皆さんは、正しいやけどの応急処置をご存知でしょうか。多くの方は、冷水や氷嚢で患部を冷やそうとされますが、実はこのような行為はやけどの傷を深くしてしまう危険性があります。また、ご自宅にある消毒液の使用も、やけどの悪化に繋がることがあります。ご家庭での局所的な(一部分的な)やけどが増えるこれからの季節に備え、正しい治療方法と気をつけるべき日常動作について、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長の志賀隆先生に教えていただきました。
水ぶくれ(水疱)は、真皮の中層にまで損傷が及ぶ「浅達性II度熱傷」の特徴的な症状であり、全てのやけどにおいてできるわけではありません。水ぶくれをどのように扱うかは、専門家の間でも意見がわかれており、現在でも結論は出ていません。
水ぶくれが破れている場合は、医療者が剥がれている部分の皮膚を取り除きます。ただし、人の手には本来無数の常在菌が付着しており、必ずしも清潔とはいえないため、ご自身で剥がすといった行為は避けるべきです。やけどにより表皮を失うことで、皮膚はバリア機能を失い、細菌などに感染しやすくなります。やけどを負ったという事実自体も患者さんにとってはショッキングな出来事ですが、やけどをしたことは「過去」であり、処置の際には「これから起こる可能性のある感染を防ぐこと」が最も重要になります。
感染予防のため、当院では破れていない水ぶくれに針を指して液体を抜くことも推奨していません。
ただし、現実的にはガーゼなどの被覆材をあてている間に、不可抗力により破れてしまい、取り除く必要が生じる例が多く見受けられます。
前項で、水ぶくれは「浅達性II度熱傷」に生じると記しましたが、一体何のことだろうと疑問に思われた方もいるでしょう。やけどは、皮膚の損傷の深さにより、以下のように3分類されます。
傷が表皮にとどまり、真皮は損傷を受けないやけどです。皮膚が赤くなる「発赤」と「浮腫(むくみ)」が現れます。受傷時には強い痛みを伴うものの、通常2~3日で自然治癒します。Ⅰ度熱傷の場合、跡(瘢痕)は残らないことがほとんどです。
損傷が真皮に及ぶやけどで、「水ぶくれ」ができるという特徴があります。Ⅱ度熱傷は、深さにより「浅いもの(浅達性)」と「深いもの(深達性)」の2つにわけられます。
【浅達性II度熱傷】
真皮中層まで及ぶやけどで、毛根や汗腺、皮脂腺などまでは損傷されないものを「浅達性II度熱傷」と分類します。
痛みを感じる神経である知覚神経終末も残るため、鋭い痛みを伴います。通常、1~2週間で治癒します。浅達性II度熱傷も、多くの場合跡は残りません。
【深達性II度熱傷】
真皮下層まで及ぶやけどです。皮膚付属器(毛根や汗腺、皮脂腺)や知覚神経終末も損傷を受けるため、浅達性II度熱傷よりもさらに鈍い疼痛を伴います。
治癒までには通常3~4週間かかります。深達性II度熱傷の場合、跡が残ることがほとんどです。
表皮、真皮にとどまらず、皮下組織にまで損傷が及ぶやけどです。水ぶくれは形成されず、受傷した部分は、「羊皮紙様感(ようひしようかん)」と呼ばれるペコペコとした感触を呈します。
知覚神経が侵されているため、受傷部位を針で指すなどしても痛みはほとんど感じません。治癒には1か月以上の期間がかかり、跡が残ります。やけどの範囲が広い場合は、皮膚移植手術を要します。
(参考:日本形成外科学会 http://www.jsprs.or.jp/member/disease/trauma/trauma_02.html)
やけどの重症度は、上記した深さによる分類と、受傷した面積の広さによって判定されます。
やけどをすると、「冷たいもので患部を冷やさねばならない」と思ってしまうものです。しかし、直接氷や保冷剤をあてたり、氷水に患部を浸すことは、やけどを深くしてしまうことがあるため、避けたほうがよい行為です。
