インタビュー

脳血管内治療と開頭術、どちらを先に習得すべきか? 二刀流脳神経外科医の育成プラン

脳血管内治療と開頭術、どちらを先に習得すべきか? 二刀流脳神経外科医の育成プラン
郭 樟吾 先生

脳神経外科東横浜病院 副院長、東京慈恵会医科大学附属病院 脳神経外科 診療医長・講師

郭 樟吾 先生

この記事の最終更新は2016年09月16日です。

「二刀流脳神経外科医」とは、脳血管内治療と開頭術の両方に精通した医師のことであり、その知識は「浅く広い」ものであってはなりません。しかしながら、どちらかの治療の専門家としてキャリアを積み上げすぎてしまうと、人間の心理として、もう一方を新たに学ぶことに抵抗感が生じる可能性もあるため、二刀流脳神経外科医の養成に関してはプログラム化された教育プランが必要であると、東京慈恵会医科大学脳神経外科学講座講師の郭樟吾(かくしょうご)先生はおっしゃいます。では、脳血管内治療と開頭術、どちらを先に学んだほうがよいのでしょうか。ご自身の経験を織り交ぜながら、郭先生に解説していただきました。

今後の脳卒中治療において、脳血管内治療と開頭術の双方を習得した“Hybrid Neurosurgeon”の存在が不可欠です。私は“Hybrid Neurosurgeon”を、一般の方にもイメージしやすいよう「二刀流脳神経外科医」と呼んでいます。記事1「これからの脳卒中治療」では、脳血管内治療においてトラブルが生じたとき、開頭術に切り替えるための時間的ロスがなくなることなど、二刀流脳神経外科医のメリットについて述べました。

しかしながら、真の意味で二刀流脳神経外科医といえる医師は、日本でその必要性を早期に提唱し始めた東京慈恵会医科大学においても数名しかおらず、全国的に不足した状態にあるといえます。本記事では、5年後、10年後の日本を見据えた中長期的な育成ビジョンについてお話します。

私は脳血管内治療を習得する前に、脳腫瘍および脳血管障害の開頭術を10年以上にわたり行ってきました。この経験から、開頭術を先に習得したほうがよいと考えます。なぜなら、先に脳血管外科(開頭術)の実習による修練を積み重ねることにより、その医師は自分の頭の中で患者さんの病巣の状態を「3D化」してイメージすることができるようになるからです。

脳血管内治療では、基本的に2Dの映像で血管の走行をみながら治療を行うため、頭を開けた状態を目の当たりにすることは多くはありません。そのため、開頭術を先に学んだほうが、脳血管内治療のラーニングカーブ(経験曲線)も早くなるのです。

カテーテルの進め方など、技術面の上達が早くなるだけでなく、「この血管がつぶれたらどうなるのか」「今、どの血管にストレスがかかっているか」といったリスクに対する嗅覚も鋭くなり、血管内治療時のトラブルも未然に回避できる可能性が高くなります。

脳神経外科の専門医は、医師になって大体7年目で取得します。その前後で脳血管内治療にも携わりはじめ、脳神経外科の専門医を取得した翌年など、可能な限り早期に脳血管内治療の専門医も取るといった流れが理想的です。

双方の治療を早期に習得したほうがよいと述べる理由もまた、自分自身の経験に基づくものです。私は現在医師となって17年目を迎えましたが、そのうちの14年間は開頭術のみを専門としていました。年齢でいうと、30代後半頃に脳血管内治療を学び始めたということです。すると当然ながら、これまで自身が10年以上にわたり専門としてきた分野について、少し「否定」をしながら、他の分野に足を入れていくことになります。多くの医師は自分の専門分野にプライドを持って患者さんの治療にあたっています。自身の治療法にプライドを持つことは、責任をもって患者さんを救うために大切なことではあるものの、長期間一本道を歩み続けるともう元には戻れないこともあり得ます。

また、たとえ学ぶ側の医師が気にしていないとしても、教える側の医師が年下の方であり、少し気まずい思いをしながら指導することもあるかもしれません。

私自身、「もっと早い段階で脳血管内治療を習得したかった」という思いもあり、現在二刀流脳神経外科医の養成のために、早期に二つの治療を学ぶためのプログラム化された教育プランを作ろうとしているところです。

