インタビュー

がん診療ガイドラインの誕生が医療を変えた!パイオニアの平田公一先生がご尽力されてきたこと

がん診療ガイドラインの誕生が医療を変えた!パイオニアの平田公一先生がご尽力されてきたこと
平田 公一 先生

JR札幌病院 顧問

平田 公一 先生

この記事の最終更新は2017年01月12日です。

がん診療ガイドラインは、今でこそ各種がんの診断・治療に欠かせない指針として広く認識されていますが、その歴史は以外にも浅く、2001年に胃がん診療ガイドラインが制定されたことから始まります。

JR札幌病院の顧問を務めておられる平田公一先生は、日本国内におけるがん診療ガイドラインの発足と発展にご尽力されてきた第一人者です。ここでは、がん診療ガイドラインが誕生するに至った経緯や平田先生がご尽力されてきたこと、医療にもたらした変化についてご紹介致します。

本

医療におけるガイドラインとは、全国どこでも一定水準以上の医療を受けられるようにするため制定された、検査・診断・治療における指針のことです。

ガイドラインがあることで、医療機関を受診された方は医療機関で一定水準以上の検査や治療を受けることができます。

意外に思われるかもしれませんが、私がガイドラインに関わり始めたことや、現在のようながん診療ガイドラインが誕生した経緯には、急性膵炎が深く関係しています。

急性膵炎のガイドラインが登場する前の2000年の報告書では、重症例の急性膵炎による死亡率は21.4%を超えており、また診断や治療方法についても医療機関や担当する先生によって差が生じている状態でした。

こうした状況を受け、急性膵炎に関する診療方針を定めてほしいと高田忠敬先生より指名を受けたことがきっかけとなり、急性膵炎に関するガイドラインの作成がはじまりました。

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急性膵炎診療ガイドライン第一版をもとに作成

ガイドラインは公開後医療の指針となることから、日本腹部救急医学会、日本膵臓学会、日本医学放射線学会など関連する各学会の監修を受けて万全を期す必要がありました。そのため1999年に開始したガイドライン作成は、構想開始から世に送り出すまで4年の月日がかかりました。

ガイドライン制定時、ICUの重要性を説くと同時に、一刻を争う患者さんは即刻ICUで治療するルールをつくりました。

診断から治療までをフローチャートで可視化することで、医療者が次にとる対応を判断しやすくなりました。

ICUの重要性に言及したことと診療順序のフローチャート化に伴い、緊急搬送先の基準についても記載しました。

当時はまだ、重症化した急性膵炎の方でもICUに搬送すれば助かる可能性があるということはEBM(evidence based medicine:根拠に基づいた治療)と言い難かったのですが、当時の委員長と理事長と相談し、これは外すことができないという結論に至り、あえて掲載をしました。

急性膵炎はアルコールの大量摂取が原因になることが多いため、診断された患者さんのなかにはアルコール依存性の方も少なからずいらっしゃいました。

内科医は急性膵炎自体の治療をすることはできても、心のケアやアルコール依存症など根本的な問題までをカバーすることはできません。

そこで日本アルコール学会の指導者にもお声をかけさせていただき、、膵臓ガイドライン作成には他の診療科との連携が大切であることをお伝えしました。こうした努力が実を結び、「ガイドライン改定時には日本精神科学会からも委員を推薦していただくことがよい」と理解を得ることができたのです。

ガイドラインの公開と浸透により、重症化した急性膵炎で亡くなる方は2003年の段階で8.9%まで激減するに至りました。

 

握手

急性膵炎の診療フローが明確になったことや、重症急性膵炎による死亡率激減など、ガイドラインの作成が医療に影響を与えたことを受け、今度はがん領域でも同じような基準を作ることができないかと相談をいただくようになりました。

特に、当時癌研有明病院(現・がん研有明病院)副院長をされていた中島聰總先生より「日本の胃がん研究は世界でもトップクラス、ガイドラインを出すことは胃がん治療にとって意義あることだから、自分が責任を負うので一緒にやろう。」とおっしゃっていただけただけでなく、さらに当時日本癌治療学会理事長を務めていらした北島政樹先生からも「将来を視野に入れたがん医療のあり方も考え尽力しなさい。」と指示をいただけたことも大きな後押しとなりました。

