脳卒中の原因となる脳血管の病気(脳血管障害)は、脳ドックの受診やMRI検査などで偶然発見されることがあります。脳卒中をきたす前に手術することが決まった場合、“切る手術(開頭手術)”と “切らない手術(脳血管内手術)”のどちらを選択するか慎重に判断しなくてはなりません。
今回は、2つの手術を選択する際のポイントや、脳神経外科医としての思いについて、横浜市立大学附属市民総合医療センター 脳神経外科の間中 浩先生にお伺いしました。
脳血管障害の手術は、“切る手術”である開頭手術と、“切らない手術”である脳血管内手術に分けられます。それぞれにメリットとデメリットがあるため、患者さんの病気の状態やご希望など、さまざまなことを考慮して選択します。
脳は頭蓋骨およびその内側にある硬膜や脳脊髄液によって守られていますが、柔らかく繊細で体の中でも重要な組織の1つです。その脳に手術で手を加えることは必ずリスクを伴います。それゆえ、手術に際してはそのリスクを踏まえて、慎重に治療法を検討することが重要です。
脳神経外科における基本的な手術方法は、“切る手術”の開頭手術です。頭皮や頭蓋骨を切って脳の周りにある膜を開け、脳を露出して行います。
一方、“切らない手術”の脳血管内手術は、頭を切り開くことなく血管の中から治療を行う新しい手術方法で、腕や足の付け根の血管からカテーテルを挿入して治療します。
脳血管内手術における麻酔は全身麻酔か局所麻酔ですが、当院では体への負担などを考慮し、できるだけ局所麻酔を選択しています。“切る手術”の開頭手術と比べて、早く元の生活に戻ることが期待できます。
脳血管内手術は、主に次のような脳血管障害に対して検討します(それぞれの病気について、詳しくは『脳卒中を引き起こす脳の病気、脳血管障害とは?』をご覧ください)。
*もやもや病:内頸動脈の末端付近で脳血管の狭窄が起こる原因不明の病気
脳血管内手術は“切らない手術”ですが、決して“簡単な手術”ではありません。大事な脳に存在する病気を治すためには、切る手術も切らない手術も同じようにリスクが生じます。また、脳血管内手術は、開頭手術と比べて根治が難しいケースがありますが、一方で脳血管内手術のほうが有利といえるケースもあります。開頭手術と脳血管内手術のどちらがよいのかは、患者さんの状況を考慮して慎重に判断します。
脳の血管に瘤ができる未破裂脳動脈瘤は、破れると、命に関わるくも膜下出血を引き起こす危険性があります。手術方法は、開頭手術として外側から瘤をクリップで挟む開頭クリッピング術と、脳血管内手術として瘤の内側にコイルを詰める塞栓術があります。歴史的には、開頭クリッピング術のほうがコイル塞栓術よりも治療方法として確立されており、根治性も高いものが期待できます。
脳の深いところにできている未破裂脳動脈瘤に対しては、脳や神経を傷つけないよう脳血管内手術を選択したほうがよい場合があります。一方、血管が曲がりくねっていてカテーテルの操作が難しいと考えられる場合には、開頭手術を選択したほうがよいこともあります。そのほか治療法の選択にもっとも重要な、瘤の形状や瘤周囲の血管の走行を踏まえて、お互いの利点と欠点を考慮したうえで、治療法を選択することが重要です。
硬膜動静脈瘻は、頭蓋骨の内側にある硬膜という膜で動脈と静脈が異常な血管でつながってしまう病気です。手術方法は、開頭手術として異常な血管の切断を行う場合と、脳血管内手術として異常な血管に液体の塞栓物質やコイルを詰める塞栓術があります。
患者さんによって血管のつながり方や流出先はさまざまで、治療の作戦を考えるのが難しい病気ですが、硬膜動静脈瘻ができている場所によって開頭手術と脳血管内手術のどちらが適しているのか明確な場合が多く、開頭手術か脳血管内手術かの選択を患者さんにご提示することは少ないかもしれません。
首のあたりで脳に栄養を運ぶ頸動脈の内腔に脂質がたまり(プラーク)、血管の狭窄をきたした頸部頸動脈狭窄症の手術には、開頭ではありませんが頸部を切ってプラークを直接取り除く血栓内膜剥離術(CEA)と、詰まったプラークを血管壁ごと押し広げる頸動脈ステント留置術(CAS)があります。この2つの手術法をたとえるなら、道路の雪かきをイメージすると分かりやすいかもしれません。雪そのものをどかすのが血栓内膜剥離術(CEA)、道路に積もった雪を脇に寄せて通れるようにするのが頸動脈ステント留置術(CAS)ということです。
頸部頸動脈狭窄症は、切る手術である血栓内膜剥離術(CEA)が標準的な手術方法です。切る手術に何かしらのリスクがある患者さんは頸動脈ステント留置術(CAS)を行います。しかし、患者さんのご希望を伺うと、切らない手術である頸動脈ステント留置術(CAS)を選択される方のほうが多く、本邦においては、頸動脈ステント留置術(CAS)を選択することが増えています(2020年3月時点)。
どちらの手術法が優れているかの検討項目は多岐にわたりますので、担当医師とよく相談し、それぞれの手術法の利点と欠点を踏まえて検討することが必要です。
医師は全ての病気を治せるわけではなく、治療できる可能性が高いとしてもそのリスクを覚悟しなくてはならないケースもあります。医師は患者さんの苦痛や不安を取り除くために存在していると私は思っており、手術というものは、患者さんの不安を取り除くための1つの手段に過ぎないと考えております。
たとえば、ご高齢の患者さんに未破裂脳動脈瘤が見つかったときは精神的な負担を可能な限り減らせるよう配慮します。放置すれば破裂するかもしれないリスクはありますが、手術にもリスクがあるわけですから、時に手術をおすすめしないで不安を取り除くようにすることもあります。一方で、患者さんからの強いご希望があれば、「難しい手術に挑戦することになりますが、やりましょう」とお答えすることもあります。また、全ての患者さんに当てはまることですが、1つの方法に固執しないように、たとえば“切らない手術”である脳血管内手術にこだわらないことも大切だと考えています。
また、多くの患者さんと接して分かったことは、突然の病気の診断により、病気や手術の話をうまくご理解できない方がいらっしゃるということです。そのようなときは決して手術の方向に誘導せず、ご家族を呼んであらためてご説明するようにしています。必要のない手術はすすめませんし、患者さんが手術による不安の解消を希望された場合は考慮します。手術をしない選択、手術を行う場合は開頭手術か脳血管内手術かなど、いくつかの選択肢を示したうえで、患者さんのご意向に合わせた治療方針を提案するように努めています。
私は、2002年から18年間にわたり、当院で脳血管障害の臨床を行っています(2020年3月時点)。そのなかで、手を尽くしても救うことのできなかった患者さんを忘れたことはなく、このようなメディアで情報発信することは自責の念から固辞してきました。しかし、患者さんに、私が正しいと考える適切な医療を提供したいという思いから、このたび記事を掲載していただくことを決心しました。
私に脳血管内手術を教えてくださった恩師は「医者は偉い。なぜなら身を粉にして患者さんに尽くすことができるからだ」と言いました。私自身、これからも患者さんのために尽くせる医師でありたいと思っています。“適切な医療”は限られた紙面で伝えきれるものではなく、個々の患者さんに合わせて考えていかなくてはなりません。これまでの診療の経験を生かして一緒に治療方法を考えてまいりますので、お困りの際にはぜひご相談ください。
横浜市立大学附属市民総合医療センター 脳神経外科
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