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医療・介護ロボットの進化―ロボット研究会フォーラムレポート

医療・介護ロボットの進化―ロボット研究会フォーラムレポート
山下 俊紀 先生

社会医療法人社団 三思会 介護老人保健施設 さつきの里あつぎ 施設長 、さがみ介護ロボット開...

山下 俊紀 先生

内閣府「平成28年版高齢社会白書」よると、2060年、日本人の2.5人にひとりが65歳以上の超高齢化社会になると予測されており、介護やリハビリテーションが必要な方が著しく増加すると考えられています。今後増大する介護やリハビリテーションの負担をどのように軽減するか。そのひとつの答えとして「医療・介護支援ロボットの導入」が注目されており、医療や介護の現場で活躍するロボットの開発が、次々と進められています。

今回は、2016年10月26日に神奈川県産業技術センターで開催された神奈川県ものづくり技術交流会「ロボット研究会フォーラム2016」の様子をご紹介します。本フォーラムでは介護老人保健施設さつきの里あつぎの施設長であり、医療介護ロボット開発にも携わる山下俊紀先生が登壇、医療・介護支援ロボット開発の現状と課題について講演されました。

フォーラムの写真

山下先生が開発を監修している「パワーアシストハンド」は、手が麻痺してしまった患者さんのリハビリテーション支援を目的としています。

脳卒中脳梗塞などを発症すると、一命をとりとめたとしても後遺症として体の上下肢に麻痺が残ってしまうケースがあります。このような状態は「片麻痺(へんまひ)」と呼ばれます。

この片麻痺のリハビリテーションで最も難治領域とされているのが、手のリハビリです。たとえば足関節は「立つ、歩く」といった動作を行えば、必然的に拘縮(関節が動かなくなること)予防が行えますが、手指は「曲げる、開く」といった動作を受動的かつ積極的に反復しなければ拘縮予防ができません。下肢と比較して複雑かつ緻密な動きをする手のリハビリは、それが重要であるにも関わらず、リハビリが困難なために回復が難しい分野として考えられていました。

その「手のリハビリ」に着目して開発されたのが、パワーアシストハンドです。手指の関節に装着された空気袋を膨張・収縮することで、手指の屈伸運動(ぐーぱー運動)を継続的に行うことができます。麻痺した手を無理に開くことがないので、使用者の筋肉を痛めることもありません。

パワーアシストハンドの写真

このパワーアシストハンドの開発は、「片麻痺患者さんの“手”のリハビリに用いるロボットを作ったので見てほしい」と、ある一般の開発者が山下先生を訪問されたことから始まりました。

差し出された「パワーアシストハンド第一号機」はまだまだ改良の余地がありました。しかし山下先生は、このロボットが片麻痺患者さんにおいて非常に重要である手のリハビリに注目して作られたことに深く共感し、ロボット開発の監修を決意しました。

ロボット開発を進めていくなかで山下先生は、とことん意見を出し合うことを強く意識したといいます。技術者だけで開発を進めていくと、医療現場が置き去りにされてしまいがちです。しかし、それでは本当に必要とされるものはできません。医療現場の意見を聞き、それを盛り込んで開発することが重要です。

実際に完成した「パワーアシストハンド」にはさまざまな工夫が施されています。

1.安全・安心

介護に用いられる医療ロボットは安全が第一です。空気袋内への空気の出し入れによる膨張・収縮動作システムと低圧ポンプを採用することで、力が加わりすぎて手を痛めてしまうことを防いでいます。

2.簡単な装着と操作

取り付け・取り外しをスムーズにするため、手のひら側を大きくカットしています。摩擦が少ないので装着感も良好です。また、動作は「ひらく」「とじる」に限定しており、扱いやすい仕様になっています。

3.やさしくフィット

グローブの装着感・フィット感を高めるため、子ども用から大人用まで各種サイズをそろえています。また、素材などにもこだわっています。手のひらの部分が開けており、ものの手触りを肌で感じながら、つかむといった動作が行えます。