水で冷やす場合は、室温もしくは少し冷たい水を用いると、痛みが和らいだり、組織の損傷が軽減されることがあります。
ただし、5分以上患部を水にあてていると、お風呂に入っているときのように、皮膚がブヨブヨになってしまうため、冷やす時間は5分以内にとどめましょう。
このほか、濡れたガーゼやタオルで患部を冷やすことも有効ですが、これらの方法をとる場合も30分以上続けないことが大切です。
やけどをした部位が衣服に覆われている場合、簡単に脱げるものであれば着衣をとります。ただし、場合によっては皮膚と衣服がくっついてしまい、脱ごうとすることで皮膚を剥がしてしまうことにも繋がるため、一般の方の判断による無理な脱衣は禁物です。
また、やけどをした直後にご自身の判断で軟膏を塗布することも、あまりおすすめできません。まずは医師がやけどの重症度を診断し、そのうえで処方した薬を使用することが適切な流れですが、軟膏などを塗ると正しい重症度がわからなくなってしまうのです。
また、やけどには消毒液を使用しないようにしましょう。消毒液をやけどの創部に塗布することで、かえって状態を悪化させてしまう可能性があります。
I度熱傷でも病院に来られる方はたくさんおられます。やけどの程度にかかわらず、不安があればいつでも受診してください。
やけどは、痛みを伴う疾患であるため、軽症であろうとなかろうと、受傷した瞬間に心的なショックを受けるものです。当院の救急外来に来られる患者さんには、一人暮らしをしている女性の患者さんや、一人目のお子さんがやけどを負ってしまい受診されるお母さんが多く、このことからもやけどが身体的なダメージ以上に不安や心配を増長させる疾患であることがわかります。痛みが強い場合は、痛み止めを処方することも可能です。やけどの多くは、皮膚科が閉まっている休日や夜間に起こりますので、気兼ねせず(できればER型の)救急外来を受診していただきたいとお伝えします。
あわせて、「必ず受診していただきたいやけど」についてもご説明します。ひとつは、「真っ白で痛みがないやけど」です。感覚がなくなるやけどはⅢ度熱傷に分類される重症度の高いものですので、早急に医療機関を受診しましょう。また、やけどの範囲が広い場合も、必ず来院してください。
※「鍋のお湯をこぼした」ときなど、ご家庭で起こるやけどの多くはⅠ度もしくはⅡ度熱傷です。
現在最も多くみられるのは、カップ麺の容器を倒して熱湯を浴びてしまったり、コーヒーをこぼしてしまったというケースです。特に、椅子などに座っており、上体の向きを変えた瞬間に肘があたって、机の上に置いていた容器やマグカップを倒したという患者さんが多くみられます。
小さなお子さんがいる家庭では、低い位置に置いていたカップなどをお子さんが触ってしまい、お湯がかかってしまうという例もあります。
このような些細な日常動作がやけどの原因となっていることを知り、ご家庭で気をつけていただくことが、予防に繋がると考えます。
かつては、ストーブによるやけどが多く、実際に私も後ろにあったストーブに気づかず、ふくらはぎの裏をやけどしてしまった経験があります。しかし、現在では社会全体のやけど対策意識が高まり、ファンヒーターやエアコンの使用が推奨されるようになったため、ストーブが原因のやけどは減りました。
このように、時代とともにやけどの原因は変わります。
ただし、どのような時代であっても、熱い調理器具などをダイレクトに扱う「調理中のお母さん」のやけどは、やはり多いというのが現状です。
やけどの傷に対して塗布する軟膏については、医療者間でも何が最もよいか様々な意見が出されているところです。
通常は、重症のⅢ度熱傷の場合は、抗生物質を含む「スルファジアジン銀」を使用しています。また、比較的浅いやけどに対しては、抗生物質入りの「バラマイシン」を使用します。
