インタビュー

医療現場を考える(1)経営学における組織の定義

医療現場を考える(1)経営学における組織の定義
熊川 寿郎 先生

国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部 主任研究員(再任用)

熊川 寿郎 先生

この記事の最終更新は2015年12月20日です。

病院という現場を考えるとき、医療現場を経営学的な視点で見ることも、医療を理解する上で大切になります。「組織」という言葉を聞いたとき、私たちは一般的に企業団体を想定しますが、医療においても現場は組織で成り立っています。今回は、病院や診療所を代表とした医療現場における「組織」とはどのような概念かについて、国立保健医療科学院医療・福祉サービス研究部主任研究官の熊川寿郎先生にお伺いしました。

1938年にチェスター・アーヴィング・バーナードが刊行した『経営者の役割』の中で組織の定義が提案されました。その背景には本格的な大量生産時代の始まりがあります。1908年にT型フォード自動車という大衆車の大量生産が始まったのが象徴的ですが、1900年代は会社や工場の規模が急速にスケールアップしてきた時代です。ひとつの会社に数千人・数万人が所属し、管理者がそれをひとつにまとめていく体制を築く必要がありました。

こうなるとかつてのように、小規模な組織において親方が組織のメンバー全員に目配りして、ありとあらゆる指図をすることが不可能になってしまいます。つまり、一人の優れたリーダーだけではカバーできないほど、大規模に拡張してしまった組織が出現しだしたのです。このような新しい時代のなかで会社が利益を出すために、いったいどのような考え方をすればよいのか、会社の経営者は自問自答することになります。

  1. 明確な特定の目的がある
  2. 複数の人々で構成されている
  3. 相乗効果を生み出すような仕組みを持つ

以上3点が揃ったときに、組織の概念が成立します。

この概念は医療の現場ではまだ十分に使われていませんが、前述のとおり医療の現場も組織のひとつです。ですから医療現場を運営するにあたっても、組織という概念を理解しておく必要があります。したがって、医療の現場に携わる人達を「職能的専門家」としてのみならず、「組織人」として認識する視点も必要になります。

病院は医師や看護師など多くの職能的専門家によって構成されます。科学技術が進歩し、今日では各専門家が深く複雑なタスクをこなしています。このような特殊な組織をどうやって管理していくのか、これはある意味非常に難しいことであるといえるでしょう。なぜなら、病院は基本的に高度に専門化された職人の集まりですが、そのような「専門職人の集合体としての病院」という複雑な組織を、特定の目的を達成するためどのように管理すればよいのかという体系的な管理者教育が、日本においては不十分だからです。

戦後長く日本は恵まれた環境下にあったといえます。驚異的な高度経済成長により、日本は短期間で経済的に豊かな国となりました。全国民が格差の少ない比較的平等な生活を送ることができ、社会において少々の問題があってもそれを先送りすることができました。

しかし、社会環境の変化によってその「良い状態」がいよいよ維持できなくなってきました。バブル経済崩壊後、長い間経済成長に歯止めがかかりることになります。急速な少子化に伴いすでに総人口も減少しつつあり、その一方で高齢者の占める割合が増え続けています。つまり、国の財政が逼迫する中で、社会保障のコストは増加の一途をたどる状況になっているということです。

重要な社会資源としての病院という組織が、限られた経営資源のなかで、どのようにして医療の質を保つのか。また、医療サービスを受ける人々の満足をどのようにして獲得するのか。このような課題について自ら考えなくてはならない時代を私たちは迎えているのです。

前項では組織の定義について説明しました。それでは、組織の顧客とは何を指すのでしょうか。ピーター・F・ドラッカーによると、顧客とは組織が成果を上げることによって満足を与えることのできる相手のことであり、2つに分類することができます。

  • プライマリー・カスタマー(主たる顧客)

組織の活動により生活が改善される人々。病院においては患者さんや家族などになる。

 

  • サポーティング・カスタマー(支援者たる顧客)

組織の活動によって満足を得る人々。つまり組織に雇用されている人はこの範疇に入る。

病院を社会的な組織としてとらえるとき、「自分たちの組織(病院)はそもそも何を目指しているのか」「自分たちの組織(病院)の顧客は誰か」、このふたつの本質的な問いかけに答えることができないと、組織運営を滞りなく進めることは難しいでしょう。

  • 国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部 主任研究員(再任用)

    日本血液学会 血液専門医日本老年医学会 老年科専門医日本内科学会 認定内科医日本医師会 認定産業医

    熊川 寿郎 先生

    昭和大学医学部を卒業後、東京都老人医療センター血液科・免疫輸血科にて臨床に携わったのち、2003年に筑波大学大学院にてMBAを取得。その後、2004年に国立保健科学院経営科学部に就任し、2011年より同院医療・福祉サービス研究部部長、2015年より主任研究官。血液専門医として豊富な経験と知識を持つ傍ら、病院が組織として高齢化する未来に貢献していくためにはどうすればいいのかを研究し、医学と経営学の双方の観点から医療を見つめる、数少ない研究者のひとり。

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