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医師・看護師の過重労働を防ぐ!急患受け入れ7000件の近森病院における人材活用術

医師・看護師の過重労働を防ぐ!急患受け入れ7000件の近森病院における人材活用術
近森 正幸 先生

社会医療法人近森会 理事長

近森 正幸 先生

この記事の最終更新は2017年01月30日です。

「高齢化先進県」といわれる高知県では、医療者の業務量が加速的に増えており、医師や看護師の疲弊解消が課題となっています。一般的な会社と同じように、病院が人材を酷使していては、やがて患者さんを支えるマンパワーが不足する事態に陥ってしまいます。

そのため、病院のトップには、患者さんと医療者双方の視点に立ったうえで持続的に医療を提供していく戦略の立案が求められます。高知県の病院の中で最多の救急搬送受け入れ件数を誇る近森病院では、どのようにスタッフの業務過多を防いでいるのでしょうか。「救急現場のつらさ」を肌で知る、近森会理事長の近森正幸先生にお話いただきました。

日本の医療制度には、国民誰もが同じレベルの医療を受けられる「国民皆保険制度」と、国民が自由に受診先を選べる「フリーアクセス」という大きな特徴があります。

この二大システムが病院に求めるものは次のように異なります。


1:国民皆保険制度=多くの患者さんに医療を提供するため、ローコスト、効率化が求められる

2:フリーアクセス=提供する医療の質が高くないと患者さんは来てくれないので質が求められる


つまり、病院には効率性と質の双方が求められているのです。そのため、リスクの高い業務には質の高い業務処理を、リスクの低い業務には効率的な業務処理をするしかありません。実際にこれを実践しようとすると、必要な業務はすべてしないといけなくなり、当然業務量が増えてきます。増大する業務量に対応するために病院は何を改善すべきか、以下の計算式に当てはめて考えてみましょう。

業務量=スタッフ数×能力×時間

能力は人により優劣があるものの誤差範囲で、労働時間にも法の定めによる限りがあります。

つまり、【業務量=スタッフ数】であり、病院経営者はスタッフ数を増やしつつ、そのスタッフが持つ専門性を活かせる人材マネジメントを行うことでしか、質の高い医療を効率的に行うことはできないのです。

この実現のため、近森病院では(1)地域医療連携、(2)病棟連携、(3)チーム医療、この3つを柱とした戦略を立て実行しています。

近森病院のような急性期病院には、重症の患者さんをより多く受け入れ、専門性の高い医療提供を行うことが求められます。これを効率的に行うためには、落ち着いた患者さんを診て下さる地域のかかりつけ医と手を携える必要があります。

そこで近森病院では急性期を過ぎた病状の安定した患者さんをスムーズに地域にご紹介する、「逆紹介」を積極的に行っています。

 

握手をしている手

かつての日本では、急性期病院がピラミッドの頂点にあり、地域のかかりつけ医との連携形式は、上下関係のある「垂直連携」でした。

しかし、現在は沢山のかかりつけ医の活躍なしには社会のニーズに応えられない、地域包括ケアの時代です。急性期病院と地域の関係は、対等で密接な「水平連携」でなければなりません。

逆紹介の際には、必ず全ての検査データと今後の治療方針を記して地域の先生方にお渡しします。このような良好な関係を築いてきたことで、先生方は重症、緊急の患者さんを積極的に近森病院へと紹介してくださるようになりました。

もちろん、急性期を過ぎたあとも、定期的な専門医の経過観察が必要な患者さんはいます。このような場合は、ご近所の通いやすい医療機関に通っていただきつつ、年に2~3回紹介状をもって、近森病院の専門医の診療を受けてもらい、現在の病状や治療方針をかかりつけ医に再度逆紹介させていただいています。また、急変時には当院のERでかかりつけの患者さんとして必ず受け入れることも保証しています。

このように(1)家から近く待ち時間の少ない地域のかかりつけ医と、(2)専門性の高い急性期病院としての信頼性が高い近森病院の2施設間でフォローアップする体制は安心感と利便性が高いため、患者さんやご家族からもよい評価のお声をいただいています。

入院患者さんを地域の病院に逆紹介していく際には、「転院」の調整が必要になります。

当院では、各病棟にソーシャルワーカーが常駐しており、患者さんが近森病院を退院されるときには、ソーシャルワーカーと相談して転院先などを決めていきます。

退院調整看護師(ディスチャージナース)が介入すれば、もちろん質は上がりますが、すべての患者さんに介入すると数の少ない退院調整看護師の業務量が膨れ上がり疲弊を招きます。

これを防ぐため、当院では医学的に問題が生じているリスクの高い患者さんの退院調整はディスチャージナース、医学的にリスクの低い患者さんは病棟常駐のソーシャルワーカーと病棟師長が協力して患者さんの状態に応じた退院調整を行っています。

