インタビュー

薬についているバーコードは何のため?医療におけるトレーサビリティとは

薬についているバーコードは何のため?医療におけるトレーサビリティとは
落合 慈之 先生

NTT東日本関東病院 名誉院長、東京医療保健大学 学事顧問

落合 慈之 先生

この記事の最終更新は2017年02月06日です。

トレーサビリティとは、物品の製造から消費までの流通経路を追跡・把握できるようにすることをいいます。医療機関でも私たちが普段意識していないところで、バーコードやRFIDなどの自動認識技術によって医療に関するさまざまな情報がやり取りされています。医療におけるトレーサビリティについて、東京医療保健大学学事顧問の落合慈之先生にお話をうかがいました。

私はもともと脳神経外科医なのですが、NTT東日本関東病院の院長を辞めた後、医療安全や医療の効率化を実現するために、医療トレーサビリティの推進に関わる活動を行ってきました。しかし、かつての医師仲間など医療関係者と話をしていても、医療トレーサビリティについての理解はまだまだ進んでいないと感じます。

たとえば、病院の中のさまざまな場面でバーコードが使われていることはなんとなく知っていても、それが実際にどのような目的で使われているかということはあまり知られていません。

バーコードは識別子(しきべつし)といって、ある実体を他から区別して指し示すのに用いられる情報としての意味を持っています。しかし、そもそも識別子という言葉そのものが一般には知られていません。ましてや「トレース・バック」「トラッキング・フォワード」、あるいは「自動認識技術」や「UDI(Unique Device Identification:個体識別)」というような言葉もよく知られていないというのが実情です。

医療におけるトレーサビリティとは、わかりやすくいえば「いつ・どこで・誰が・誰に・何を・どのように」という形式で、医療行為を確保・実行・記録できることであると捉えられます。そこには医薬品や医療材料など、「物」の情報が含まれるということが重要です。

バーコード付きの試験管

医療現場でバーコードがどのように使われているかということを私自身が意識するようになったのは、関東逓信病院がNTT東日本関東病院になり、新病院ができた頃のことです。

患者さんが来院し、血液検査のための採血をする一連の過程を見ていくと、まず患者さんが診察券を機械に通し、受付番号が発番されます。その受付番号を持って患者さんが窓口に行くと、患者さんから受け取った診察券を読み取り、採血用の試験管が用意されます。

その試験管に貼付されていたバーコードを見て、それは何なのかと私が尋ねると、患者さんの名前が入っているのだというのです。ということは、その後の工程でベルトコンベアに乗って試験管が流れていく中でも、逐一その情報が自動的に読み取られて、最終的にあるひとりの患者さんのデータのまとまりが出てきます。つまり、バーコードが持っている情報によって個人が識別されているのです。

その次に薬局を見に行ったところ、散薬(さんやく・粉薬)を調合するときに処方箋に記されたバーコードを読み取らせると、どの薬とどの薬をそれぞれ何g混ぜるかというような、調剤に必要な情報がわかるようになっていました。そして薬剤師がその通りに棚から薬をとって所定の場所にかざすと、今度はRFID(radio frequency identifier)と呼ばれる、SuicaやPASMOなどの非接触ICカードと同じ仕組みを使って、指定された通りに正しい薬剤が調剤されたことが判るようになっていました。

このようにして調合された薬は分包機で1回分ずつ自動的に袋に詰められ、薬剤師がそれをさらに目視でチェックしたのちに患者さんに手渡されます。私はそのような仕組みをみて、完全な合理化が行なわれているとともに、安全のためにさまざまな手を打っているのだということを知りました。そして、こういったことに使われているのがバーコードやRFIDであり、その自動認識技術だということがわかってきたのです。

その仕組みは病院の図書館でも使われていました。本そのものに出版社がつけたものではなく、蔵書を管理するために図書館で裏表紙にバーコードをつけ、貸出・返却業務が合理化されているのです。ですから、図書館の開館時間以外でも返却口に本を投入すると、バーコードリーダーがその本のバーコードを自動的に読み取り、貸し出した本が返却されたことが確認できるようになっています。人手をかけずに安全・確実に管理できる、こんな便利な方法が世の中にあるのだということに私は驚きました。

看護師が病棟で患者さんに薬を投与するときに、どの薬をどの患者さんにどの看護師が投与したかということをすべて記録すれば、より安全で間違いなく行えるようになると考え、NTT東日本関東病院でも新しいシステムが導入されました。

職員のネームプレートにはバーコードがつけられ、患者さんの手首にもバーコード付きのリストバンドをつけていただきます。そして薬を投与するときには看護師が2人1組でチェックして薬を用意し、それがどの患者さんの薬なのかということを記したバーコードを貼って患者さんのところへ持って行きます。

バーコード使用のイメージ
未来投資会議構造改革徹底推進会合「医療・介護-生活者の暮らしを豊かに」会合(第3回)
平成28年10月31日配布資料(落合慈之先生提出)より引用

 

看護師が、薬・患者さん・自分のそれぞれのバーコードを読み取ることによって、確実に間違いなく投与が行われたことが確認できます。医療従事者・患者さん・薬の3つを照らし合わせることからこの手順を「三点照合」といいますが、現在はこの三点照合を実施している病院が非常に多くなりました。

導入当初はバーコードリーダーでバーコードを読み取る際に、患者さんにつけてもらったリストバンドがうまく読み取れないこともありました。また、不慣れな作業に対する現場からの反発もありましたが、さまざまな工夫や読み取り精度の改善が進むと、この三点照合によって過度な緊張を強いられることなく仕事ができることがわかり、現場でも受け入れられて広まっていったのです。私はこの頃から自動認識技術を使って医療をもっと安全に行えないかということを考えるようになりました。