皆さんにとって身近なワセリン(医薬品)は、エビデンスこそないものの、私たち医師もやけどの治療時に頻用しています。やけどをすると、皮膚はバリア機能を失い細菌感染などを起こしやすくなりますが、ワセリンは「皮膚代わり」として真皮を守る役割を果たしてくれるからです。
ご自宅でワセリンを使用する場合も、香料などが入っていない医薬品のワセリンを使用しましょう。
やけどをした部分に絆創膏を貼ると、中央の白いガーゼが創部とくっついてしまう可能性があります。また、やけどの範囲によっては、手近な絆創膏で創部全体を覆うことはできません。
このような比較的広い範囲のやけどに関して、私は患者さんにワセリンを塗った後、「サランラップ」で覆うよう指導しています。このとき大切なのは、サランラップの真ん中に穴を開けることです。穴がないと、創部から出てきた浸出液が密封されている状態になり、雑菌の繁殖と感染につながります。
最近では「キズパワーパッド」と呼ばれる商品も出てきており、やけどに対して使用してよいのかといった疑問の声も聞こえてきます。こちらも皮膚をバリアするという意味合いで使用できるかと考えますが、おそらく浸出液によりすぐに交換しなければならいほど膨らんでしまうかと思われます。とはいえ、やけどをすると皮膚の真皮を守るものがなくなりますので、バリア機能を果たしてくれるものは、何かしら使用したほうがよいでしょう。
ガーゼも皮膚を守るための被覆材として一般的に広く使用されていますが、創部とくっついてしまい、剥がすときに痛みを感じるという難点もあります。そのため病院では、「メロリンガーゼ」と呼ばれる、くっつかない(非固着性)のガーゼを使用しています。メロリンガーゼはインターネットなどを介して購入できますが、一般的なガーゼに比べると高額です。こういった理由から、患者さんにはやはりサランラップによる保護をおすすめしています。
やけどをしたときにできる水ぶくれは、皮膚の表皮がダメージを受け、真皮がむき出しになっているひとつのサインです。水ぶくれはⅡ度熱傷の特徴ですので、悪化や細菌感染を誘発しかねないものを塗布したり、手でいじるといった行為は控えましょう。たとえば、オロナイン軟膏やアロエをご自身の判断で創部に塗ることは避けたほうがよい行為です。
やけどの傷は、病院での処置が適切であっても、時間とともに深くなってしまうことがあります。また、感染を起こしており、徐々に感染範囲が広がっていくこともあります。このように、初診時とは状態が変わることもありますので、経過をみるためにも通院していただくことが大切です。
可能な限りやけどの跡(瘢痕)を残さず、早期に治癒させるために重要なことは、「余計なことをしない」ことです。市販の薬剤を自己判断で使用せず、ワセリン(医薬品)とサランラップなど、シンプルなもので覆うだけにとどめましょう。
また、治癒していないやけどがある部位は、日常生活やスポーツ時などになるべく使わないことが理想的です。
ただし、やけどの跡とは色素沈着ではなく、表皮や真皮がなくなってしまったかわりに形成される「肉芽(にくげ)ですので、重症度によってはどうしても跡が残ってしまうことがあります。
1日1回は必ず流水で洗い、患部を清潔に保つことも大切です。
傷口から浸出液がどんどん出てきてしまう場合、手間はかかりますが、その都度洗ってラップや被覆材で覆いましょう。
入浴時は、感染を防ぐため、湯船には入らずシャワーで洗い流すことをおすすめします。シャワーを使う際には、患部だけに水をあてるのではなく、全身を洗い流しましょう。「体を常に清潔に保つ」という心がけが、創部の悪化や感染の広がりを防ぎます。
これからの季節、特に年末年始はやけどの件数が増える時期です。ぜひ、本記事で解説したやけどの原因となる動作や応急処置の方法を知っていただき、ご自身だけでなく身近な周囲の方にも注意喚起をしていただければと願います。
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