糖尿病黄斑浮腫は糖尿病網膜症の合併症の1つで、網膜の中心部にあり物を見るために重要な黄斑という場所に浮腫(むくみ)が生じることで、視力の低下を引き起こしたり見え方に影響を及ぼしたりします。
今回は、名古屋市立大学医学部附属東部医療センター 眼科 診療科部長の野崎 実穂先生に、糖尿病黄斑浮腫における治療の選択肢や治療方針の決定・切り替えのポイント、日々の診療の中で大切にしていることについてお話を伺いました。
糖尿病黄斑浮腫は糖尿病網膜症の合併症の1つです。網膜はカメラに例えるとフィルムのはたらきを担っており、光が角膜や瞳孔、水晶体、硝子体などを通って網膜に到達すると、網膜は視神経を介してその映像を電気信号として脳に送ります。これにより私たちは“物が見える”ようになります。
しかし、糖尿病によって網膜にある毛細血管に障害が起こると、眼底に出血が生じたり白い斑点(白斑)をきたしたりといった症状がみられる糖尿病網膜症になります。中でも、網膜の中心部にあり物を見るために重要な黄斑という場所の毛細血管が傷ついてむくみが生じる糖尿病黄斑浮腫は、視力の低下を引き起こしたり、見え方に影響を及ぼしたりします。
糖尿病黄斑浮腫は糖尿病網膜症の進行具合と関係なく、どの段階でも起こり得る合併症です。特に腎機能が落ちている方は網膜もむくみやすくなるため、糖尿病黄斑浮腫が起こりやすい傾向にあります。残念ながら一度糖尿病黄斑浮腫になると、それ以降血糖コントロールが良好に保たれても目の状態がよくなるわけではありません。そのため重要なことは、糖尿病黄斑浮腫の発症前からしっかりと血糖コントロールを行うこと、そして定期的に眼科に通院し浮腫(むくみ)が網膜の中心部に及ぶ前に早期に発見し治療を開始することです。
糖尿病黄斑浮腫の具体的な治療には、薬物注射、レーザー治療、硝子体手術があります。いずれの治療においても、目的はむくみを取り除き視力を維持・改善する、あるいは見え方を改善することです。
糖尿病黄斑浮腫に対する薬物注射には抗VEGF薬と副腎皮質ステロイドの2種類があります。抗VEGF薬は近年の糖尿病黄斑浮腫治療の主流で、硝子体に直接注射して投与します。糖尿病黄斑浮腫では、VEGF(血管内皮増殖因子)という物質が悪化に関係していることが分かっているため、抗VEGF薬を注射することで黄斑浮腫の進行抑制、改善を目指します。ただし、抗VEGF薬は糖尿病黄斑浮腫の治療の中でも比較的高額であるため、当院では患者さんの経済状況なども含めて使用を検討します。
副腎皮質ステロイドは、直接硝子体に注射する方法と、眼球の壁のすぐ外側に注射をして眼球の壁を経由して網膜へとゆっくり薬を到達させる方法があります。抗VEGF薬よりも安価で患者さんの経済的負担も軽くなりますが、副作用として白内障や緑内障が生じることがあるため、注意しながら使用する必要があります。
初めは“目に注射をする”ことを怖いと感じる方も多いようですが、点眼薬の局所麻酔をしてから注射をするため実際にはほとんど痛みを感じることもないようです。私がみる限り一度経験すればその後は特に問題なく治療を受けている方が多い印象です。
レーザー治療(レーザー光凝固術)は基本的にむくみが網膜の中心から離れている場合にのみ実施できる治療です。主に、薬物注射で効果がみられず、毛細血管瘤と呼ばれる血管のコブが破裂して出血し、壊れた毛細血管から血液や血液に含まれる成分が漏れ出している部位がはっきりと確認できる場合に用います。毛細血管瘤にレーザー光を当てて、焼き固める(凝固)ことで出血や血液成分の漏れ出しを防ぎ、糖尿病黄斑浮腫を改善します。
当院では、より安全にレーザー光凝固術を実施するため、ナビゲーション機能とトラッキング機能が搭載された装置を導入しています。ナビゲーション機能とは患者さんの複数の目の検査画像をもとにレーザーを当てる位置をプランニングすること、トラッキング機能とは治療中に目が動いた際もあらかじめ計画された部分を追いかけて照射することです。薬物注射で大きな効果が得られずにむくみが残っている患者さんの中には、網膜の中心部の近くに毛細血管瘤ができているケースもあります。そのような場合はレーザー治療によって逆に視力に障害が出てしまうリスクも高まりますが、ナビゲーション機能とトラッキング機能が搭載された装置であれば、通常のレーザー照射よりも比較的安全に治療することができます。
