インタビュー

医療アクセス世界一を誇る日本の国情を生かした地域医療の充実

医療アクセス世界一を誇る日本の国情を生かした地域医療の充実
長谷川 仁志 先生

秋田大学 大学院医学系研究科 医学教育学講座 教授、秋田大学医学部附属病院 病院長補佐・総合...

長谷川 仁志 先生

この記事の最終更新は2017年02月01日です。

日本では国民の誰もが高いレベルの医療を受けられることから、「医療アクセス世界一」といわれています。しかし、国土の大部分を占める地方と大都市圏は大きく事情が異なり、国土の7割を占める地方都市は医師不足に対する危機感を抱いています。日本の医療界でこれまで培われてきた長所を生かしながら地域医療を充実させるためには、どのような取り組みが望ましいのでしょうか。秋田大学大学院医学系研究科医学教育学講座教授の長谷川仁志先生にお話をうかがいました。

病院の待合室

日本の国土全体のおよそ7割を占める地方には、医師不足に対する危機感があります。特に二次医療圏の状況は厳しく、中核病院ですべての診療科に医師が充足しているところはなかなかありません。

県庁所在地や大学医学部のあるところはまだよいのですが、たとえば人口10万人規模の二次医療圏の中核病院では、「医師臨床研修制度」が始まってから大学の医師派遣能力が低下し、医師を確保することが困難になってきています。

また、2004年に医師の臨床研修義務化に合わせて「医師臨床研修マッチング」が始まりました。これは臨床研修を実施する病院の研修プログラムと、臨床研修を受けようとする医学生の双方の希望に基づき、ある一定のアルゴリズム(算法)に従ってコンピューターでその組み合わせを決定するシステムです。しかし日本とは背景の異なるアメリカの実施状況を参考に、倍率を設定しない全国一律のマッチングが行われたため、地方での定員割れを引き起こし、その他のさまざまな要因と相まって地域医療の崩壊を加速させる誘因になったという指摘もあります。(卒後臨床研修の倍率については現在、大分、是正されてきています。)

その一方で、医師臨床研修制度の本来の目的である大学や各研修病院などでの研修教育はもちろん、その前段階での医学生に対する教育について大きな効果があったことも忘れてはなりません。これからの医療を充実させるためには、医師臨床研修制度がもたらしたよい面も生かしていくことが重要です。

また、来年度から始まる新専門医制度の動向が今後の地域医療を左右することから、かなり慎重な対応が求められています。

海外では総合医と専門医の比率がおよそ1:2であり、総合医1人に対して各科の専門医が2人という割合になっています。しかし日本は大多数の医師が専門医になり、はじめから総合医の部分を担う医師が少ないという状況があります。

総合医と専門医の比率が1:2の環境であれば、医学生が専門医だけでなく総合医にも触れる機会が多くなります。海外ではその総合医が主に医学教育の担い手となっていますが、日本では各科の専門医が中心になり、指導医として専門的な内容を教えています。したがって、この部分をより総合的な能力の育成にシフトしていく必要があります。

このようなこれまでの日本の国情を考えると、各科の指導医が自分の専門を頭に置きながら総合的な部分を教えていくことができれば、非常に高いレベルの教育ができるはずです。私はこれを「総合力のある専門医」と呼んでいますが、日本のよさを活かすには、将来の各診療科専門医が総合力を持つような教育を実現することが大事であると考えます。

そのためには、まず学生のうちから卒業するまでに総合的な診療能力を修得し、初期研修のときにさらに総合力をつけて、その後各診療科に進んでそれぞれの専門性を高めるという形がよいのではないかと考えます。

医師の役割の変化
日本における医師の役割の変化
(資料提供:長谷川仁志先生)

 日本でも近年、総合診療医が増えつつあますが、仮に年間1~2%程度の方が総合医になったとしても、海外の医療システムのように総合医:各科専門医=1:2の割合に近づけるには相当な時間が必要です。ですから、いずれはそういう時代に向かうとしても、まずは日本の国情に合ったやり方を目指すべきであると考えます。

