やけどによって受けた損傷が、皮膚の深い部分まで及んだ場合、やけどの跡が治癒しても皮膚のひきつれを引き起こすことがあります。このようなひきつれはなぜ起きてしまうのでしょうか。またその治療法にはどのようなものがあるのでしょうか。
記事1に引き続き、東京女子医科大学 形成外科 教授・講座主任 櫻井 裕之先生にお話を伺いしました。
深いやけどを負った後、傷が治癒してもそのあとにひきつれや拘縮(こうしゅく:皮膚の収縮)が起きてしまうことがあります。こうした跡を残してしまうような深いやけどを負うきっかけは生活の身近なところにも潜んでいます。
たとえば、小さな子どもが歩き始めたころ、テーブルの上に置いてある熱い飲み物が入ったコップを落とし、ひきつれが残るやけどを負ってしまったケースは比較的多く見受けられます。
こうしたやけどは、命を落とすほどの重症例ではありませんが、やけど跡が残る場所や範囲によっては、患者さんのその後の生活に大きな影響を及ぼすこともあります。
たとえば先ほど例に出した「テーブルの上のコップを落とす」という場合では、お子さんの首~デコルテあたりにやけどを負うことが多いですが、その部分にひきつれが生じると、首周辺の皮膚が伸ばしにくく、体を動かすうえで不自由が生じることがあります。
またやけどを負った方が女性であった場合、デコルテあたりのひきつれは胸の発達に影響を及ぼします。そのほかにも美容面や精神面での問題もあり、ひきつれという後遺症を抱えることで日々のライフルサイクルのさまざまな場面で問題が引き起こります。
やけどを負ったときに行われる第一の治療は、障害をうけた皮膚を治癒させることです。しかし治療はそれだけでは終わっていません。残ったひきつれによって、生活の様々な場面で引き起こされる問題点と向き合い、長い目でみながら、ひとつひとつ解決していく必要があるのです。
まずはやけどを負った後、治癒していくメカニズムを解説しましょう。
皮膚は表皮・真皮・皮下組織の三層から構成されています。そのうちの真皮のなかには、毛器官・汗腺・皮脂腺などの皮膚付属器官と呼ばれるものが存在しています。こうした器官はやけどを負った後、分化(ほかの細胞へと分かれていくこと)をすることができるため、障害を受けた皮膚はこうした細胞を中心に再構築されていきます。そうしたことから、やけどを負った後でもこうした皮膚付属器官が残っている部位では、時間はかかるかもしれませんが、その部分を中心に皮膚がつくられ治癒していくことが期待できます。
しかし、深いやけどである深達性Ⅱ度熱傷やⅢ度熱傷の場合、皮膚の表皮~真皮まですべてやけどを負ってしまっている状態であるため、皮膚付属器官がほとんど失われてしまっています。そうするとどう治っていくかというと、周囲の皮膚がぐっと縮まり、線維化することでやけど跡をふさごうとします。こうした治癒の仕方をすることが、ひきつれの原因になります。
ひきつれを残すやけどは、熱によって皮膚がダメージを受け、縮んで足りなくなっている場合が多いです。そのためひきつれの治療を手術以外で行うことは難しいと考えられます。
ひきつれを治す手術は瘢痕拘縮形成手術といいます。瘢痕拘縮形成手術にはいくつかの方法があります。
【Z形成術】
ある一定の方向だけにひきつれている場合、周囲の余裕のある方向から皮膚を入れ替えたり、縫い縮めたりすることで、ひきつれを解除することが可能です。こうした手術方法をZ形成術といいます。このような手術によってひきつれの向きを変えることで、皮膚が伸ばしやすくなり、生活上の支障が解消されます。
【移植手術】
さきほどご紹介したようなZ形成術によってもひきつれの解除が可能ですが、一般的にやけどは大きな面積にわたって障害を受ける場合が多いです。そした場合では縫い方だけでひきつれを解除することは難しく、皮膚を補充する、つまり移植手術が必要になる場合があります。
皮膚の移植手術では、基本的に患者さん自身の皮膚を移植します。その理由は、他の人の皮膚は一時的には定着しますが、永久定着することはないというのが一般的な考え方であるためです。
他の人の皮膚を移植するケースというのは、全身に非常に大きな面積のやけどを負い、一時的に皮膚を保護するために移植を行うということが多いです。その場合でも、他人の皮膚は永久生着をしませんので、後日再生されてきた自分自身の皮膚と入れ替えるための手術が必要です。
近年、再生医療の進歩が活発になり、様々な臓器が人工的につくり出され、治療に役立てられようとしています。
