インタビュー

これからの脳卒中治療-開頭手術と脳血管内治療を「二刀流」で行う医師が必要

これからの脳卒中治療-開頭手術と脳血管内治療を「二刀流」で行う医師が必要
郭 樟吾 先生

脳神経外科東横浜病院 副院長、東京慈恵会医科大学附属病院 脳神経外科 診療医長・講師

郭 樟吾 先生

この記事の最終更新は2016年09月15日です。

社会全体の高齢化が進み、脳卒中治療の需要は増加の一途を辿っています。現在、脳卒中の治療の第一選択は、頭部に切開を加えず、血管内にカテーテルを通して行う脳血管内治療に移行し始めています。しかし、脳の手術中に起こり得るトラブルとは、最悪の場合死に至る可能性もある危険なものであり、「何か」が起こったときにはすぐに開頭術に切り替えねばなりません。本記事では、脳血管内治療と開頭術の二つを習得した医師「二刀流脳神経外科医(Hybrid Neurosurgeon)」の必要性について、東京慈恵会医科大学脳神経外科学講座講師および脳神経外科東横浜病院 副院長の郭樟吾(かくしょうご)先生にお話しいただきました。

現在、脳卒中脳血管障害)の治療は、頭部を切開することなく脳血管にカテーテルを挿入して行う「脳血管内治療」が第一選択となりつつあります。なぜなら、脳血管内治療は通常足の付け根などを3mm程度切開して行うため、開頭術に比べ体への負担や治療に要する時間は少ないものとなりうるからです。

しかしながら、脳血管内治療の最中に何らかのトラブルが起きたときには、頭部を切開して手術を行うことが必要となることもあり、今後も開頭術がなくなることはまずありえません。

開頭術が必要になるかどうかは、検査時点である程度予測できることも多いため、現在は「脳血管内治療のみでは難しい」と判断した時点で、待機していた開頭術の専門医が執刀するという流れで治療が行われています。

しかしながら、このような手法では、術者変更にかかる時間のロスや新たなスタッフの召集など、一刻を争う脳卒中治療においては見過ごせないデメリットが生じてしまいます。そのため、今後は開頭術(脳血管外科治療)と脳血管内治療の双方を一人の医師が習得し、脳卒中の治療にあたることが理想的であると考えます。

二つの治療を行える、「二刀流」の医師を我々は“Hybrid Neurosurgeon”と呼んでおり、医療の世界ではこの言葉は既に浸透しはじめています。本記事では、“Hybrid Neurosurgeon”について、一般の皆さんにより理解を深めていただくため、「二刀流脳神経外科医」という言葉を用いてご説明していきます。

東京慈恵会医科大学付属病院では、日本国内でも先陣を切る形で二刀流脳神経外科医の養成に注力しており、2004年には、開頭術と脳血管内治療の双方を行うことができる手術室“Hybrid OR”(ハイブリッド手術室)を導入しました。

開頭術を行うための手術室とは、空気清浄度を厳密に管理するなど、感染対策を非常に厳重に行っています。

一方、これまでの脳血管内治療を行う部屋(放射線室)とは、一般的に開頭術の手術室ほど精細に衛生環境が整備されているものではありません。そのため、通常の施設で脳血管内治療から開頭術へ切り替える必要が生じた場合は手術室へ移動せねばならず、これが時間的なロスを生むひとつの原因となっています。

“Hybrid OR”とは、上記の問題を解決するため、開頭術を行う手術室内にカテーテル装置などを備え付けた特殊な空間です。

ベッドもまた、双方の治療に対応できる仕様に改良されています。脳血管内治療を行うベッドは、上下(患者さんの頭部方向と足の方向)と左右方向(2次元)に動かすことができれば事足ります。これに対し、開頭術を行うベッドはヘッドアップ機能などがついておらねばならず、3次元的な動きを要します。

また、脳血管内治療は患者さんの頭を簡易的なカップで固定しますが、開頭術では専用の3点固定ピンで患者さんの頭部をしっかりと固定する必要もあります。このような理由から、“Hybrid OR”に置かれたベッドは、3点固定ピンも取り付けられる特殊なベッドとなっています。