バーコードのスキャン

流通業界では以前からバーコードを始めとする流通コードの標準化とその導入が進んでいます。コンビニエンス・ストアやスーパーマーケットなどでアルバイトの店員などが多岐にわたる業務をこなすことができるのは、まさにバーコードがあるからだといえるでしょう。

たとえばコンビニエンス・ストアではバーコードをスキャンするだけでなく、商品が売れた時間やどんなお客さんが購入したかなどの情報を合わせて記録することで、商品の売れ筋をデータで見ることができます。こうしたデータを有効活用することによって、仕入れの無駄を最小限に抑えています。また、大手ドラッグストアのチェーンでは、外国人客が提示するパスポートのデータに基づき、店舗によって異なる客層に合わせて品揃えを変えるという工夫をしています。

このような流通コードの世界標準は、GS1(ジーエスワン)という国際機関で取り決められていて、日本では一般財団法人流通システム開発センターがGS1 Japanという位置付けで活動しています。2009年に流通システム開発センターを事務局として「GS1ヘルスケアジャパン協議会」が発足しました。この協議会は日本の医療業界における医療安全や物流・医療事務の効率化、トレーサビリティの確保を目的としており、私も会長として運営に尽力しています。

病院長という立場を経て病院経営を振り返ってみると、備品などの管理には非効率的な部分がたくさんあります。データの蓄積というものがほとんどなく、病棟のどこでどのような備品がどれだけ必要かといったことに関しては、看護師長の暗黙知に頼っているような現場も少なくありません。

先に述べたコンビニエンス・ストアの合理性と比較すれば、病院は総じて過剰配置であるといえるでしょう。必要なときに欠品では済まないため、安心のために過剰在庫を置くことになるからです。しかしその結果、古いものがいつまでも残っていたりすることがあります。

そういったことに着目し、SPDサービスと呼ばれる病院内の物流や事務処理の効率化をサポートする業者も現れています。SPDとは、Supply(供給)、Processing(加工)、Distribution(分配)の略で、これらを効率良く行なうことで病院運営の無駄をなくすような幅広い業務を請け負っています。

しかし、ひとつの病院内だけではなく、もっとスケールを広げて日本の医療全体を考えると、複数の病院に通院している患者さんに対して薬の処方が重複しているというような問題もあります。私たちはトレーサビリティを確立することによって、こうした非効率を是正したいと考えています。

車いす

では、トレーサビリティによってどのような効率化が考えられるでしょうか。たとえば病院には患者さんが使うための車いすが用意されていますが、使った後に所定の場所に戻されず駐車場に放置されていたりすると、本当は十分な台数があるにもかかわらず、使いたい人が使えなくなってしまうようなことが考えられます。このような問題は、電波や電磁波でID情報を読み取るRFIDのタグを車いすに付け、施設内にアンテナを設置して所在を確認できるようにすれば解決できます。

また、点滴用のシリンジポンプと呼ばれる機材は、すぐに使えるよう常に病棟に置いておきたいと考えるため、1か所に何台も重複して確保されているということがありがちです。多くの病院ではそういったことを防ぐために中央管理を行うようになってきましたが、自動認識技術でそれをさらに進めれば、どのナースがいつどこに持って行ったかということもトレースできるようになるはずです。そうすれば病院全体で本当に必要なシリンジポンプの数がわかります。

また、持って行ったシリンジポンプが実際に使われたかどうかということについても、機材の作動中の情報は何らかの方法で取得できるはずです。そうすれば、実稼働のデータをもとに、どのシリンジポンプをメンテナンスに出せばよいのかということもわかるようになります。

このようなことを把握するためには、バーコードやRFIDなどの自動認識技術が非常に役立ちます。医療材料や医療機器、医薬品の動きを知り、血液や検体の流れをフォローできるということが、医療におけるトレーサビリティの意義です。

大きな病院になれば検体の数も非常に多くなります。それらが検査上のさまざまなプロセスで取り違えなく正しく扱われなければなりません。そのためにバーコードできちんと管理するということが行なわれるようになってきましたが、本来は病院のあらゆるところでそうしていくべきではないかと考えます。

入院から退院までの間、いつ・誰が・どんなことを説明したかという情報も電子カルテに記入し、その説明の結果、どの技師がどの造影剤を使って検査をしたかということまで記録に残し、最終的に退院までのプロセスがすべてできあがります。

そうすれば、その患者さんにかかった本当の金額、コストがわかります。それを全部合計すれば、国全体でどれだけの医療費が必要となるのかということがより正確にわかるはずです。つまり、本当のトレーサビリティの世界が確立されることによって初めて、医療費や社会保障費の無駄を省くことができるようになるのです。

 

  • NTT東日本関東病院 名誉院長、東京医療保健大学 学事顧問

    日本脳神経外科学会 脳神経外科専門医日本脳卒中学会 脳卒中専門医

    落合 慈之 先生

    東京大学医学部を卒業後、脳神経外科医として同附属病院、JR東京総合病院、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)などに勤務。NTT東日本関東病院院長として病院経営に携わる中で医療におけるトレーサビリティの重要性に着目、バーコードやRFIDによる医薬品・医療材料・医療機器等の安全かつ効率的な流通とトレーサビリティの確立に尽力している。2011年よりGS1ヘルスケアジャパン協議会会長。

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