インタビュー

脳卒中治療の発展―脳血管内治療(カテーテル治療)が始まるまで

脳卒中治療の発展―脳血管内治療(カテーテル治療)が始まるまで
坂井 信幸 先生

シミズ病院 病院長

坂井 信幸 先生

この記事の最終更新は2016年02月11日です。

日本の脳卒中患者は、およそ124万人(厚労省平成23年調べ)といわれます。その治療の最先端をゆく脳血管内カテーテル治療は、現在国内で約2万5千件行われています。外科手術では治療が困難だった特殊な病気をも治療可能にした脳血管内手術は、どのように始まったのでしょうか。医療器具や薬剤も進化し、その適応はまさに発展を続けています。脳血管内治療について、神戸市立医療センター中央市民病院の坂井信幸先生にうかがいます。

脳のカテーテル治療は、実は1970年代からすでに行われていました。主に脳血管の病気が対象ですが、内科治療・外科治療でも直しようがなかった複雑な病気を、なんとか治す方法がないかと考えられたのが始まりです。そして生まれたのが「血管の中から治療する」という発想です。最初にその対象となったのは脳動静脈奇形という病気でした。動脈と静脈が塊(かい)になっており、それがはじけると命を落とす危険性もある比較的珍しく治療が難渋する病気です。

この病気は、手術の際に出血することが問題でした。ですから、血管の中から出血を抑えて手術のリスクを少しでも軽減しようと血管内治療が試みられました。ただ当時は、頭の中に入るカテーテルもない時代で、血管がつまるようなもの(シリコンボール)を血流にのせて流すということを行っていた医師もいました。

また、頚動脈海綿静脈洞瘻という特殊な病気も対象でした。

海綿静脈洞に、外頚動脈と内頚動脈から動脈血が流れ込むために静脈洞の圧が高くなり、眼が赤くなったり飛び出したりする(頚動脈海綿静脈洞瘻)

多くはケガから発症しますが、頚動脈の頭に入る直前の部分に穴が開き、海綿静脈洞に流れ込んで目が腫れてしまう病気です。非常に治療が難しいため、その穴を中からふさぐためにカテーテル治療を利用しようと考えられました。しかし、いずれにしても「チャレンジ」の域を出ない状況で、実際に今行われているカテーテル治療とは似ても似つかないものでした。

1970年代なかばになり、バルーンカテーテル(風船のように膨らむカテーテル)が開発され、現在の脳のカテーテル治療の原型が始まりました。それとほぼ同時に、心筋梗塞の原因となる冠動脈狭窄や閉塞の治療として狭くなった心臓の血管をバルーンで広げるという治療が始まりました。

つまり脳のカテーテル治療と心臓のカテーテル治療はほぼ同時に始まったといえますが、その目的と機器は多く異なっており、心臓のバルーンは狭い血管を押し広げるためのもので、脳のバルーンは血流に乗せて遠くまで誘導するためのものです。心臓の病気を持つ患者さんは脳の病気を持つ患者さんより多く、今でもバルーンを使用したカテーテル治療、その延長のステント留置術が行われています。「狭い部分を広げる」という目的に最適だった心臓のカテーテル治療は、はじめからゴールに近い形でスタートし、さらに必要としている患者さんも多かったため、脳のカテーテルよりも急速に広がりました。

脳のバルーンはその構造上、流れの速い動脈に流れていきます。脳動静脈奇形という病気は出血との戦いになる外科治療が困難な病気でしたので、バルーンに小さな孔をあけて血管内で固まる物質を流す治療が試みられました。またバルーンを細いカテーテルに装着しておいて、バルーンの中で固まるシリコン液や時間が経ったら固まるプラスチックを流して膨らませ、固まったら切り離す離脱型バルーンという機器が開発されました。これにより頭の中の脳動脈瘤や脳動脈を閉塞しようとしました。

しかし治療効果と安全性はマッチせず、広く普及することはありませんでした。心臓と脳の血管内治療はほぼ同時に始まったにもかかわらず、脳血管の治療では「カテーテルで治療可能」といえるような技術がまだなく、この方法は実現以前の発想の域を出られませんでした。

1980年代なかばに入り、サンフランシスコ近傍のシリコンバレーのメーカーによって脳の中に実際に誘導できるマイクロカテーテル(トラッカーカテーテル)が開発されました。そのマイクロカテーテルの登場が、脳のカテーテル治療を一変させました。開発されたのが86年、日本に渡ったのは88年です。