前項で私は「もっと早く脳血管内治療を学びたかった」と述べました。これは、開頭術の後に脳血管内治療を学んだことで、脳神経外科医として非常に重要な「血管解剖」の知識を得られたからです。開頭術の専門医も血管解剖については一通り学びますが、脳血管内治療を行う医師ほど詳しくないこともあります。

あらゆる疾患の治療を習得するとき、私たち医師は(1)正常解剖、(2)異常解剖、(3)そして疾患、(4)その疾患の治療というように、(血管)解剖の勉強を避けることはできません。

しかし、開頭術という専門領域に10年以上心血を注いでいたために、血管解剖についてはこれまで少しおろそかになっていたと、現在では自省しています。

血管内治療の専門医として、血管解剖を本格的に学び詳細に理解できるようになったことで、脳神経外科医としての肉付きは非常に太いものになったと実感しています。脳の疾患を治療するにあたり脳の解剖は非常に重要ですが、双方の治療を習得した今だからこそ、「血管解剖なくして脳の解剖はない」と断言することができます。

ここまでに述べてきた二刀流脳神経外科医(Hybrid Neurosurgeon)とは、脳神経外科で行う二つの治療、開頭術と脳血管内治療の双方を行える医師のことです。しかし私は、脳血管内治療を習得することは、他科の医師にとっても武器になると考えています。

たとえば、脳梗塞を発症した患者さんが来院されたとき、血栓を溶かす治療(t-PA静注療法)は主に神経内科の医師が行います。その後、症例によっては、私たち脳神経外科による脳血管内治療が必要となることもあります。このようなとき、神経内科の医師が脳血管内治療の専門医も取得していれば、より柔軟で迅速な治療を提供できるのではないでしょうか。

上述した脳神経内科と脳血管内治療の二刀流など、今後は時代のニーズに応じ、様々な形の“Advanced Hybrid Neurosurgeon”が誕生してくるものと考えます。

二刀流脳神経外科医の育成が円滑に進むか否かは、「その人が興味を持ってくれるかどうか」という点に依拠するところが多いと感じます。現在、若手の医師の方々で二つの治療法を学ぶことに意欲を示す方は幸い多数存在していると感じます。ただし、私の印象としては、脳血管内治療に関心を抱き、先に学びたいと考える人のほうが多いように感じます。この傾向は脳の治療だけでなく、心臓の治療など、他領域にも共通していえることです。

ある分野に強く興味関心を抱くことは勿論よいことではありますが、「脳血管内治療のみに走ってしまう可能性がある」という悪い面も存在します。ですから、私たちは教育者として、「歯止め」をかけることも大切であると考えます。

そのためには、複雑な開頭術(顕微鏡下で行うマイクロサージャリーなど)に関しても、現在何をしているのかをわかり易く解説し、くわえて開頭術の治療成績も向上させていく必要があります。

脳卒中治療など、脳の手術のトラブルは死に繋がりかねない危険性の高いものであり、脳血管内治療がいかに進歩したとしても、緊急性が高い場合は開頭術が必要になることがあります。「何か」があったときに「開けられない(開頭術を行えない)」では済まされないのが、実際の脳卒中の治療なのです。

このような臨床経験から、脳血管内治療を志す医師に対し、開頭術がいかに充実した治療法であるかを様々な角度から伝えていくことが、現在の私の使命であると考えます。

二刀流脳神経外科医が増えることにより、患者さんに対しては、提示できる治療の幅が広がり、最善の医療を提供することができるようになります。(※詳細は記事1「これからの脳卒中治療」をご覧ください。)

これ以外に、医療界全体、そして国という大きな単位でみると、「日本全体の脳卒中治療の治療成績が向上する」という大きな利点があります。

わが国では高齢化が進み、また検査の精度も進歩したことから、脳卒中治療の需要は10年、20年前とは比べ物にならないほど増えています。時代のニーズとは日々刻々と変化するものであり、開頭術一本でよかったという時代はもはや終焉に差し掛かっています。日本という国の現状をみても、二刀流脳神経外科医の育成は急務といえるでしょう。

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