糖尿病によって引き起こされる糖尿病黄斑浮腫では、目の網膜の中の “黄斑”という部分がむくむことで、視力の低下や視界のゆがみなどが現れることがあります。
糖尿病黄斑浮腫の治療に尽力されている信州大学医学部附属病院の平野 隆雄先生は、患者さんへ「現状それほど視力が下がっていなくても、放置すると将来的に視力が下がってしまう可能性があり、いち早く治療を開始することが重要である」と伝えるよう努めているそうです。平野先生に、糖尿病黄斑浮腫の症状や治療法、医師と患者間に生じる可能性のあるギャップ、そして患者さんが納得して治療を受けるために大切なことについてお話を伺いました。
糖尿病黄斑浮腫は、糖尿病の合併症である“糖尿病網膜症*”の1つの型であり、視細胞が多く集まる“黄斑”という部分がむくんでしまう状態のことです。糖尿病網膜症が進行する過程で発生し、糖尿病患者さんの約7%が糖尿病黄斑浮腫を合併するという報告もあります。
まずは、糖尿病黄斑浮腫がどのように発生するか、物の見え方の仕組みとともに説明します。私たちが物を見るとき、目に入った光は角膜と水晶体を通り、卵の白身のような硝子体を通り抜け、目の奥の“網膜”へと届きます。網膜の中の視細胞に光が届くことで、物を見ることができるのです。黄斑は、網膜の中でももっとも視細胞が多く、真ん中はややくぼんでいます。
糖尿病になると、常に糖分の高い血液が血管の中を流れているような状態になります。血管が糖分の高い血液に触れ続けると、細いところから少しずつ傷つき脆くなっていきます。それは、細い血管が集まる網膜も例外ではありません。網膜にある毛細血管が脆くなり、そこから血液成分など本来漏れてはいけないものが漏れ出ることで、黄斑にむくみを生じるようになるのです。
*糖尿病網膜症:糖尿病によって高血糖の状態が続くことで血管が傷み、網膜の機能が低下する病気。視力低下が現れたり、ときに失明に至ったりすることがある。
糖尿病黄斑浮腫の特徴的な症状は、視力の低下と歪視(視界がゆがんで見えること)です。症状は急激に悪化するわけではなく、徐々に現れてくるケースが多いです。両目に起こる場合もあれば、片目のみに起こる場合もあります。
糖尿病黄斑浮腫は、患者さんが自覚症状を訴えて眼科を受診し発見されるケースと、糖尿病の患者さんが定期診察を受ける過程で発見されるケースがあります。視力低下を理由に受診される場合は、“なんとなく見えにくい”という症状を訴えるケースが多いです。
糖尿病黄斑浮腫を診断するためには、視力と眼圧の検査、眼底検査(目薬で瞳孔を開き目の奥を確認する検査)を行います。さらに、光干渉断層計(OCT)検査(近赤外光を用いて網膜の断面像を撮影する検査)を行い、網膜の表面だけでなく深部まで観察することで診断がより正確になります。OCT検査によって、黄斑がむくんでいる状態を確認することが可能です。
糖尿病黄斑浮腫の主な治療法には、抗VEGF薬やステロイド薬を用いた薬物治療、レーザー治療、硝子体手術があります。
抗VEGF薬は、傷んだ血管の細胞から分泌される“VEGF(血管内皮増殖因子)”という物質のはたらきを阻害することで、血液成分などが血管の外に漏れ出るのを抑える薬です。VEGFがはたらくと、脆い新しい血管ができたり、本来漏れてはいけない血液成分などが血管の外に漏れ出たりするようになり、黄斑がむくむ原因になります。これを防ぐために、消毒・麻酔後に目に直接注射し薬を投与します。
抗VEGF薬は、特に黄斑の中心部にあたる“中心窩”までむくみが広がっている場合に選択されます。中心窩までむくみが進行していると、ほかの方法ではなかなか治療することができません。
抗VEGF薬で治療する際の注意点は感染です。薬を目に直接注射するため、傷口からばい菌が入る可能性があります。感染が起こるケースはまれですが、糖尿病の患者さんは感染に対する抵抗力が弱いので注意が必要です。感染症は注射をしてから1〜2日後に起こることが多く、自覚症状として目の痛みや充血、視力の低下などが現れます。放っておくと失明する可能性もあるため、注射後に目の違和感がある場合は早めに眼科を受診するようにしましょう。