上記のような設備を整えるためには費用も労力もかかりますが、当院は「100人の患者さんがいるとしたら、助けられる99人を救えばよいのではなく、最も難しい1人をも救うこと」を信条としており、この信念のもと、他院に先駆けて“Hybrid OR”を導入するに至りました。

前項では、ハイブリッド手術室の導入により「移動」にかかる時間を削減できたと述べました。では、2つの治療を行える手術室で、脳血管内治療の専門医と開頭術の専門医が連携して治療にあたれば、二刀流脳神経外科医一名が治療を行うのと同じなのではないか、と疑問に思われる方もいるでしょう。結論から申し上げると、これは大きく違います。

たとえば脳血管内治療の最中にトラブルが起こり、開頭術を行わねばならない事態が生じたと仮定しましょう。二刀流脳神経外科医であれば、どちらの治療にも精通しているため、「これは脳血管内治療では難しい可能性がある」と危機感を覚えた際、即座に開頭のための準備に移ることができます。

提供:PIXTA

しかし、脳血管内治療の専門医が、待機を依頼していた開頭術の専門医に執刀を願うタイミングは、上述した二刀流脳神経外科医が治療法を切り替えるタイミングより、どうしてもワンテンポ遅れてしまう傾向があります。なぜなら、私たち人間とは、何かトラブルを起こしてしまったとき、本能的に「自分のミスは自分でカバーしなければ」といった心理が働く生き物だからです。

仮にご自身が、任されていた仕事で何らかのミスをしてしまったと想像してみてください。このとき、即座に「○○さんに対応を依頼しよう」と行動に移せる方は、そう多くはないはずです。このようなことは、医療の現場においてはあってはならないことです。しかしながら、医師も人間であるため、ほんの一瞬「自身の手でトラブルシューティングできる道はないか」という考えが頭を駆け巡ります。これが、治療の切り替えがワンテンポ遅れると述べる理由です。

その点、双方の治療に精通している人間であれば、自身の脳血管内治療の最中に起こったトラブルを、自身の開頭の技術でカバーできるため有利といえます。そこに、精神的な「抵抗感」は存在しません。

脳の手術におけるトラブルとは、死に繋がりかねない極めて危険なものが多く、一分一秒の遅れも許されません。人間の精神性、深層心理という面に目を向けると、柔軟に治療選択を行える二刀流脳神経外科医の養成は急務であると考えます。

提供:PIXTA

二刀流脳神経外科医個人には、【1】時間的負担、【2】肉体的負担、【3】精神的負担が大きくかかるというデメリットもあります。たとえば、夜間にくも膜下出血を起こした患者さんが運ばれてきたとします。脳血管内治療のできる医師と開頭術のできる医師、どちらを呼べばよいか迷ったとき、その施設に二刀流脳神経外科医がいれば、スタッフは迷わずその医師を呼ぶでしょう。二つの治療法を行えるということは、その分執刀する手術件数や拘束時間も増えるということです。たとえオンコール(待機すること)であっても、医師の心身は休まらず、睡眠中も深く眠ることはなかなかできません。

手術自体を厭う脳神経外科医はいませんが、集中力を数日間にわたり持続させることは、すなわち心身の緊張状態が24時間以上続くということです。これにより、肉体的負担と身体的負担も増加するというわけです。

二刀流脳神経外科医の育成には多大な時間を要するうえ、負担の大きさから途中で挫折してしまう者も出てくるかもしれません。これが、二刀流脳神経外科医のデメリットといえます。

前項では、二刀流脳神経外科医にかかる負担の大きさについて述べました。しかし、私は自分自身が二つのスキルを習得したことで、デメリットを上回る医師としての大きな収穫を得られたと考えています。

