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ビッグデータ時代の医療トレーサビリティ‐データを活用する意味とメリットとは

ビッグデータ時代の医療トレーサビリティ‐データを活用する意味とメリットとは
落合 慈之 先生

NTT東日本関東病院 名誉院長、東京医療保健大学 学事顧問

落合 慈之 先生

この記事の最終更新は2017年02月07日です。

これからは「ビッグデータの時代」といわれ、医療の世界においてもさまざまな医療情報を扱うデータベースの活用がさかんに研究されています。日本ユーザビリティ医療情報化推進協議会(JUMP)では、自動認識技術を用いた医療トレーサビリティを推進し、ビッグデータと統合する医療情報管理プラットフォームの構築を目指しています。JUMPの理事として医療トレーサビリティの確立に尽力されている東京医療保健大学学事顧問の落合慈之先生にお話をうかがいました。

日本における主な医療情報のデータベースとその特徴は次の通りです。

  • 厚生労働省が2009年より収集しているレセプトと特定健診のデータ(100億件以上)を扱う。
  • 本来は国が医療費分析の目的で収集しているが、現在は研究目的での使用が可能。
  • 保険病名を使用し、紙によるレセプトの省略構造を踏襲したデータ構造のため、分析が容易ではない。

(※レセプト:医療機関が市町村や健康保険組合等に請求する医療報酬の明細書のこと)

  • 一般病床の約59%に当たる53万床をカバー(年間800万件以上)している。
  • 病名と診療内容によってグループ化されている。
  • 診療報酬の定額評価、医療の質と効率性の比較・評価を目的とする。
  • 日本外科学会を基盤とする外科系の学会の主導で2011年に発足。
  • 領域の専門家が臨床を行う上で必ず把握されるべき情報から構成される。
  • レセプト・電子カルテ・オーダリングシステム・検査データによる薬剤副作用の分析・評価を目指す(2018年度稼働予定)。
  • 日本でがんと診断されたすべての人のデータを国で1つにまとめて集計・分析・管理する(2016年1月より)。
  • 従来の地域がん登録のように患者さんの居住地によるものではなく、より正確な情報を登録することを目的とする。

 

これらのデータを利用することによって、地域医療計画や地域包括ケアの資料作りなどに活用することができるようになってきています。しかし、私たちが考える医療のトレーサビリティという観点からみると、現状ではいくつかの問題があります。

NDBで収集しているレセプトのデータでは、保険病名と呼ばれる保険請求用の病名がついています。これは特定の病気に対してのみ保険適用となる薬剤を処方する場合や、あるいは必要な検査を行うために記載される病名であるため、真の意味で疾患の内容を反映したデータであるとはいえません。

また、同じNDBで扱われる特定健診のデータとレセプトでさえ、突合(とつごう・データを突き合わせて整合性をチェックすること)率が25%にとどまっており、個人がうまくつながらないという問題があります。これは病院ごとに患者の個人識別用のIDが異なっていることによります。

DPCデータに関しては国がルール化して管理しているので、患者情報がかなり正確に取得できるという特徴があります。しかし、月が変わると違う患者として扱われてしまうという点は問題です。また、電子レセプトとDPCデータを突合することができるかというと、やはり完全とはいえません。たとえば、郵便番号が同じであれば同一の患者さんと判断するなど、何らかの調整が必要になるため、真の意味でのトレーサビリティになっていないのです。

そして、もっとも新しくできたMID-NETにおいても、同じ病院内で呼び方の違う薬があるなど、データの統一にはやはり問題が残されています。

医師データ入力

こうした問題を乗り越えてビッグデータを活用しようと、内閣府が中心になっている日本再興戦略や未来投資会議などの場でもさかんに話し合われています。各省庁が発表している参考資料では、厚生労働省も経済産業省も総務省も内閣府もビッグデータの利用を提唱していますが、その実現はけっして容易なことではありません。

これから人口減少社会になっていくと、とりわけサービス産業従事者が減るといわれており、医療現場でも医療従事者が減っていくと考えられます。同様に患者さんの数もいずれは退縮していくとしても、今後まだしばらくの間は増え続けるでしょう。そうなれば、よほど効率良く働かないとサービス産業が成り立たない世の中になる可能性があります。

サービス産業の中でも医療関係は労働集約型の最たるものであるといえますが、いったい誰がビッグデータの元になる医療データを入力するのかというと、結局は医師や看護師の負担が増えることは避けられません。つまり、ビッグデータを精緻なものにするためには、第一線でデータ入力のために費やされるリソースが非常に大きくなると考えられるのです。

