インタビュー

糖尿病網膜症での視力低下や失明を防ぐために―早期発見と医療・社会システム

糖尿病網膜症での視力低下や失明を防ぐために―早期発見と医療・社会システム
山下 英俊 先生

山形大学 医学部眼科学講座 教授

山下 英俊 先生

記事1『突然の視力低下や失明を引き起こす糖尿病網膜症とは?原因と症状・治療について』では、糖尿病網膜症の原因や症状、治療、そして糖尿病網膜症と失明の関係などについてお伝えしました。現在、糖尿病網膜症で失明する患者さんの割合は減ってきてはいるものの、糖尿病網膜症の患者さんが増えたことで、失明する患者さんの数そのものは増加しているといわれています。糖尿病網膜症による失明を防ぐために社会や医療、そして私たちができることについて、ご自身も眼科医であり、山形大学医学部長の山下 英俊先生に引き続きお話をうかがいます。

血糖値が上昇することで、網膜の血管が詰まったり破れたりしてしまう病気が糖尿病網膜症です。糖尿病網膜症により血管がダメージを受けたり、黄斑浮腫が生じたりすると、その結果として網膜に栄養が行き届かなくなり視力低下や失明につながります。

糖尿病網膜症の初期は自覚症状がないことも多く、初期段階では眼科で検査を受けない限り、発見することができません。そのために、自覚症状が出てから糖尿病網膜症が発見された場合には、すでに症状がかなり進行していて治療が難しい場合もあります。

2017年現在、国内の糖尿病患者数は約950万人です。そのうちのおよそ3分の1、約300万人が糖尿病網膜症であるといわれており、そのなかでも約100万人に、実際に視力低下や失明が起きていると考えられます。

つまり、糖尿病の患者さんの約10人に1人が、糖尿病網膜症によって視力に何らかの影響が出ているのです。

また糖尿病網膜症は、糖尿病の罹病期間が長くなればなるほど発症率が高まります。現在は糖尿病の治療成績が向上し、糖尿病によって亡くなる方が減っています。その一方で糖尿病の罹患年数が長くなる方が増え、糖尿病網膜症のリスクを持つ方も増加傾向にあるのです。

新しい治療法や治療薬の開発は進められていますが、現状における失明を防ぐための最善策は早期発見・早期治療です。糖尿病の患者さんは目に異常がなくても、最低年に1度の眼科受診と眼底検査の実施が推奨されます。

定期的な検査を受けていれば仮に糖尿病網膜症を発症しても早期に治療を開始できるため、失明の確率を大幅に下げることができます。早期に網膜光凝固術を行うと、将来の失明率は1〜2%にまで抑えることが可能です。

糖尿病網膜症の眼科における治療は網膜光凝固術や硝子体手術といった外科治療がメインです。近年では技術が向上し、非常に低侵襲、そして術後の視力回復の確率も上昇しています。

また近年では抗VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor:抗血管内皮増殖因子)薬による糖尿病黄斑浮腫の治療も多く行われています。抗VEGF薬は眼球内に注射を行う治療法のため、手術よりも実施しやすく、外来治療も可能ですが、その適応には十分な注意が必要です。

糖尿病の罹病期間が10年以上ある方は、糖尿病網膜症を発症するリスクが高くなります。しかしながら糖尿病の患者さんの眼科での眼底検査受診率は、70%弱にとどまっているのです(平成14年度糖尿病実態調査による)。残りの3割は、眼科を受診していません。

患者さんは初診時に糖尿病と診断されて眼科の受診を内科医から勧められ、最初は眼科で眼底検査を受けます。しかしそこで眼科医から「今回は異常なし」といわれて安心してしまい、以降、眼科を継続的に受診するタイミングを逃してしまう方が非常に多いです。しかし繰り返すように糖尿病網膜症は糖尿病の罹病期間が長くなればなるほど発症率が高まる疾患ですから、初診での眼底検査で異常がなくても、継続的な眼科受診が最重要です。

実際、初診で眼科を受診した方のその後の眼科受診状況を調べると、初診から5年後に眼科を再度受診した患者さんはわずか40%程度で、半数以上の患者さんが眼科の受診を途中でやめてしまっていることがわかりました(出典:船津英陽:眼科受診糖尿病患者の実状:眼紀 43: 7-13, 1997)。

これは糖尿病の発症時の年齢の多くが40代と多忙な時期であり、なかなか眼科を受診する機会を作れないこと、そして異常がない場合の定期的な眼底検査の実施が通常年1回で、患者さんがうっかり忘れてしまうことなどが原因として考えられます。

