角膜感染症は、細菌、真菌、アカントアメーバ、ヘルペスウイルスによるものの4つに分類されます。この中で最も多い「細菌性角膜炎」を引き起こす細菌は、通常の生活環境に常に存在しており、皮膚や粘膜表面にも数百種類の「常在菌」が生息しています。普段害をなさない細菌は、一体何をきっかけとして細菌性角膜炎を引き起こし、どのような症状が現れるのでしょうか。また、治療はどのように進められていくのでしょうか。国際医療福祉大学病院眼科教授の水流忠彦先生にお伺いしました。
細菌性角膜炎の原因となる原因菌には、緑膿菌、セラチア、肺炎球菌、黄色ブドウ球菌、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などがあります。特に、緑膿菌やセラチアといったグラム陰性菌(グラム染色法という検査で陰性を示す菌)による細菌性角膜炎は重症化しやすい傾向があります。
上記に挙げた細菌は通常の生活環境に広く分布していますが、通常であれば病気を引き起こすことはありません。たとえば、玩具やお金、スマートフォンやPCなど、私たちの手に触れるあらゆるものに付着していますし、皮膚の上にもバランスを保ちながら生息している常在菌が200種類以上存在しているといわれています。このことからもわかるように、細菌性角膜炎はある特定のどこかへ行くことにより感染するものではなく、何らかの「誘因」があって発症するものなのです。
また、菌を保持するホスト(ここでは私たち人間のこと)の免疫力の低下により感染症が発症することもあります。前項で挙げた原因菌から、知名度の高い「MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)」を例にとってお話ししましょう。
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は黄色ブドウ球菌の一種で、人間の鼻腔や咽頭などに生息する常在菌の一種です。本来は病原性の低い細菌であり、免疫機能が正常に働いている健康な人であれば、菌を保持していても感染症をきたすことは一般的にはありません。しかし、MRSAは抗生物質のメチシリンをはじめとする多くの抗生物質に対する耐性を持つ「多剤耐性菌」であるため、普段から抗菌薬を使用している方や、ステロイド薬を使用しており免疫機能が下がっている方は角膜感染症をはじめ、様々なMRSA感染症に感染しやすくなります。
続いて、視力障害や結膜充血(白目の部分の充血)、眼脂(めやに)などが多くみられます。
角膜感染症か否かは来院されたその日のうちに視力検査と問診、細隙灯顕微鏡検査でほぼ診断できますが、原因菌を同定するまでには、大学病院では3日~4日、多くのクリニックでは1週間程度の時間がかかります
これは、検体検査による菌の分離(検体から原因菌を取り出すこと)や、どのような薬が有効であるかを調べる感受性検査を要するからです。
しかし、初診段階で既に重症といえる症状を呈している患者さんもいますし、原因菌が緑膿菌などのグラム陰性菌であれば、病状の進行が早く、角膜が融けて穿孔(孔が開くこと)することもありえます。ですから、原因菌が同定されるまでの間ただ待つということはせず、広域スペクトラム抗菌薬という多様な細菌に対して作用する抗菌薬(点眼薬)を用いて集中的に治療を開始します。
それぞれの薬の得意領域は異なるため、2種類の異なる広域スペクトラム抗菌薬を処方することもあります
また、場合によってはグラム陽性菌と陰性菌、それぞれに対して抗菌作用を持つ抗菌薬を組み合わせて処方することもあります。
細隙灯顕微鏡検査の段階で潰瘍などの病状から原因菌をある程度予想できるときには、その菌に対し最も有効な抗菌薬を用いて治療を始めます。
原因菌が同定されたあとは、その菌に有効性の高い薬を用いて、重症度に合わせながら治療を行います。病変が角膜だけに現れているのであれば、1時間ないし2時間ごとに点眼薬を点眼します。(頻回点眼)
炎症が角膜だけにとどまらず眼の内部にまで及んでいる場合は(眼内炎)、点眼薬だけでは不十分ですので内服薬や点滴で抗菌薬を全身投与します。
眼内炎を起こしている方や高齢の方、膠原病などの自己免疫性疾患や糖尿病などの全身疾患を持っている方には点滴治療の併用が必要になりますので、原則として入院していただいています。日常生活を送っていると忘れてしまうことがある点眼も、看護師の手で、確実に行うことができます。
細菌性角膜炎の場合、治療によって感染症を治癒させても、角膜に瘢痕性の混濁が残ることで視力障害が残ってしまう場合があります。
水流 忠彦 先生の所属医療機関
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