また、毛細血管瘤がない場合でも、通常よりも凝固させる力の弱いレーザー(閾値下レーザー)を照射することで、むくみを改善する方法もあります。
これらのレーザー治療により薬物注射の頻度を減らすことが期待できるため、当院では患者さんが通院可能な頻度なども鑑みながら検討しています。
なお、網膜の中心部にむくみができておらず、レーザー治療との相性がよいと判断した場合には、むくみが網膜の中心部に及ぶ前にレーザー治療を行うこともあります。そうすることで薬物注射を実施せずに済むケースもあります。
硝子体は眼球の大部分を占めるコラーゲン線維と水でできたゼリー状の組織で、水晶体と網膜の間にあります。硝子体手術とは、硝子体を切除して眼球内を“水”で置き換える手術です。抗VEGF薬の登場により、以前よりも手術の適応になる方は減っています。しかし、網膜前膜(黄斑上膜)がある方は薬物治療が効きにくく、硝子体手術で網膜前膜(黄斑上膜)を除去すれば、浮腫の改善が期待できます。
糖尿病黄斑浮腫の治療を行うにあたり、網膜のむくみの位置や状態を考慮すること、定期的に治療効果を確認しながら治療方針を検討することはとても重要です。ただし、治療選択のポイントはそれだけではありません。通院頻度や経済的負担など、患者さんのライフスタイルや希望も考慮する必要があります。
たとえば、第一選択となることの多い抗VEGF薬の治療では、一般的にまず月に1回の注射を3回(3か月)ほど行います。それによってむくみが改善すれば、その次は2か月後、3か月後と注射の間隔をだんだんと空けていくことになります。抗VEGF薬での治療は糖尿病黄斑浮腫の治療の中でも高額なため、患者さんにとって大きな負担になる場合もあります。経済的負担から抗VEGF薬の使用が難しい場合には、バイオシミラー*もよい選択肢となるでしょう。
また、薬物注射の方針は大きく2つに分類されます。1つはむくみが生じた場合に都度注射をする方法、もう1つはむくみが生じていなくても定期的に注射をすることでむくみが起こらないようにする方法です。ただし、施設によっては定期検査でむくみが生じていることが分かっても、すぐに外来で注射ができない場合もあります。その場合、再度注射のための来院が必要になるなど、治療が遅れてしまう可能性もあります。むくみを長期間放置してしまうことは、長い目でみれば視力の低下につながると考えられているため、私はむくみが生じないように定期的に注射をする方法がよいと考えています。また、そのほうが患者さんも治療(通院)のスケジュールが立てやすいというメリットもあります。
一方、レーザー治療や硝子体手術の場合は、薬物注射よりも治療の回数が少なく済むため、通院頻度や経済的負担を考慮すると、患者さんによってはこちらのほうが適していると判断することもあります。また、日帰りで治療が可能か入院する必要があるかという違いもあります。当院の場合、薬物注射とレーザー治療は日帰り、硝子体手術は4泊5日程度の入院となります。たとえば、日帰りの治療を希望する方や入院による治療が難しい場合などは、薬物注射もしくはレーザー治療が適しているといえるでしょう。
抗VEGF薬が登場したことにより、患者さんのライフスタイルや希望なども考慮しながら治療方針を決められるようになった点は、糖尿病黄斑浮腫治療の進歩といえます。
*バイオシミラー:先行して発売されたバイオ医薬品(生物の力を利用して作られるタンパク質を有効成分とする薬)とわずかな構造の変化があるものの有効性や安全性は同等であると認められている医薬品。
現在、糖尿病黄斑浮腫に使用できる抗VEGF薬は複数の種類があり、効果の強さ、投与間隔、効果が期待できる病態、注意すべき副作用はそれぞれ異なります。そのため、患者さんの黄斑浮腫の状態、これまで行ってきた治療、ライフスタイルや希望などによって薬剤を選択します。基本的には3回ほど注射をした段階で、効果やそのほかの問題点などがないかを確認し、継続や切り替えの検討を行います。ある抗VEGF薬であまり効果がみられなかった方でも薬剤を変更することで治療効果が得られる場合もあるため、きちんと治療の経過を確認しながら、その都度治療方針について柔軟に考えていくことが重要です。治療継続のためにも、経済的な負担や通院頻度などを含め希望や困っていることがあれば積極的に主治医に相談してみるとよいでしょう。