当院のERの救急現場では、医師、研修医、看護師、救命士、クラーク、ポーターが協力してチーム医療を行っています。

病院でのポーター業務とは、患者さんの搬送や医療機器の運搬などを指します。多くの病院ではポーター業務を看護師やひどい場合は研修医が担っていますが、当院ではポーター業務はポーターの方におまかせしています。

なぜなら、研修医は患者さんを最初にみて、必要な検査をオーダーして真の病態に絞り込み、治療をすることを繰り返し、医師としての専門性を上げることが本来の研修医のコア業務となるからです。

労働生産性を上げつつ、医療の質を向上させるためには、その職種のコアな業務を見極め、絞り込んでいくことが必要です。

 

病棟のチーム医療

現在看護師の過重労働は全国的な問題となっており、私自身も看護部長から相談を受けた経験があります。そこで看護師の業務を分析し、他の職種でもできる業務は権限を移譲し業務を代替して、多職種による病棟常駐型チーム医療を行っています。

看護師も、「看護」という専門性を活かせるコアな業務に集中できる環境を作ることが、私たち病院経営者の使命です。

医師と同じように、栄養士は栄養学的に、リハスタッフはリハ学的に、薬剤師は薬学的に、臨床工学技士は臨床工学的に患者さんを診て判断し、介入して経験を積み重ねることで専門性は上がってきます。それぞれの持つ専門性を高めることで、質が高く労働生産性の高い「自立・自動」するスタッフが生まれるのだと考えます。

多くの病院では、スタッフは週1回程度のカンファレンスで医師から指示を受け、機械的に業務を行っているだけです。カンファレンスですり合わせして情報共有しますので時間もかかりますし、これでは自立・自動する医療専門職は育ちません。

もちろん、医療行為は医師の指示なしにはできませんが、スタッフはそれぞれに高い専門性を持っていますので、実際に自分の目で患者さんを診て、判断し、医師に情報として評価やプランを上げ、それに基づいて医師が指示を出し業務を行う、これが近森病院で実現されているチーム医療です。

医療専門職それぞれが患者さんを診ていますので、一言、二言の情報交換や電子カルテにのせるだけで情報共有できますので時間もかからず、リアルタイムに介入することができます。

 

近森病院の高規格病棟の外観
高齢で重症の患者さんをみる76床の高規格病棟 画像提供:近森正幸先生

 

前の項目では、地域のかかりつけ医との「水平連携」の重要性をお話ししました。

一方、病棟連携については、同一法人内の病棟の濃厚な「垂直統合」が今後ますます有効性を増すものと考えます。

近森病院では、入院される重症で手間のかかる患者さんを人手の多い高規格病棟で診て、病状が落ち着けば看護師長が連携して、一般病棟へスムーズに患者さんを移しています。これからは入院患者数と患者さんの重症度に応じて、高規格病棟の病床数とその組み合わせを自由にマネジメントする時代になると思います。急性期の近森病院と回復期の近森リハビリテーション病院や近森オルソリハビリテーション病院との連携も院長が急性期病棟を回診するなど濃厚で密接な連携「垂直統合」を行い、スムーズな転院を行っています。

 

近森病院の本館と外来センターの外観
キャプション:近森病院の本館と外来センター 画像提供:近森正幸先生

昨年4月の診療報酬改定により、従来の看護師数をそろえるだけでいい「ストラクチャー評価」から、いかに必要な業務を行うかが求められる「アウトカム評価」へと変わったことで、病院は多くの患者さんを早く治療し早く退院させることが求められるようになりました。だからこそ、今後は医療の現場を知って、肌で業務量やつらさ、スタッフ個々の能力を理解している者がマネジメントして病院のリーダーとして業務改革を行っていくべきであると考え、2017年1月1日から救急現場で頑張っている若手に近森病院の院長、副院長を交代しました。

患者さんの在り方や意識も大きく変わってきました。高知県は高齢県であり、80歳を超える患者さんも非常に多くいらっしゃいます。団塊の世代が高齢化すると、なされるがままに延命措置を受けるのではなく、自分で生き方を選択していきたいとおっしゃる方も増えてきています。

医師には、患者さんの病気を治す腕だけでなく、患者さんの人生哲学や死生観に耳を傾け、満足いくご最期を迎えていただくための人間力も求められているのではないでしょうか。

 

ベッド上の高齢患者さんとお話する医師

過去の医師は先輩の診療を目でみて覚え、自分の頭で考えていたため、技術とともに知恵や思考力を身につけることができました。しかし、ガイドラインや整った研修体制の現代の若い医師は、「教えてもらう」という受け身の姿勢が強くなっているように感じます。

時代とともに患者さんの意識や死生観が変わり、医療に求められるものが刻々と変化している今、医師一人ひとりの働き方や意識の持ち方も、より自立・自動的なものへと変わっていく必要があるといえます。

 

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