ステロイド薬には、血液成分が漏れる原因となる血管の炎症を抑える効果が期待できます。抗VEGF薬が登場する前は主要な治療薬でした。ステロイド薬を直接目の中に注射する方法と、目の周りに注入する方法があります。現在は、基本的に抗VEGF薬を目の中に直接注射することに抵抗がある方や、治療費をできるだけ抑えたい方に選択されることが多いです。
ステロイド薬の副作用には、眼圧の上昇や感染、血糖上昇などが挙げられます。また、抗VEGF薬と同様に、注射による傷口からの感染リスクがあります。血糖上昇のリスクはわずかではありますが、糖尿病の患者さんにとっては病気を悪化させる可能性があるので注意が必要です。
レーザー光凝固法と呼ばれるレーザー治療を行うこともあります。レーザー光凝固法は、血管から血液成分が漏れ出るこぶのようになっている部分にレーザー光を当てて固める治療法です。主に、黄斑のむくみが中心部まで達していない状態のときに選択されます。周辺部がむくんでいて、進行すると中心部までむくみが達してしまいそうな状態の場合は、レーザー光凝固法が適しているといえます。
反対に、すでに中心部までむくみが達している場合はレーザー治療を行うことが難しくなります。黄斑の中心部には特に多くの視細胞が集まっているため、レーザー光を照射すると視細胞に対するダメージが大きく、治療することで失明してしまうリスクがあるためです。
硝子体手術は、黄斑の前に張った不要な膜を取り除くことで、むくみを改善させる方法です。糖尿病黄斑浮腫では、傷ついた血管の周りに新しい血管が作られるだけでなく、黄斑の前に不要な膜が作られることがあります。このため、黄斑に膜が張っている患者さんに対しては硝子体手術が選択されます。また、むくみの原因が硝子体にある場合も硝子体手術が適した選択肢といえます。
私は眼科医として、お話ししたような治療とともに研究にも取り組んできました。研究を通して明らかになった、糖尿病黄斑浮腫の治療における“医師と患者間のギャップ”についてご紹介したいと思います。
ギャップを埋めて、糖尿病黄斑浮腫の患者さんに納得して治療を受けていただくために私が努めていること、そして患者さんに心がけてほしいことについて、詳しくお話しします。
私は以前、研究の一環で、患者さんが糖尿病黄斑浮腫の治療を選択する際に何をもっとも重視するか調査を行いました。このような調査を実施したのは、糖尿病黄斑浮腫の治療に取り組むなかで「医師を前にすると、患者さんは本音が言いづらいこともあるのではないか」と思うようになったからです。患者さんは治療を選ぶ際に本当は何を重視しているのか非常に興味があり、研究を行うに至りました。
そして、“合併症”、“コスト”、“視力”、“治療頻度”、“医師の説明”の5項目のうち何を重視するか調査を行った結果、患者さんが治療選択時にもっとも重視するのは“視力”であることが明らかになったのです。
一方、我々医師は治療後に “視力が改善したこと”よりも、治療によって“むくみの状態が改善したこと”を患者さんへ伝えることが多くあります。OCT検査による網膜の画像をもとに、治療前のむくみがある状態と、治療後のむくみがなくなった状態を比較しながら治療の効果を伝えることが多いのです。
研究を通して、仮に糖尿病黄斑浮腫によるむくみの状態が改善したとしても、視力が改善されていなければ患者さんは満足できない可能性があるということが分かりました。患者さんが治療の効果に満足できるかどうかは、“きちんと見えるようになるかどうか”が大きく影響することをあらためて知ったのです。
研究に取り組み始めた頃は「患者さんは金銭的な部分をもっとも気にされているのではないか」と思っていたのですが、実際は治療を選択する際に視力をもっとも重要視することが分かり、普段の診察や、患者さんへの説明の際に大きな影響を受けました。
医師と患者間に生じるギャップを解消するために、まず私は、黄斑のむくみを放置することで将来的に視力が下がってしまう可能性があると伝えるようにしています。そのうえで、視力を維持するためには、いち早く治療を始めることが重要であるとお話しするようにしているのです。