薬物注射によってむくみがみられない状態が半年程度続いた場合は、一度投与を中止することもあります。ただし、患者さんによっては糖尿病網膜症などですでに片目を失明している場合があり、治療中止に不安を感じる方もいます。そのような場合は患者さんの意志も尊重しながら治療について相談していきます。
多くの病気に共通することですが、糖尿病黄斑浮腫においても早期発見、早期治療は重要なため、普段の生活の中で、片目ずつ物を見たときに見え方に変化がないかチェックすることが大切です。また、この病気の根底には“糖尿病”という全身疾患があるため、その治療をきちんと受けることは大前提です。抗VEGF薬による目の治療が始まると、患者さんのモチベーションも向上するためか、血糖コントロールもよくなる可能性があるという、非常に興味深い研究もあります。糖尿病黄斑浮腫では血糖コントロールが直接的に視力の改善につながるわけではありません。しかし、根底となる病気をしっかりと治療することはそのほかの合併症の予防にもつながるため、経過の長い病気においてはとても重要です。
この病気では、定期的な検査と治療の継続がとても重要です。そのため、治療一つひとつの選択理由なども含め、きちんと患者さんが納得したうえで治療に向き合えるようにすることを心がけています。たとえば、薬物治療が効きにくいとされる網膜前膜(黄斑上膜)がみられるため、第一選択として入院して行う硝子体手術を提案しても、まずは外来でできる薬物注射から試したいと強く希望される方もいます。そのようなときは、まずは患者さんの意志を尊重して薬物注射を実施し、その治療効果を患者さん自身に体感していただき、その後の治療方針についてあらためて話し合う場を設けています。このように段階を踏むことで、患者さん自身が納得して治療に取り組めるよう努めています。
また、“視力”は数値化された非常に分かりやすい指標ではありますが、私は患者さんの“体感”も大切にしたいと考えています。糖尿病黄斑浮腫では経過が長くなると、治療を行っても視力の数値そのものは大きく改善しないケースもあります。しかし、網膜のむくみが改善したことで物が歪んで見えていた状態が正常に近づき、非常に喜んでいただけた経験もあります。数値上の改善だけではなく、治療を通じて少しでも患者さんの“見え方の質”をよくすることを大事にしています。
糖尿病と診断された場合、すぐには“視力”と結びつかない方も多いと思います。特に、血糖コントロールが良好で物の見え方に何も問題がない場合、眼科を受診しない方もいるかもしれません。ある研究では、糖尿病で処方を受けている方のうち眼科を受診している方は半分にも満たないという結果も出ています。一方、きちんと眼科を受診していれば、約97%の方は糖尿病網膜症のスクリーニング検査となる適切な眼底検査を受けていることも分かっています。
私は、糖尿病と診断された場合は、まず1回は眼科を受診していただくことが望ましいと考えています。糖尿病網膜症・糖尿病黄斑浮腫は自覚症状がなく始まりますので、その後眼科を受診する頻度は、医師のすすめに従ってください。糖尿病黄斑浮腫の治療法は以前と比較するとさまざまな選択肢が出てきており、視力の回復や維持も可能な病気です。糖尿病黄斑浮腫を早期に発見するためにも、まずは定期的に眼科の診察を受け、もしも発症した場合には、都度主治医と相談しながら治療方針を決め、納得してしっかりと治療を受けるようにしてください。
名古屋市立大学医学部附属東部医療センター 眼科 診療科部長、名古屋市立大学医学部附属東部医療センター 眼科・レーザー治療センター長、名古屋市立大学医学部附属東部医療センター 眼科 教授
日本眼科学会 眼科専門医・眼科指導医日本糖尿病眼学会 理事日本眼循環学会 理事日本網膜硝子体学会 会員日本緑内障学会 会員日本微小循環学会 会員日本眼炎症学会 会員The Association for Research in Vision and Ophthalmology(ARVO) 会員The American Society of Retina Specialists(ASRS) 会員American Academy of Ophthalmology(AAO) 会員International Ocular Circulation Society(IOCS) 会員日本網膜硝子体学会・眼科PDT研究会 PDT認定医
野崎 実穂 先生の所属医療機関
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