのリハビリテーションを円滑に進めることが難しくなってしまいます。この問題を解消すべく、現在リハビリテーションを行う前に固まっている筋肉を注射により柔らかくする「ボツリヌス治療」を行う施設が増えています。本記事では、ボツリヌス治療の効果や安全性、費用などについて、国際医療福祉大学成田キャンパス医学部にてリハビリテーション医学主任教授の角田亘先生にお伺いしました。

脳卒中を発症した後、片麻痺と並んで高頻度でみられる運動機能障害に、手足の筋肉がつっぱる「痙縮(けいしゅく)」が挙げられます。痙縮とは、上肢(腕)や下肢(足)の筋肉が過剰に緊張して関節の可動域に制限がかかることをいいます。上肢の場合は屈曲したままになってしまうことが多く、下肢の場合はこれとは逆に伸展してしまうケースが多くみられます。例えば、下肢の下腿三頭筋(かたいさんとうきん)が痙縮することにより、かかとを地面につけることができない「尖足(せんそく)」や、足首を曲げられず足部が垂れ下がってしまう「下垂足」が生じてしまうこともあります。

このように痙縮を起こし固まっている筋肉に対し、局所的にボツリヌス毒素を注射し、緊張をゆるめる治療法を「ボツリヌス(毒素)治療」といいます。

痙縮を起こしていた腕や足を動かせるようになることで、脳卒中リハビリテーションを円滑に行うことができるようになります。これにより、問題が生じていた日常生活動作(箸を持つ、文字を書く、自分の足で歩くなど)もスムーズに行えるようになることを目指します。

このほか、関節の変形を予防したり(拘縮予防)、痙縮による痛みを和らげる効果も期待できます。

また、患者さんのご負担を軽減することで、介護をされる方の負担も軽減することができます。

ボツリヌス毒素とは、食中毒の原因菌としても知られているボツリヌス菌が作り出す天然のたんぱく質です。ボツリヌス治療では、ボツリヌス菌自体を注射するわけではないので、感染などの危険はありません。

ボツリヌス毒素には筋肉を柔らかくする作用があり、日本では上肢や下肢の痙縮のほか、眼瞼痙攣や片側顔面痙攣などの疾患に対する治療薬として認可されています。

注射後およそ3日~4日で効果が現れ、3か月~4か月にわたって持続的な効果が得られます。個人差はあるものの、この期間を過ぎると徐々に効果は薄れていってしまうため、1回目のボツリヌス治療でよい効果がみられた患者さんには、繰り返し注射を受けることをおすすめしています。※日本では3か月の期間をあければ保険適用となります。

痙縮に対するボツリヌス治療は、日本では2010年10月に認可されたばかりですが、アメリカでは20年以上といった長い歴史を有する治療法であり、長期的視点からみても安心して用いることができる治療法といえます。間隔をあけて繰り返し使用することに関しても問題は報告されていません。

基本的には、筋肉が固くなっている部分に局所的に注射を打つとイメージしていただければわかりやすいでしょう。

上肢では多くの場合、「曲げる」動作のために使う筋肉である屈筋群に注射します。具体的には、上腕二頭筋や浅指屈筋(せんしくっきん)、深指屈筋(しんしくっきん)などが挙げられます。

下肢は、前項でも触れたように伸展してしまっている下腿三頭筋に注射を打つことがほとんどです。

ただし、ボツリヌス毒素を注射するだけでは、筋肉を動かし機能回復を目指すところまで導くことはできません。

ですから、ボツリヌス治療においても必ず注射後に運動療法をはじめとするリハビリテーションを行い、様々な動きを練習していくことになります。例えば、上肢の痙縮の症状の多くは“曲がったままになること”ですので、リハビリテーションでは主に“上肢を伸ばす”動作の訓練を行います。

ボツリヌス治療の最大のメリットのひとつは、rTMS治療と同じく「安全性」です。

痙縮を和らげる内服薬(筋肉の弛緩薬)は、眠気や脱力感、めまいといった全身への副作用が高頻度でみられますが、ボツリヌス治療による副作用はほとんどありません。筋肉に対する局所注射ですから、その作用が全身に回ってしまうこともありません。

※稀に一時的に以下のような副作用が現れることがあります。自然におさまるものがほとんどですが、症状がみられた場合は主治医に相談しましょう。

【ボツリヌス治療の副作用】

・注射部位に腫れや赤みが生じる

・倦怠感を感じる

なお、筋肉注射を一度に複数箇所打つ治療法ですので「痛み」は生じますが、この痛みは注射後持続的にのこる痛みではありません。

また、内服薬と比較したときの費用対効果の高さもメリットのひとつです。

薬物療法はボツリヌス治療に比べ費用は安価に抑えられるものの、筋肉の弛緩効果も低いものにとどまっています。また、内服薬は毎日飲まなければいけないというデメリットもあります。これに対し、ボツリヌス治療は数か月に1度の注射のみで高い効果が得られます。

