メンケス病の症状は様々なものがあり、また合併症も多岐にわたるため、その治療は症状によって異なります。基本的な治療から神経障害の対応までに至るメンケス病の治療について、引き続き大阪市立大学大学院医学研究科 発達小児医学分野教授の新宅治夫先生にお話を伺いました。
現在、メンケス病の治療には、銅の補充療法としてヒスチジン銅(銅にアミノ酸を結合させた物質)の皮下注射が行われています。ヒスチジン銅を週に2~4回投与して、血清中の銅とセルロプラスミン(肝臓で作られるタンパクの一種で、銅の運搬と代謝に関係する)を正常値に維持するよう調整します。この治療によって、赤毛やちぢれ毛といった頭髪の特徴的症状は改善することができます。
また、生後3ヶ月頃から精神発達の遅れやけいれん・筋力の低下といった神経症状が出てきますが、そのような症状が出る前の新生児期から治療を開始することで、神経障害を一時的に予防したり、軽減したりすることができます。しかし現在の治療方法では、一旦神経症状が出てしまった場合、治療によって神経症状を改善することはできません。そのため、早期発見と早急な治療開始が非常に重要となっています。
基本的には各症状に対する対症療法を行っていくことになります。けいれんに対しては抗けいれん薬の投与、骨粗しょう症に対してはビタミンD製剤の投与を行います。また、感染を起こしやすいため、感染症に注意する必要もあります。特に膀胱憩室(詳細は記事2『メンケス病の症状と合併症。症状は多岐にわたる』)がみられる場合は、尿路感染を起こしやすくなっています。尿路感染を繰り返すことで膀胱憩室が巨大化し、膀胱憩室が巨大化することで尿路感染になるという悪循環をきたすこともあります。あらかじめ抗生物質を投与して予防し、早めに治療することが大切です。
前項で述べたように、神経症状が出てしまってからではけいれん等の症状に対する治療は難しく、筋力低下のために首も座らず、寝たきりで、言葉を話すことも難しくなります。
また、ヒスチジン銅の治療では改善しない症状もあります。例えば血管壁がもろくなってしまうために生じる出血・呼吸器感染による呼吸障害や、膀胱壁がもろくなってしまうために生じる膀胱憩室破裂などは命に関わりますが、これを治療によって改善することはできません。そのため通常予後は悪く、多くの患者さんは2~3歳で亡くなります。
現在のメンケス病治療はヒスチジン銅の皮下注射が中心になりますが、この治療の大きな課題は、神経症状が改善されないという点にあります。
脳の血管には、異物の侵入を厳しく制限する血液脳関門(Blood Blain Barrier(BBB))というしくみが存在します。そのため、治療薬(ヒスチジン銅)を注射しても成分(銅)が血液脳関門を通過できず、脳までは届かないという難点があります。このような課題を克服するために、マウスでの研究が続けられており、現在ジスルフィラムという銅のキレート剤が注目されています。
ジスルフィラムはすでにアルコール依存症患者の禁酒の手助けをする嫌酒剤として処方されている薬ですが、メンケス病治療への応用がはじまりました。現在は保険適用外の治療ですが、ジスルフィラムによってヒスチジン銅の投与頻度が少なくなったという報告もあります。また、患者さんの保護者の方にお話を伺うと、「食欲が増えた」「笑うようになり視線が合うようにもなった」といったご報告も受けました。
ただし、ジスルフィラムも夢の薬というわけではありません。進行後の症状の改善は難しく、早期治療であっても現時点ではわずかな改善がみられる程度です。
大阪市立大学 大学院医学研究科 障がい医学・再生医学寄附講座 特任教授
日本小児科学会 会員日本周産期・新生児医学会 会員日本人類遺伝学会 会員日本小児神経学会 会員日本アレルギー学会 会員
専門は先天代謝異常症・アレルギー疾患。未熟児・新生児の発育・発達を中心とする発達外来と、乳幼児のアトピー性皮膚炎や気管支喘息などのアレルギー外来、先天代謝異常症の診断・治療とフォローアップなど代謝外来を行っている。日本では現在メンケス病の診断・治療ができる専門医は少なく、全国のメンケス病患者が訪れている。また日本医療研究開発機構(AMED)の再生医療実用化研究事業で「低酸素性虚血性脳症に対する自己臍帯血幹細胞治療」に関する第2相臨床試験を実施し、脳性麻痺の予防と治療に関する再生医療の研究を実施している。
新宅 治夫 先生の所属医療機関
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