胃がん診療ガイドラインは2001年に初版が公開されていましたが、当時の内容は胃がんのステージ分類などの概説にとどまっていました。

当時でも日本の胃がん研究は世界有数だったにも関わらず、現在と当時では医師をはじめとする医療関係者のガイドラインに対する意識の違いによるものが大きかったことが、こうした結果を招いていました。

がん治療に対するガイドラインでは、急性膵炎ガイドライン作成時に意識した「医師をはじめ医療者の行動指針にすること」に加え、「内容のわかりやすさ」も重視しました。

これはガイドラインが、ゆくゆくは医師と共に治療をする看護職など各種のメディカルスタッフにとって専門書を読む前の入門書として、そして治療を受ける患者さんにとって病気や治療方法を知るツールになると考えたためです。

 

平田先生

胃がん診療ガイドラインをはじめとする各種がん診療ガイドラインは、それまで行われてきたがん診療のあり方を大きく変えるものでした。そのため当初は、現場の医療関係者よりご指摘をいただくことも少なくありませんでした。

ガイドラインの制定により、医療者の間で従来のような積極的な臨床研究が難しくなると、先進医療の拡大や日本の医学研究が大幅な遅れをとるのではないかという危惧が生じました。

同時にガイドラインは過去の臨床結果に基づいて作成していることから、ガイドライン遵守は過去の臨床を繰り返すにすぎないのでないかという意見もありました。

また一部の関係者はガイドラインの登場により訴訟など法的リスクが発生する可能性を否定できないと考えました。

これはガイドラインに明記された治療が選択されず万が一トラブルが生じた場合、「ガイドラインに則した治療をしなかった」という事実が訴訟問題に発展する恐れがあると考えたためです。

こうした意見に対し、ガイドラインはあくまでも指針であり、すべての治療方法をガイドラインに統一することは必須でないということをお伝えしてきました。

しかしこうしたご意見も、ガイドラインが浸透して有用性が認められるにつれ次第に小さくなり、現在ではガイドラインを作成していない学会の方が少数となりました。

 

平田先生

がんが疑われる方に対する検査や治療方法を統一することにより、がんの治療成績が向上することは当初からある程度予測していました。

がん診療ガイドラインの効果は、レントゲン読影時の確認もれや合併症、がんの取り残し減少と、それに伴う予後向上や再発率低下など医療水準の全体的な底上げという結果で確実にあらわれ始めています。

がん治療における早期治療の予後に関するデータは充実しつつあるのですが、しかし残念なことに、これらを用いた論文はまだそれほど多く世に出ていません。今後はこうしたデータを論文化していくことも重要課題と考えています。

これは一部の領域に限られていますが、肺がんなど一部の固形がんにおける医療成績向上はトップジャーナルとして世界に広まりを見せています。

ガイドラインに掲載されている事柄はあくまでも推奨であるものの、多くの医師がそれにのっとって生じた結果が世界に発信されるということは、ひとえに多くの日本人が持ち合わせている勤勉性のたまものといえるでしょう。

※がん診療ガイドラインが現在抱える問題と将来の展望については、記事2『患者目線を大切に!平田公一先生が考えるがん診療ガイドラインの課題と将来像』で追ってご紹介します。

多くの医療者は目の前の患者さんに対し、ご自身の病気や治療方法についてどう説明すれば理解していただけるか考えています。

なかでも特筆すべきは、ガイドラインに関する考え方が成熟するにつれ、今度は患者さんの利便性を重視したガイドラインも作られるようになったことです。

たとえば、がん診療ガイドラインの構想を立ち上げた当初から参加し続けている日本乳癌学会や大腸癌研究会では、医師など医療従事者に向けたものと一般生活者に向けた内容のガイドラインの作成や、定期的な改定をすることで先端研究の内容を反映しています。

日進月歩の歩みをみせる医学研究の成果を、ガイドラインを通じて普段医療に馴染みのない方に向けて広く発信することは、日本国内の医療リテラシー向上にもつながると考えています。

日本癌治療学会 がん診療ガイドライン

ここまでがん診療ガイドライン作成の経緯と生じた変化についてお伝えしてきました。記事2『患者目線を大切に!平田公一先生が考えるがん診療ガイドラインの課題と将来像』では、がん診療ガイドラインが現在抱えている問題点や将来の展望についてご紹介します。

 

 

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