糖尿病網膜症は網膜出血が出現する初期段階では、自覚症状がほとん現れない疾患ですから、早期に患者さん自身が糖尿病網膜症を発症していることに気づくことは困難です。そこで重要になってくる点が、糖尿病の全身治療を行っている内科医からの眼科受診の勧めです。

しかしながら、現在、内科医と眼科医の連携はまだ十分とはいいがたく、さらなる連携強化が望まれます。

糖尿病の患者さんは内科は受診されるので、地域の内科医と眼科医の方々には、ぜひ密に連携をとって糖尿病の患者さんの眼科受診率をあげていただきたいと思います。できれば内科医の先生には「あなたの自宅近くにはこことここに眼科があるから、眼底検査受けてきてください」と、患者さんに具体的に眼科の場所を教えて強く伝えてほしいです。それくらい熱心にいっていただければ患者さんも眼科受診の重要性に気づき、眼科を受診するきっかけになると思います。

地域の医師会が中心となって、両者の連携を強化し、内科医が患者さんに眼科受診を強く勧めているところもあります。

糖尿病網膜症の治療は、まずは血糖コントロール、血圧コントロールなど、全身治療に加えて、現在の眼科的治療法は、網膜光凝固術、硝子体手術、抗VEGF薬の注射(糖尿病黄斑浮腫が保険適応)の3つです。これらに加えて、網膜症の治療として有効で安全であり、患者さんや医師にとって使いやすい、たとえば内服や点眼の治療薬がない点が今後の課題です。

私たち眼科医は「今すぐ手術をする必要はないけれど、糖尿病網膜症の進行を止めたい」というパターンに遭遇することが多くあります。内服薬や点眼薬など、患者さんが続けやすい糖尿病網膜症の治療薬があればいいのですが、いまだ実用化に至っていません。

そのような薬があればたとえ糖尿病網膜症になっても、ごく早い段階で病状の進行を食い止められるため失明する可能性が非常に低くなります。まだ症状が出ていない早期の段階で治療できる薬が必要とされているのです。

バランスのよい食事

実は、近年糖尿病網膜症で視力低下・失明に至る方の割合は減ってきています。これは、治療の進歩や医療従事者の意識の変化によって視力障害の割合が減ってきたものと考えられます。しかし、いまだに多くの方が糖尿病網膜症で視力低下に悩んでいますし、糖尿病に罹患する患者さんの数は年々増加しているため、糖尿病網膜症で視力障害を起こす患者さんの実数は増えている可能性が否定できません。

いくら糖尿病網膜症の治療が進んでも、糖尿病や糖尿病網膜症になる患者さんが増え続ければ、多くの方が視力低下・失明のリスクにさらされます。そのためにはまず、糖尿病や糖尿病網膜症にならないために、医療システム・社会システムを変えていくことが必要だと考えます。

糖尿病をはじめとする生活習慣病は、日々の食事内容や運動不足などが原因で生じます。生活習慣病を防ぐために、今すぐに食生活を大幅に変えることは、今日の飽食の時代からみても現実に即していないでしょう。

そこで、いかに現代人のライフスタイルに合わせて、健康な生活習慣をつくっていくか、ということが糖尿病などの生活習慣病を防ぐために重要であるといえます。

たとえば、ビッグデータを活用して現代の日本人における糖尿病や糖尿病網膜症になりやすい因子・これらになりにくい因子を突き止め、対策を実行します。人種や民族によって脂肪への負荷の強さなども異なりますから「こうしたライフスタイルの日本人にはこのような生活習慣が適切です」とライフスタイルや民族・人種に合わせた生活習慣の改善提案ができれば、糖尿病や糖尿病網膜症、そのほかの生活習慣病になる方も少なくなっていくのではないでしょうか。

日本にはビッグデータやAIの技術が充実していますから、これらの技術を医療産業に応用していくことは十分可能だと考えています。

こうしたデータ解析によって生活習慣病になる患者さんを減らすことができれば、糖尿病治療のための医療費を削減することができる可能性もあります。

このようにして、糖尿病診療に加えて今後ますます増えていくがん認知症の患者さんの治療へ貴重な医療費をいかに有効利用していくかということが、今の医療や社会に求められているのではないでしょうか。そのためには、医療システムや社会システムの変革が重要だと思います。

山下先生

ひとつは、繰り返し述べているように症状がなくても定期的に眼科を受診し、眼底検査を受けることです。1回目の眼底検査で異常なしといわれても、最少でも年に1回は眼底検査を受けるようにしましょう。眼底検査はどこの眼科でも実施している検査です。

もうひとつは、糖尿病だけでなく他の生活習慣病でもいれることですが、生活習慣の改善が大切です。かかりつけの内科医から受けた、患者さんに現在の病態や重症度に応じた運動療法や食事療法の指導はしっかりと守り、体の負担にならない生活を心がけましょう。

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