マイクロカテーテルがやってくる前から、頭の中ではなく頭の外の血管(髄膜腫の塞栓術や特殊な種類の海綿静脈洞瘻)に、もっと太いカテーテルで血管が詰まるようなものを流すことを試みてはいたのですが、トラッカーカテーテルがやってきたことによって、いよいよ脳の血管に直接的にさまざまな治療ができるようになりました。これが、脳卒中に対するカテーテル治療の始まりです。

最初に試みたのは、カテーテルを使ってウロキナーゼやTPA(※)で詰まった血栓を溶かすという治療でした。カテーテルが直接治療したい部分まで届くのですぐに治療が試みられましたが、当時は今の臨床研究のスタイルをとっていなかったため説得力のある臨床データが蓄積されませんでした。95年に内科治療との比較研究で米国がTPAの静注療法を承認してから遅れること約10年、2005年にやっと日本でも承認されたのですが、その直前までに行っていたMELT-JAPANという研究でこのカテーテルを用いた血栓溶解療法の有効性が示されたという背景があります。

※ウロキナーゼ・TPA…血栓溶解剤。できた血栓を溶かす薬。新鮮な血栓を溶かして血流を再開させることで機能障害を残さずに回復することが期待できるため、脳梗塞などで使用されることが多い。

それと同時に、カテーテルの中を通すコイルも、従来のタイプからマイクロカテーテルを通して出し入れし、通電したり水圧をかけたり機械的に切り離す離脱型コイルが1990年に開発されました。これにより「血流を再開させる」という技術に加え、「血流を止める」という技術が一段と飛躍しました。頭の血管専用のバルーンやステントなどが開発され、徐々にカテーテル治療の対象範囲、治療範囲が広がりを見せ、それとともに安全性と治療成績も上がっていきました。

 

過去の脳卒中発症後の治療法開発において、今までどんな問題点があり、今後はどのように取り組むべきかを、公益財団法人 先端医療振興財団 先端医療センター研究所 再生医療研究部 部長の田口明彦先生に引き続きお話しいただきました。

この記事の目次

  1. 今までの脳卒中治療の臨床試験に関する問題点
  2. 脳梗塞臨床試験設計の見直し
  3. 画像評価方法の進歩

日本では2008年から、片麻痺を改善させて脳卒中リハビリテーションをスムーズに進めるために“rTMS治療”が用いられるようになっており、すでに良好な治療成績がもたらされています。

この記事の目次

  1. 脳卒中リハビリテーションにおける上肢の「片麻痺」改善の必要性
  2. 上肢の片麻痺に有効なrTMS(反復経頭蓋磁気刺激法)治療とは? 
  3. rTMS治療のメリットは高い安全性 体に一切傷がつかない治療法
  4. 発症から1年や数年といった時間が経過していても効果がみられる
  5. rTMS治療の適応基準
  6. rTMS治療のデメリットやリスクについて
  7. rTMS治療の費用-現時点ではコストはかからない
  8. rTMS治療のデメリットやリスクについて

社会全体の高齢化が進み、脳卒中治療の需要は増加の一途を辿っています。現在、脳卒中の治療の第一選択は、頭部に切開を加えず、血管内にカテーテルを通して行う脳血管内治療に移行し始めています。

この記事の目次

  1. 増加する脳卒中治療には脳血管内治療も開頭術も必要
  2. 患者さんを移動させる時間のロスを減らすために-ハイブリッド手術室を導入
  3. 二刀流脳神経外科医のメリット
  4. 二刀流脳神経外科医のデメリットとは
  5. 最善の医療を提供するための「自信」と「知識」が二刀流脳神経外科医の最大の武器

「脳卒中は時間との勝負」であり、発症後に迅速な治療に入ることがとても大切です。救急搬送、病院での診断・治療まで速やかに入れる取り組みが行われつつありますが、それ以上に日常生活の中で起こる些細な変化にすぐ気付くことが重要です。

この記事の目次

  1. 脳卒中①−脳梗塞とその治療について
  2. 脳卒中②-くも膜下出血と脳動脈瘤について
  3. 速やかに脳卒中を治療するための武田病院脳卒中センターの取り組み
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