がん診療ガイドラインの登場は、日本国内におけるがん診療のあり方を大きく変化させました。ガイドライン作成にご尽力されてきたJR札幌病院顧問 平田公一先生は、その有用性をより多くの方に広めたいと考えていらっしゃいます。
ここでは、がん診療ガイドラインが現在抱えている問題点と将来の展望についてご紹介します。
医師に向けたがん診療ガイドラインは多数作られていますが、患者目線のものが少ない原因には、「日本語で患者に向けたガイドライン作成は業績として評価されにくい」という、日本特有の背景も影響しています。
この点に関していえば、がん診療ガイドラインの内容を英語表記したものも作成することが改善策と考えています。特に一部のがん診療ガイドラインがトップジャーナルとして認められている事実を考えれば、ガイドライン作成時英語版も作成して業績として認めやすくすることで、ガイドライン作成は活気を帯びると考えています。
個人情報保護法が改正されたことにより、今後日本では病歴やカルテ情報といった個人の病気に関する情報は個人情報になることが決定しました。
ガイドラインでは、検査や治療方法を定めるにあたり過去の医療情報を参考にしますが、今後こうした情報は個人情報として扱われるため、従来どおり使用することが非常に難しくなります。
個人情報保護法の改正が、医療に大きな影響を与えることは間違いありません。こうした状況と問題を解消するヒントが、これからご紹介する「がん登録等の推進に関する法律」です。
がん登録等の推進に関する法律(以降、がん登録推進法)とは、日本国内におけるがんの実態を把握するため、全国がん登録(全国・都道府県規模)・院内登録(医療機関規模)の実施と、登録した情報の利用・提供・保護について定めた法律です。
この法律は2016年1月1日より施行されました。制度が開始してまだ日は浅いですがこれからご紹介するメリットにより、がん診療に関する情報を大きく変えると確信しています。
全国がん登録を行うことで、従来では難しかったがん患者の追跡調査が可能になりました。
これまでは、患者さんががん治療をした病院に通院しなくなると、病院側は患者さんのその後の状態を知ることができませんでした。
通院を辞めてしまった理由は、単にその医療機関で診療を受けることを辞めたからなのか、それとも患者さんが亡くなってしまったからなのか、医療機関は調べることができません。そのため5年生存率など予後に関するデータは、ある程度現実と乖離しているものと考えられていました。
しかし、一度登録された方の情報はその後全国で共有可能になったため、今後数字と現実の乖離は徐々に解消されていくと考えています。
がん診療ガイドラインで診療方法を定めるにあたり、論拠となる精度の高い情報が必要になることから、現実と乖離の少ない情報が手に入るようになったことが今後のガイドライン作成に与える影響は大きいでしょう。
がんは早期の段階で発見して治療を始めることができれば、根治させることも不可能ではありません。がん診療ガイドラインは、より多くの方をがんから救うために作られ、そして一定以上の効果を上げきました。
がん診療ガイドラインの作成に協力するようになって15年以上が経ちましたが、その間の情報に対する考え方や発信方法の進化には目覚ましいものがあります。情報発信の方法は社会にあわせて変化する必要があると考えていますが、これは今回ご紹介してきたがん診療ガイドラインも例外ではありません。
がん診療ガイドラインは、医師にとってがんの診療方針を定めた指針であると同時に、その病気のことを知るための手がかりでもあります。次にガイドラインに求められるのは、内容を社会的に共有することと考えています。
たとえば、がん診療ガイドラインができた当初の内容は医師に向けたものでしたが、考え方が成熟するにつれ、乳癌学会や大腸癌研究会のように患者の立場に立ったガイドラインが作成されるようになりました。
現在、がん診療ガイドラインはインターネット上で公開されています。がんを発症している患者さんが自身のステージを確認したり、適した治療について知る機会を得たことより、社会の変化の仕方によっては「今後どのような治療が行われるのか、あらかじめ確認できる権利」を患者さんが有する時代が来るのではと予想しています。
また、遺伝子やゲノムの研究が進展を見せたことにより、がんのなりやすさ・なりにくさに関連する遺伝子の特定も進みつつあります。こうした情報をうまく使用することができれば、「患者さん自身が自分のがんのなりやすさについて把握し、発症した際にはどのような治療を希望するか決定する」可能性も考えられるでしょう。
ここで紹介したことが必ず実現するかはまだ誰にもわかりません。そして実現するとしても、ずっと先の未来の話になるでしょう。しかしいずれにしても、がん診療をはじめ日本の医療がさらなる発展を遂げることを心より願っています。
JR札幌病院 顧問
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