ボツリヌス治療を受ける前には特に準備していただくことはなく、外来に来ていただくのみで済むという手軽さもあります。注射後に安静にするなどの生活制限もなく、3時間後には入浴も可能になります。

また、rTMS治療同様、脳卒中を発症してから半年や1年以上の期間が経過していても効果が得られる可能性があることも、この治療法の利点のひとつです。

繰り返しになりますが極めて安全な治療法ですので、既に回復期リハビリテーション病棟を退院されており、上肢の屈曲や尖足、下垂足などに悩んでいらっしゃる方は、一度「試す」といった感覚でお受けいただくことをおすすめします。

ボツリヌス治療は保険診療で受けることができるものの、自己負担額はおよそ6万円~7万5000円ほど(3割負担の場合)と高額です。

ただし、身体障害者手帳をお持ちの脳卒中患者さんの場合は、自己負担分の全額ないし一部が助成されるため、実際には経済的負担はほとんど生じません。

ボツリヌス治療を、rTMS治療(上肢麻痺に対する最新治療)と組み合わせて使用することもあります。なぜなら、脳卒中後の上肢麻痺の約3割は痙縮を合併しており、円滑なリハビリテーションの妨げとなるからです。

上肢麻痺に痙縮の合併がみられる場合は、まずボツリヌス治療により緊張状態にある筋肉を緩ませた後、15日間の入院によるNEURO-15(rTMS治療+作業療法の併用療法)を行います。

(NEURO-15については、記事1「新しい脳卒中リハビリテーション「rTMS治療」による腕の片麻痺の治療」をご覧ください。)

 

日本の脳卒中患者は、およそ124万人(厚労省平成23年調べ)といわれます。その治療の最先端をゆく脳血管内カテーテル治療は、現在国内で約2万5千件行われています。外科手術では治療が困難だった特殊な病気をも治療可能にした脳血管内手術は、どのように始まったのでしょうか。

この記事の目次

  1. 脳卒中に対するカテーテル治療の始まり
  2. 脳のカテーテル治療で初めに行われたのは血栓を溶かす治療
  3. カテーテル治療をより確実なものにした医療器具・薬剤の開発

過去の脳卒中発症後の治療法開発において、今までどんな問題点があり、今後はどのように取り組むべきかを、公益財団法人 先端医療振興財団 先端医療センター研究所 再生医療研究部 部長の田口明彦先生に引き続きお話しいただきました。

この記事の目次

  1. 今までの脳卒中治療の臨床試験に関する問題点
  2. 脳梗塞臨床試験設計の見直し
  3. 画像評価方法の進歩

日本では2008年から、片麻痺を改善させて脳卒中リハビリテーションをスムーズに進めるために“rTMS治療”が用いられるようになっており、すでに良好な治療成績がもたらされています。

この記事の目次

  1. 脳卒中リハビリテーションにおける上肢の「片麻痺」改善の必要性
  2. 上肢の片麻痺に有効なrTMS(反復経頭蓋磁気刺激法)治療とは? 
  3. rTMS治療のメリットは高い安全性 体に一切傷がつかない治療法
  4. 発症から1年や数年といった時間が経過していても効果がみられる
  5. rTMS治療の適応基準
  6. rTMS治療のデメリットやリスクについて
  7. rTMS治療の費用-現時点ではコストはかからない
  8. rTMS治療のデメリットやリスクについて
  9. 療器具の発達と技術の進歩

社会全体の高齢化が進み、脳卒中治療の需要は増加の一途を辿っています。現在、脳卒中の治療の第一選択は、頭部に切開を加えず、血管内にカテーテルを通して行う脳血管内治療に移行し始めています。

この記事の目次

  1. 増加する脳卒中治療には脳血管内治療も開頭術も必要
  2. 患者さんを移動させる時間のロスを減らすために-ハイブリッド手術室を導入
  3. 二刀流脳神経外科医のメリット
  4. 二刀流脳神経外科医のデメリットとは
  5. 最善の医療を提供するための「自信」と「知識」が二刀流脳神経外科医の最大の武器

「脳卒中は時間との勝負」であり、発症後に迅速な治療に入ることがとても大切です。救急搬送、病院での診断・治療まで速やかに入れる取り組みが行われつつありますが、それ以上に日常生活の中で起こる些細な変化にすぐ気付くことが重要です。

この記事の目次

  1. 脳卒中①−脳梗塞とその治療について
  2. 脳卒中②-くも膜下出血と脳動脈瘤について
  3. 速やかに脳卒中を治療するための武田病院脳卒中センターの取り組み
  • 国際医療福祉大学成田キャンパス 医学部

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