NCDは疾患ごとに必要なデータを明確に分けています。たとえば脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血の場合、その動脈瘤の部位や大きさ、破裂による出血の程度など、要素によって手術の難易度が変わるからです。これらの情報を脳外科の専門医が正しく分類してまとめたものがNCDのデータになっています。このことは心臓など他の領域でも同様です。

しかし、何を使ったかということはデータに含まれていません。どの薬、どの機械(デバイス)、どの医療材料を使ったか、それらに関しても正しく把握できて初めて医療の効率的な利用が可能になります。究極の目的は同じ治療成績なら一番安価に、同じコストなら最善の結果が得られる治療を行うことです。そのためには、治療のデータとともにその背景で動いているお金に関わるようなことがら、すなわち医薬品や医療材料などのトレーサビリティが大切なのです。

それを把握する際には、データ入力の負担を解決するために自動認識技術が必要となります。完全自動化はできないまでも、バーコードの活用で電子的に扱えるようにすることで、バーコードリーダーで読み取った情報がそのまま電子カルテに反映されるような形にすることは可能です。

バーコード

メーカーや卸業者は販売効率を考え、流通する製品にはバーコードをつけていることが多くなっています。これは商品固有の識別子として機能しています。したがって、それをうまく使っていくことが大切です。こうした取り組みは流通業界ではすでに当たり前のこととして行われています。

ところが、記事1「薬についているバーコードは何のため?医療におけるトレーサビリティとは」でご紹介したような病院内の物流効率化(SPD; Supply Processing Distribution)を請け負っている業者は、その医療機関内での局所最適のみを考え、バーコードに独自のものを使っています。それでは本当のトレーサビリティとはいえません。本来ならばメーカーが製品につけている大元のバーコードを使えばよいのですが、物によって付いていたり付いていなかったりすることがあると非常に困ることになります。現状はその部分をSPD業者が工夫してやりくりしているともいえます。

つまり日本では、医療界で使われているバーコードが何十種類もあることが問題となっているのです。しかし、世の中にはドラッグストアやコンビニエンス・ストアのように、すでに仕組みができている業界があります。むしろそういったシステムの中では、統一規格のバーコードが付いてなければ店では扱えないという状況になっています。

将来的には病院でも、医薬品や医療材料についてはメーカーがバーコードをつけたものしか扱わないというような形にしていくべきでしょう。私が理事を務める日本ユーザビリティ医療情報化推進協議会(JUMP)では、医療トレーサビリティ管理のために、クラウドを核とした医療情報管理プラットフォームの構築を考えています。

医療情報管理プラットフォームのイメージ
未来投資会議構造改革徹底推進会合「医療・介護-生活者の暮らしを豊かに」会合(第3回)
平成28年10月31日配布資料(落合慈之先生提出)より引用

このプラットフォームには一元化されたモノのデータがあり、どこからどこへ行った、どこで使ったということがすべて記録されます。そうすれば上流から最下流まで、日本の医療関係の商品がすべて把握できる世の中になります。

医療情報を一元管理するプラットフォームでは、患者さんもそこにある情報にアクセスすることができます。そうすれば自分が処方されている薬のバーコードから、何のための薬なのか、どんな副作用があるのかといった製品情報を得ることができます。介護職のスタッフも患者さんの薬がわかりますし、他の施設に移ってもバーコードさえ読めば、規格・サイズ・メーカーなどすべて同じ介護用品をすぐに用意することができます。

JUMPが取り組んでいる医療トレーサビリティ確立の目的は、以下の4点に集約されます。

  1. 医療現場においてより安全に医療を行えること
  2. データ入力の負担を軽減し、従事する職員の労力を省力化すること
  3. 国全体としての本当の効率性がわかるデータによって、最上流から最下流までのモノの流れを明らかにすること
  4. それらのメリットが国民・患者さんにも還元できる仕組みであること

このような世の中を実現していくためには、最初から全員参加を求めるのではなく、できるところから順次始めていくことが大切です。患者さんや国民の皆さんにとっての便利さやメリットが知られるようになれば徐々に広がっていき、それに適合しないものはいずれ淘汰されるのではないかと考えます。

そうした流れが進んでいくその先には、個人の医療用IDを記したカードや端末を持っていれば、全国どこからでもクラウドにアクセスして自分の病歴がわかり、どこの薬局に行っても自分の必要な薬が正しくもらえるような世の中が実現できると考えています。