インタビュー

人工神経接続とは―脊髄損傷や脳卒中の後遺症である重大な麻痺も治る時代に?

人工神経接続とは―脊髄損傷や脳卒中の後遺症である重大な麻痺も治る時代に?
西村 幸男 さん

東京都医学総合研究所 認知症・高次脳機能研究分野 脳機能再建プロジェクト プロジェクトリーダー

西村 幸男 さん

この記事の最終更新は2018年02月12日です。

脊髄損傷脳卒中の後遺症として多くの方が経験する身体の麻痺。一度麻痺が生じると、回復までに長い時間がかかったり、完全に回復せず車椅子や寝たきりになってしまったりということも少なくありません。そこで近年、神経生理学の分野で注目されている技術が、人工神経接続です。人工神経接続があれば、麻痺が残っていても自由に手足を動かすことができる可能性があります。今回は人工神経接続の概要について、東京都医学総合研究所  認知症・高次脳機能研究分野 脳機能再建プロジェクト プロジェクトリーダーの西村 幸男 先生にお話をうかがいました。

脊髄(せきずい)損傷では脊髄のどこかが損傷することで障害が起き、脳卒中は脳の血管がつまる(脳梗塞)など、脳血管に何かしらのトラブルが生じることで脳の一部の機能が失われ、後遺症として麻痺などの障害が残ります。

脊髄とは脳と体をつないでいる中枢神経で、背骨に沿うかたちで存在しています。脳が出した電気信号が脊髄を通して各部位の神経に伝わったり、各部位で得た刺激が脳に伝わったりすることで、私たちは手足などを動かしたり、温かい、冷たいなどの感覚を得たりすることができます。

しかし、交通事故や運動時の事故などで脊髄が損傷を受けると、損傷を受けた部位から下の部位に脳や神経からの電気信号が伝わらなくなるため、麻痺が生じます。一般的に損傷を受けた部位が脳に近ければ近いほど、麻痺の症状が起きる範囲も広がります。

脳梗塞、脳出血くも膜下出血の総称である脳卒中は、脳に血管トラブルが生じる疾患です。脳はあらゆる運動や感覚、認知などを司る、いわば体全体の司令塔の役割を果たしています。通常、脳はその部位ごとに運動や言語、感覚などそれぞれを司る役割があるといわれています。

脳卒中により脳血管にトラブルが起きると、脳の一部が損傷し、その部位の活動が低下します。すると、運動などの司令を送ったり手などの体の部位からの感覚を受け取れなくなったりしてしまい、運動麻痺や感覚麻痺が起こるのです。

脊髄損傷、脳卒中のどちらも、脳と筋肉などをつないでいる神経回路がどこかで損傷したために麻痺が生じています。つまり、神経回路という道が切れてしまい、電気信号の通り道がなくなってしまっている状態です。

現在(2018年時点)、麻痺などの後遺症に対し、第一に行われる治療がリハビリテーションです。近年ではこのリハビリテーションを支援するために脳の電気信号を感知し、手足の代わりとして思い通りに操作ができるロボットなども登場しています。しかし、私は「せっかく手足そのものはあるのだから、患者さん自身の手足を生かしてリハビリテーションができるようにならないだろうか」と考えていました。

そこで発案・開発した技術が、機能が失われた神経回路を迂回(バイパス)して、新しい神経回路を人工的につくって麻痺を治し、身体機能を回復させる「人工神経接続」です。次章では、この人工神経接続について詳しく説明していきましょう。

脳の代わり コンピューター 西村先生提供
西村幸男先生ご提供:人工神経接続に使われる脳の代わりとなるコンピュータ。実用化が望まれる。

人工神経接続とは、機能しなくなった既存の神経回路の代わりとして脳と筋肉などをつなぎ、新たに神経回路をつくってバイパスさせることで神経回路を補い、機能回復を図る技術です。脳の代わりをするコンピュータを使い、脳の活動を記録・解析して適切な電気信号に変換してから神経へ伝えます。すると、その刺激に応じて接続先の部位(手足など)を動かすことが可能になります。動物実験ではその効果が認められ、現在(2018年時点)は実用化に向けての研究が行われています。