患者さんと接する医師

日本では、医師になると最初のうちは専門の道を進み、ある程度の年齢になってからかかりつけ医など総合的な役割になるという流れがあります。このように、ある特定の専門領域を持ちながら総合的な診療をする形は日本独特ですが、それがうまく機能すれば非常に高いレベルの医療が実現できます。

多くの地方では実際のところ、各診療科の専門医が総合的な部分を担っている部分が少なくありません。大都市圏であれば自分の専門領域のことだけをやっていて成り立つ場合が比較的多いとしても、日本の国土の7割を占める地方都市ではそうはいきません。地方の医療の実態に目を向けなければ、日本全体の問題を解消することは難しいでしょう。

秋田大学では早くから先進的な教育に取り組んでいました。1970年に設置された医学部の1期生が5年生になる頃には、すでに県内の病院で実習させていただいておりました。当時、創設に関わった先生方がアメリカの教育改革の流れをいち早くとらえ、今後は大学病院だけではなく地域の病院と一緒にやっていかなくてはいけないと考えておられたのです。そういった伝統的な体制のおかげで、今は初年次から展開した形の実習や教育が実現していると考えております。

現在、1年次の実習は4日組まれており、県内のいろいろな病院で研修を行っています。一施設あたりの人数があまり多くならないよう、研修は1回当たり1~3人程度で行くようにしていますが、県内の各病院に対して、毎週火曜日に1年生を送りたい旨を伝えてお願いし、どの日であれば何人まで可能かといったことをお伺いしたうえで調整しています。

本学の一期生が地域の関連病院で臨床実習をスタートした1970年代後半、研修の受け入れ先は3つの病院でしたが、1990年ごろには全県20か所の病院に6年生を3週間送り出すまでに拡張しました。私たちも当時からの人とのつながりを大切にして、今もすべての病院に声をかけさせていただいています。また、病院側も研修を受け入れることで自分たちの病院のことを知ってほしいという考えがありますから、こうしたつながりをとても大事にしてくださっています。なによりも、医学生や研修医が県内の多くの魅了的な指導医の先生に巡り合う機会が多いことが重要と考えております。

こうした流れの一環として、私は卒業時の臨床実習後OSCEを県内の医療機関の先生方にも見に来ていただいています。在学中に各病院でさまざまな実習をお願いしてきたわけですから、最後にどのような形で卒業させているのかというところをお見せしないと、先生方も何をどう教えていいかわからないからです。

学生が研修で先生方の病院にお世話になるときには、もちろん各専門領域の内容の学習が中心になります。しかし、最後に総合的な診療の実践力を測るOSCEを見ていただくことで、患者さんが最初に来られたときにどう判断し、どう対応するか、つまり「どの診療科に進んでも必要な基本の部分」を教えてくださいというメッセージになると考えています。

実際に見に来てくださった先生方も、学生にどのようなことを求めているのかがよくわかりましたとおっしゃってくださります。こうしたつながりを積み重ねて教育をよくすること、いわば「顔が見える教育」が地域医療の充実には大切であると考えます。

秋田大学では、世界と連携して地域の教育や研修を改善していくための取り組みも積極的に進めています。そのひとつにハワイ大学との提携があり、シミュレーションセンターをインターネットで結び、ハワイ大学の先生たちがこちらのシミュレーション機器を操作できるようにして、英語環境での先端シミュレーショントレーニングを行います。さらに、インターネットを介したオンライン講義では、医学科だけではなく保健学科や看護部も参加して他職種連携の研修を行うなど、入学直後から卒後の研修まで意識改革とモチベーション向上をはかっています。

日本では人材の流動性が乏しいこともあり、特に首都圏以外の地方では閉塞感を抱えているところがあります。しかし実際は、各大学は世界と直結して展開しており、そういった取り組みを積極的にアピールしていくことが重要と考えております。

地方だからこそ経験を積めるというメリットもあります。たとえば各科の必要症例をより多く主治医として経験できるということもそのひとつです。

そういった意味でも、県内医療機関と大学が一体化した卒前卒後教育の一貫した流れの確立が、医療アクセス世界一の優れた医療システムを維持しながら、地域医療をよりよくしていくための必要条件と考えています。