4.症状に柔軟に対応

手指の動きがこわばっている方、関節が固まりかけている方など、状況にあわせた調節が可能です。樹脂製の空気袋が付いたグローブをはめるので、空気袋への給気と吸気を制御して膨張・収縮させることで、手指関節の屈伸運動をアシストします。手指にこわばりがある方、関節が固まりかけている方などのリハビリに適応できます。

医療の現場を知る山下先生の意見、そして機械製造のプロによる工夫が盛り込まれたパワーアシストハンドは、神奈川県「さがみロボット産業特区」商品化第1号として世へ送り出されました。現在では、この技術を生かしつつ「ぐーぱー運動」だけでなく「5本指の操作」、そして「足首の動き」にも着目したロボット開発が進められ、リハビリを行う患者さんのもとへ届けられています。

さまざまな医療・介護支援ロボットが開発されていますが、そのうちどれだけのロボットが商品化され、実際の医療や介護の現場で活躍しているのでしょうか。

実は開発・商品化されても、実際に現場で活用されていないケースが多くあります。それには多くの要因があると、山下先生は話します。それでは、医療・介護支援ロボットが世の中にスムーズに広まらない原因にはどのようなものが考えられるのでしょうか。

1.安全性の高さ

実際にロボットが活躍する医療現場では、開発チームが想定していなかったトラブルが起きることもあります。何かトラブルが起きそうと不安に思いながら利用するような状況では普及は難しいでしょう。介護の場では、自助具として危険なく利用できることが大切です。健常人が使いこなせても、障害を持つ人がうまく使えるとは限りません。

2.使いやすさ

ロボットの開発を進める過程で、開発チームは随所にこだわりを出してしまいます。しかし実際の医療や介護の現場で求められることは、使い方が簡単か、構造や装着がわかりやすいかという点です。現場の意見を取り入れつつ、使いやすさを追求していく必要があるでしょう。 

3.手の届く価格設定

たとえどんなにいい商品でも、値段が高すぎると普及しません。特に、医療や介護の現場で使われる場合には「保険の適応があるかどうか」も重要な観点となります。

4.費用対効果の高さ

そのロボット導入により、介護者の手間や患者さんの負担がどれだけ軽減できるのか、またそれは費用に見合っているのか、という視点が非常に重要です。「話を聞いてくれる高価な癒しロボットを用いるのと、おもちゃ屋さんで販売されるオウム返しの玩具」で効果にどれほどの差があるのか、と論議されることもあります。医療や介護用ロボットには、安価に販売されている商品を圧倒するベネフィットが期待されます。

上記のような要因により、ロボットの医療・介護現場での活躍がスムーズに進まない現状があります。「医療や介護の現場であたりまえに医療・介護用ロボットを使う」というビジョンの実現には、クリアすべき様々なハードルがあるといえるでしょう。

山下先生は「高度な技術によって生み出された医療や介護用のロボットは、学問の最先端としてはいいかもしれない。しかし最先端の技術だからといって、実際の医療・介護の現場で役に立つ(取り入れられる)ものになるとは限らない」と考えています。最先端の技術を追及することは非常に大切であり、今後も進めていくべきですが、同時に患者さんや介護者の声を取り入れることに力を入れたロボット開発についても検討を進めていく必要があります。今後、医療・介護従事者や患者さんの声が反映されていくことで、医療や介護のいたるところでロボットが必需品となる時代も近づいていくでしょう。

  • 社会医療法人社団 三思会 介護老人保健施設 さつきの里あつぎ 施設長 、さがみ介護ロボット開発支援センター 所長

    日本脳神経外科学会 脳神経外科専門医日本脳卒中学会 脳卒中専門医

    山下 俊紀 先生

    脳神経外科医として30年以上、救急医療に身を置いた後、回復期リハビリテーションに約11年携わる。2013年神奈川県において地域活性化総合特区「さがみロボット産業特区」が国から指定され、神奈川県総合リハビリテーションセンターが生活支援ロボットの実証実験の拠点になったことで医療介護用ロボットの開発に助言や支援を積極的に行ってきた。
    2016年には「介護老人保健施設さつきの里あつぎ」に「さがみ介護ロボット開発支援センター」を開設し、介護ロボットの開発支援と普及推進に努めている。厚木市の有志で結成されたロボット研究開発拠点都市推進プロジェクトチームアトムの相談役を務める。