インタビュー

高齢化対策と地域包括ケアシステム

高齢化対策と地域包括ケアシステム
熊川 寿郎 先生

国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部 主任研究員(再任用)

熊川 寿郎 先生

この記事の最終更新は2015年12月24日です。

日本の高齢化は如実に進んでいますが、日本の高齢化について日本政府は、実は早くから高齢化を見据え様々な対策を講じてきました。そして近年、それらの対策を通して、地域包括医療という考え方が生じてきています。はたして地域包括ケアシステムとは何なのでしょうか。また、地域包括ケアシステムは現在、どのような段階に来ているのでしょうか。国立保健医療科学院医療・福祉サービス研究部主任研究官の熊川寿郎先生にお伺いしました。

かつて日本人の主要な死因は、第2次世界大戦前であれば肺炎結核などの感染症が中心でした。そして戦後、医療現場に抗生剤が導入され、国民の栄養状態が良くなったことにより、感染症による死亡者は激減しました。さらに1961年、国民皆保険を達成し、国民の医療へのアクセスが保証されました。また、全国的な減塩対策によって脳血管障害による死亡率も減少し、そのような背景において平均寿命が劇的に改善され、1970年代以降、日本人の平均寿命は世界のトップグループに位置しています。

高齢化対策については、実は日本はかなり早い段階から対策を講じています。老年人口比率が7%に達する以前に、つまり高齢化社会に突入する前の1963年には、老人福祉法が制定されています。その後、老人医療費の無料化及びその見直し、老人保健法の施行、ゴールドプラン、新ゴールドプランを実施し、2000年には介護保険法を施行しました。わが国の皆保険制度導入後の歴史は,まさに高齢化対策の歴史ということができます。

日本は介護保険制度導入後も、超高齢社会のニーズにより適応するために、ケアの統合とプライマリーケア・地域医療の強化を図っています。2014年には「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」が成立しました。この法律は主に以下の3つを通じて、持続可能な社会保障制度の確立を図ることを目的としています。

  1. 医療と介護の連携強化
  2. 地域包括ケアシステムの構築と費用負担の公平化
  3. 地域における効率的で質の高い医療提供体制の構築

地域包括ケアシステムは具体的には5つの構成要素(「予防」「医療」「介護」「住まい」「生活支援・福祉サービス」)により構築されています。その5つの構成要素をうまく組み合わせることにより、つまり「予防」「医療」「介護」の専門的なサービスと、その前提としての「住まい」「生活支援・福祉サービス」を相互に関係して連携させることにより、高齢者の生活を在宅で支えることを目的としています。

医療施設が地域包括ケアシステムに貢献するためには、まずは自分たちの顧客は誰であり、顧客が何を求めているかを正確に把握することが重要です。設立当初は田園地帯が広がる地域の急性期医療を担う唯一の病院であったとしても、田園が新興住宅地に変わり、気が付くと若い人が都会に出てしまい、住民数が減るなかで高齢者の占める割合が高くなれば、かつて掲げた急性期病院としてのミッション(存在理由)を変える必要があるでしょう。大きく変化した環境において、現在の病院に対する顧客のニーズは、急性期の高度な医療を求めるというよりは、慢性疾患の治療、寝たきりや認知症床ずれ、見守りなどに変化していることに気がつくべきです。

病院のリーダーは、『医療の現場を考える(2)組織に求められるものとは?』で述べたように、環境が変わると人の価値観が変わってくること、顧客の考え方が変わると病院に対するニーズが変わることを十分理解することが必要となります。変化する顧客のニーズに答え続けることが組織存続のポイントだからです。

組織のリーダーは、これまでの努力ではなく、未来の顧客が自分たちの組織に何を求めてくるのかを見定めて、1年後、3年後、5年後の未来のどの時点においても確実に顧客満足を獲得できるように組織を変えていかなければいけません。地域包括ケアシステムの枠組みは政策的なイノベーションといえるほど、地域社会に大きな変化を引き起こします。その大きな変化に組織を適合させるためには、地域における未来の顧客のニーズを正確に把握し、そこから新たなビジョンと戦略を策定し、それを組織のスタッフ一人ひとりに浸透させ、新たな活動を引き出さなくてはなりません。

  • 国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部 主任研究員(再任用)

    日本血液学会 血液専門医日本老年医学会 老年科専門医日本内科学会 認定内科医日本医師会 認定産業医

    熊川 寿郎 先生

    昭和大学医学部を卒業後、東京都老人医療センター血液科・免疫輸血科にて臨床に携わったのち、2003年に筑波大学大学院にてMBAを取得。その後、2004年に国立保健科学院経営科学部に就任し、2011年より同院医療・福祉サービス研究部部長、2015年より主任研究官。血液専門医として豊富な経験と知識を持つ傍ら、病院が組織として高齢化する未来に貢献していくためにはどうすればいいのかを研究し、医学と経営学の双方の観点から医療を見つめる、数少ない研究者のひとり。