これは若手医師の方へのメッセージでもありますが、二つの治療を専門的に学び、「知識のエキスパート」となることで、患者さんへのご説明の際に、これまで以上に確かな自信をもって「この治療を選択しましょう」と真正面から断言できるようになります。また、よい意味で自身の技量の限界もみえるようになり、より高度な技術を持つ医師に治療を依頼することにも迷いがなくなりました。

脳血管内治療を行う者と開頭術を行う者が、会社のライバル部署のようにわかれてしまっている施設では、患者さんが最初に扉を開いた部署の治療法を受けることが、その時点で決定してしまうこともありえます。この場合、たとえその方法による治療が「可能」であっても、「最善」とはいえません。

私たち医師は、常に目の前の患者さんが「自身の家族だとしたら」と考え、正確で安全な治療を提供する義務があります。そのための確かな判断力を持てる二刀流脳神経外科医とは、治療を受ける患者さんにとっても重要な存在であり、またこれからのわが国の医療を支える若手医師の方々にとっても目指す意義の大きい存在であると考えます。

 

日本の脳卒中患者は、およそ124万人(厚労省平成23年調べ)といわれます。その治療の最先端をゆく脳血管内カテーテル治療は、現在国内で約2万5千件行われています。外科手術では治療が困難だった特殊な病気をも治療可能にした脳血管内手術は、どのように始まったのでしょうか。

この記事の目次

  1. 脳卒中に対するカテーテル治療の始まり
  2. 脳のカテーテル治療で初めに行われたのは血栓を溶かす治療
  3. カテーテル治療をより確実なものにした医療器具・薬剤の開発
  4. ボツリヌス治療とrTMS治療を組み合わせることもある

過去の脳卒中発症後の治療法開発において、今までどんな問題点があり、今後はどのように取り組むべきかを、公益財団法人 先端医療振興財団 先端医療センター研究所 再生医療研究部 部長の田口明彦先生に引き続きお話しいただきました。

この記事の目次

  1. 今までの脳卒中治療の臨床試験に関する問題点
  2. 脳梗塞臨床試験設計の見直し
  3. 画像評価方法の進歩

仕事を持つ社会人の方が脳卒中を発症し、休職しながらリハビリテーションを行なうことは決して少なくはありません。職場復帰したいという意志を持つ患者さんは非常に多く、脳卒中リハビリテーションと共に復職支援を行なう関東労災勤労者リハビリセンターの利用者は、年間300人にものぼるといいます。

この記事の目次

  1. 脳卒中後の復職率・離職率-復職率は4割台にのぼる
  2. 仕事に戻るための脳卒中リハビリテーション-機能回復に有効な治療
  3. 脳卒中後の復職のために重要な動機付け
  4. 会社に籍を置いておくことが、患者さんから前向きな気持ちを引き出す
  5. 医師や看護師、医療ソーシャルワーカーなどが協働して患者さんを支援する

日本では2008年から、片麻痺を改善させて脳卒中リハビリテーションをスムーズに進めるために“rTMS治療”が用いられるようになっており、すでに良好な治療成績がもたらされています。

この記事の目次

  1. 脳卒中リハビリテーションにおける上肢の「片麻痺」改善の必要性
  2. 上肢の片麻痺に有効なrTMS(反復経頭蓋磁気刺激法)治療とは? 
  3. rTMS治療のメリットは高い安全性 体に一切傷がつかない治療法
  4. 発症から1年や数年といった時間が経過していても効果がみられる
  5. rTMS治療の適応基準
  6. rTMS治療のデメリットやリスクについて
  7. rTMS治療の費用-現時点ではコストはかからない
  8. rTMS治療のデメリットやリスクについて

「脳卒中は時間との勝負」であり、発症後に迅速な治療に入ることがとても大切です。救急搬送、病院での診断・治療まで速やかに入れる取り組みが行われつつありますが、それ以上に日常生活の中で起こる些細な変化にすぐ気付くことが重要です。

この記事の目次

  1. 脳卒中①−脳梗塞とその治療について
  2. 脳卒中②-くも膜下出血と脳動脈瘤について
  3. 速やかに脳卒中を治療するための武田病院脳卒中センターの取り組み

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