人工神経接続

人工神経接続は、基本的には脳と筋肉をつないで、脳活動を計測し適切な電気信号に変換して刺激を送り出すことでその部位の麻痺が解消されます。しかし、一部の運動機能に限っては脳からの電気信号がなくても動かせることがわかっています。

その例として挙げられるのが、脚の運動です。普通の方は、歩行時に「脚のこことここの筋肉を動かそう」と頭で考えながら歩くことはありません。つまり歩行の際の筋肉の細かな動きの指示を出すのは、脳でなく脊髄にあるということです。

私たちは歩く際、脚と同時に腕を振って歩きます。麻痺のない健常の方から歩行時の腕の動きによる筋肉活動のデータを収集し、コンピュータを使い電気信号に変換します。そしてこのデータを磁気刺激として、歩行に関わる中枢神経が存在する腰髄(ようずい・腰の部分にある脊髄)に与えると、腕の動きに合わせて歩いたり立ち止まったりすることができるようになったのです。また、腕の動きによってゆっくり歩く、早く歩く、ということも可能であることがわかりました。

歩行時に脳が行っているのは、歩き始める、止まる、歩幅を変えるなどの意思の部分です。では、この意思の部分の情報は必ずしも脳から取り出さず、別の部分、たとえば腕の筋肉から取り出してもいいのではないかと考えています。脳に電極を埋め込むのではなく、パッチ式の電極を腕に貼り付けるというように簡単で低侵襲な方法で患者さんは自由に脚を動かせるようになるのです。

2018年現在このシステムはまだ大きな装置が必要なため、装置を小型化するなどの課題が残っています。

人工神経接続は、病気やけがによって神経の接続が切れてしまった方に対して、その切断された部分を人工的にバイパスすることで機能を回復できることをお伝えしました。実はそのほかにも、まだ接続が切れていない神経の結合を人工神経接続で強化したり、存在しない神経結合を新たにつくり出したりすることができるのです。

人工神経接続は機能しなくなった神経をバイパスするだけでなく、まだ接続されている神経結合を強化することにも応用できます。実際に健常なサルを用いての人工神経接続の実験では、人工神経接続による電気刺激によって、大脳皮質と脊髄のあいだの神経結合が強化されていることがわかりました。適切なタイミングで適切な大きさの電気刺激を加えることで神経結合が強化され、学習能力・記憶力の向上が期待されます。この技術もリハビリテーションを行う患者さんに対して活用することができるかもしれません。

また、人工神経接続は新たな神経結合をつくりだすこともできます。人工神経接続はコンピュータを介して体同士をつなぐ技術ですから、理論的には自分の脳と他者の体をつなぎ、他者を動かすということも可能なのです。

もちろん、このようなかたちの応用は大きな問題がありますので私の目指すところではありません。人工神経接続は脊髄損傷などで麻痺の生じた患者さんにとってはとても希望のある画期的な治療法ですが、使い方を一歩誤れば人を傷つけることにもなりかねないため、この技術の応用には慎重になる必要があります。

神経結合が完全に途絶えておらず、少しでも残っていれば人工神経接続によってその機能を強化しトレーニングを続けていくと、人工神経接続なしでも歩行や手先を動かすなどの機能を回復できます。

私は、この技術をさらに発展させて臨床に生かし、今まで自力で体を動かすことを諦めなければならなかった方々が、再び自分の体を使って、人らしく豊かに生きることをサポートできればと考えています。

私が目指すところは、ロボットのようにコンピュータに人間の脳の役割を肩代わりさせるのではなく、人間の脳がすでに持っている機能を活用することです。そのための技術が人工神経接続だと思います。

磁気を利用した人工神経接続は、脳に電極を埋め込まなくてよいという反面、まだその装置が大きく、患者さんの利便性にやや欠ける部分があります。今後は装置の小型化もあわせて研究を進め、人工神経接続によって多くの方が幸福になれることを願っています。

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