やけどの治療において、そういった人工皮膚が活用されるのかというと、再生医療によってつくられた人工の皮膚はもちろんありますが、そういったものが実際の臨床で使われるかというと、難しい部分があります。これは皮膚が構成している複雑な組織構造があるためです。
現在登場している再生医療で培養してつくられる培養皮膚のほとんどは、皮膚の表皮の部分がほとんどです。表皮の下には真皮という様々な付属器官をもつ層がありますが、この真皮の部分の培養皮膚はほとんどありません。
そのため、培養した皮膚を使って移植をする際には、表皮の移植のみになってしまいます。体の大部分にやけどを負い、緊急で皮膚を補充するために、一時的に培養表皮を伸ばして移植することは可能ですが、この方法では真皮の部分を補完することはできません。こうした皮膚の構造上、「皮膚の移植」とひとくくりにするのではなく、表皮の皮膚移植と、真皮の皮膚移植を別で考えていかなければなりません。
以前と比べれば、培養表皮ができたことで、他の人の皮膚をもらうと同時に培養表皮を組み合わせる、患者さんご自身の皮膚を伸ばして培養表皮を組み合わせるなど、そういった皮膚と培養皮膚を組み合わせた方法を用いることで、治療効果が上は上がってきています。ただ培養表皮だけですべての問題を解決できるかというと、そういうわけにはいきません
皮膚の再生医療において、表皮以外の培養皮膚をどのようにつくっていくのか、というところは大きな課題であり、現在の培養技術だけでは解決しない問題が多くあると思います。
昔のように、たとえば沸き立っているお風呂に落ちてしまうといったようなやけどの仕方や、労働災害によるやけどは近年ではあまり見られなくなり、重症熱傷の患者さんは日本全土で非常に減ってきていると思います。
これは主に、生活環境の改善が大きな要因になっていると思います。たとえばやけどを負いやすい台所やお風呂の環境が向上しており、仕事場の安全管理体制も非常に進んできています。こうした生活水準の向上で全身を大きくやけどしてしまうような患者さんを治療するケースは少なくなってきました。
しかしその一方で、軽症~中程度のやけどはいまもなお引き起こされ続けています。そうした患者さんが後に抱えることになる症状のひとつが、ひきつれです。重症熱傷の患者さんが減少してきたからこそ、形成外科が担当する治療において、ひきつれに対する治療をより多く担うようになってきたと感じています。ひきつれは受傷後、何年経ったとしても治療を望む方は多く、治療のニーズはまだまだ多くあると感じています。
こうしたひきつれ、特に顔、足、首に熱傷を負う特殊部位熱傷では、大きな機能障害が起こりやすく、患者さんの生活の質は大きく低下してしまいます。こうした場合にどういった治療を行っていくのかということは、やけど治療における非常に大きな課題です。
これまでご紹介したものは、日本における事例です。日本では生活水準の向上により、重症熱傷の患者さんは大幅に減少していると感じていますが、海外では今もなお、体に大きなやけどを負ってしまう方が多くいらっしゃる地域があります。東京女子医科大学 形成外科では、こうした現状をもつバングラディシュの連携学校と協力し、医師の交換制度を行うことで、両国のやけど治療の技術向上に取り組んでいます。
当院の形成外科はバングラディシュのダッカ医科大学(Dhaka Medical College Hospital)と交流プログラムを組み、年に1名ずつ医師を派遣し合い、若手の医師にやけど治療の経験を積んでもらう機会を作っています。バングラディシュから日本へ派遣された医師には、日本の治療技術の勉強を、日本からバングラディシュへ派遣された医師は現地の重症熱傷症例の治療にあたり、相互の国の治療レベルの向上になるよう、プログラムを組んでいます。
バングラディシュではまだインフラの整備が進んでいない地域もあり、料理にガスではなく灰で火を焚いたものを使っていたり、切れた電線から電気を盗もうとして深い電気熱傷を負ったりする方もいらっしゃいます。そうした環境からやけどを負い、病院へ運び込まれる患者さんの治療にあたることで、若手の医師にたくさんの経験を積んでほしいと思います。また、私は東京女子医科大学 形成外科の教授であるとともに、日本―バングラディシュ医療協会の常任理事を務めています。この双方の立場から、本プログラムを通してバングラディシュに医療全般の支援を行うことで、日本・バングラディシュ国民の医療や保健福祉の向上を実現できるよう、これからも尽力していきたいと思います。
東京女子医科大学 形成外科 主任教授
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