患者さんは治療によって視力の改善を求めているので、治療の中でも抗VEGF薬が視力の改善や維持に効果が期待できることを説明するようにしています。ただし、黄斑のむくみはあるけれど視力があまり低下していない患者さんは、高額かつ目の中に注射しなければならない抗VEGF薬による治療を受けたがらないケースも多いです。ですので、むくみがあると将来的に視力が下がる可能性があることを最初に説明するようにしています。
“目の中に注射すること”に関して恐怖を感じる患者さんも少なくありません。恐怖心をできるだけ取り除くために、使う針は普段の採血に使う針よりずっと細く、痛みを感じるケースは少ないことを伝えるようにしています。
また、症状を自覚していないために治療を受けるに至らない場合もあります。両目だと見え方の変化が分かりにくいこともあるため、黄斑がむくんでいるほうの目だけで見てもらい、視界がゆがんでいることやぼやけていることなどに気付いてもらえるよう努めています。実際に「片目で見たら、障子の桟がゆがんでいることに気付いた」という患者さんもいらっしゃいます。
受診の際に患者さんにお願いしたいのは、自覚症状を具体的に伝えてもらうことです。治療を開始してからは、見え方が変化しているか毎日チェックしてもらいたいと思っています。毎日同じ時間に同じ場所を見ることで、“昨日よりもよく見える”“昨日よりも見えづらい”など、治療による症状の変化を実感しやすくなります。これは、治療後に感染症が起こった際の早期発見にもつながります。
また、必要な治療をしっかりと続けてほしいと思います。抗VEGF薬による治療では定期的な受診が必要なことを最初に伝えているものの、中には途中で通院をやめてしまう患者さんもいらっしゃいます。
患者さんは1回治療をパスしてしまうと再度行きづらくなることが考えられますので、予約が入っていても来院がなかった患者さんには、医療機関側から連絡することも離脱を防ぐうえで効果的です。実際に当院では、受診が予定されていたものの、来院されなかった患者さんには積極的にご連絡するようにしています。治療を途中で離脱してしまうことで、将来的な視力低下につながることもありますので、継続的な治療を心がけてほしいと思います。
2014年に糖尿病黄斑浮腫に対して抗VEGF薬が使用できるようになってから、その良好な効果を実感してきました。一方で、抗VEGF薬で治療を行っても十分な効果を得られない患者さんが一定数いたのも事実です。
そのようななかで、2022年に新たな抗VEGF薬が承認されました。この薬は、これまで効果があまり出なかった患者さんにとってもより高い効果が期待できるのではないかと考えています。ただし、まだ承認されたばかりの薬ではあるので、眼科医としてよりよい使い方を今後も模索していきたいと思っています。合併症についても今までの薬ではあまりみられなかったものが報告されている部分があるため、注意しながら治療に取り組んでいく必要があると考えています。
私は、患者さんに納得して治療に取り組んでいただくために、きちんと話し合うことを大切にしています。糖尿病黄斑浮腫の治療では、多くの症例で抗VEGF薬が第一選択ですが、患者さんのライフスタイルや経済状況なども考慮しながら、一人ひとりに適した治療法を話し合って決定するようにしているのです。
糖尿病による合併症の中でも、目の合併症は比較的治療の効果を実感しやすいものだと考えています。たとえば、糖尿病性腎症になり一度透析になってしまった患者さんの腎機能が改善することは期待しにくいですが、目の場合は治療することで視力が改善する可能性が高くなるのです。
糖尿病を患っていて眼科を受診していないことが一番の問題なので、定期的に受診して検査を受けることが大切です。もしも検査で糖尿病黄斑浮腫が見つかったとしても、悲観する必要はありません。お話ししたように今は効果が期待できる薬もあるので、一緒に治療に取り組んでいきましょう。
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