まちで暮らす人々の健康水準の向上のためには、保健医療の改善だけではなく、教育や環境といった水準を見直す必要があります。東京都西東京市では、包括的な観点から市民の健康を守るべく、市の保健・福祉・医療の分野のみならず、他の分野を加えた“まち全体の健康”をさらに発展させていくための「『健康』応援都市の実現」を目指しています。「『健康』応援都市の実現」とはどのような概念であるかを含め、西東京市の取組について、医師としてご活躍されていた経験をお持ちの、丸山浩一西東京市長にお話を伺いました。
私は東京慈恵会医科大学医学部出身の医師で、心臓血管外科医として乳児の心臓を中心に数多くの手術を執刀してきました。1983年には東京都立豊島病院医長に就任し、医局員の指導や日々の臨床に明け暮れていましたが、ちょうどその頃は、都立病院のあり方が検討されている時期でもありました。私は当時の都立病院・公社病院である大久保病院・駒込病院・府中病院などの医師とともに、都立病院の勤務医師の執務環境を改善しようと、衛生局に要望を提出するなど当時から行政に関心を持っていました。その後、政治という観点からもっと医療や福祉に貢献したいと考えた私は、メスを下ろして本格的に行政の道へ足を踏み入れます。東京都衛生局健康推進部成人保健課長や児童相談センター所長などの職を経て、2013年に出身地である西東京市長への当選を果たし、これまでに数々の施策を行いました。
現在、西東京市長として特に力を注いでいることが、市の保健・福祉・医療分野の充実による“こころとからだの健康”のみならず、これまで関係性の認識が低かった他の分野を加えた“まち全体の健康”をさらに発展させていくための「『健康』応援都市の実現」です。今回は、この「『健康』応援都市の実現」のために我々が取り組んでいる事柄についてお話しします。
「健康」応援都市とは、WHO(世界保健機関)の健康都市連合憲章の考え方を踏まえ、人々が互いに助け合い、生活のあらゆる局面で自身の最高の状態(まちそのものが「健康」であること)を達成するため、その実現に向けて、保健医療・社会経済・居住環境などの様々な分野の改善を進めるとともに、地域・住民が互いに支え合う(応援する)まちをいいます。
西東京市では、2014年に都内多摩地域の自治体としては初めて、WHOが2003年に創設した国際的なネットワークである健康都市連合に加盟いたしました。健康都市連合とは、都市住民の健康維持と増進を目的に、健康を阻害する要因の改善に向けた取組を進めている組織です。2016年7月現在、日本支部には37都市4団体が加盟しています。
では、市民の健康を推進するためはどのような工夫が求められるのでしょうか。
健康水準を向上する要素は様々ありますが、実は病院や診療所の数だけでなく、教育や環境、経済などの水準が高いほど、健康水準は高くなるといわれています。
つまり、まちの歩きやすさや緑の多さ、治安のよさなどの環境水準、学校における教育環境の充実や図書館の利便性などの教育水準、健全な生活ができる経済水準などのトータルな向上をめざした「まちづくり」が、市民の健康水準の向上に重要であるということです。これについては、はっきりとしたエビデンスも確立されています。
西東京市のまちづくりの指針となる基本構想に「やさしさとふれあいの西東京に暮らし、まちを楽しむ」という基本理念を掲げています。「まちを楽しむ」というとイメージが湧きづらいかもしれませんが、この言葉には、「まちを楽しむ」ことで、まちへの誇りや愛する気持ちが生まれ、それによりお互いを思いやり、尊重できる「やさしさ」とコミュニケーションにあふれた「ふれあい」が息づくまちにしたいという思いが込められています。
健康都市とはどのようなまちかと考えたとき、私はそのまちに住む人々が「まちを楽しむことのできるまち」だと提案します。
健康であるためには、市民の皆様がそのまちで楽しくいきいきと安心して暮らせることが重要であり、保健医療は健康を維持・提供するためのひとつの手段に過ぎません。行政としてはより広い視点で、人を取り巻く生活環境の改善を図ることが必要となります。
ですから、「『健康』応援都市の実現」に向けては、市民生活を支援(応援)するための施策を包括的に実施していかなければなりません。
西東京市では、下記のような取組を通して、市民の皆様の健康水準の向上を支援しています。
下半身の筋力や全身のバランス能力の向上を目的にした西東京市独自の体操です。
2017年5月16日、私は西東京市長として、「健康」イクボス・ケアボスを宣言しました。
イクボス・ケアボスとは、ワークライフバランスを重視した職場環境づくりを担う上司のことを指します。
「健康」応援都市としてまち全体の健康を達成するためには、市の取組を進める職員の働きやすい環境をつくることが大事です。私自身がイクボス・ケアボスのリーダーとなり、市一体となって子育てや介護に携わる職員を積極的に応援するような環境水準の向上を目指します。
宣言の立会人にはNPO法人ファザーリング・ジャパン代表理事の安藤哲也さんを迎え、宣言後には管理職向けの研修を実施し、上司が先導的に育児や介護を応援することの重要性について話し合いました。
今後の日本では、男性の子育てへの参画を更に推し進めていく必要があると考えます。父親が子育てに積極的に関わることで、健康水準はもちろん、虐待防止という面にもよい影響を与えることが期待されるからです。
虐待防止のための取組は、今後さらに強化していかなければならないと考えます。
子どもの頃(1歳~1歳半)、親御さんに守られて育てば、自分の中に安全基地という概念が生まれます。そこから兄弟や祖父母、友達へと社会的関係性が広がっていくため、子どもの社会性構築のためにはこの安全基地を作っておくことが非常に重要です。幼少期のうちに安全基地という概念が定着しなかった場合、思春期の頃に社会生活の中であらゆる障害が生じる可能性があるからです。
私は以前、児童相談センターの所長を務めていたことがあります。数多くの子どもたちの支援を行っていましたが、虐待を受けて施設に保護された子どものほとんどが、家に帰りたいと望んでいたことを鮮明に覚えています。しかしながら、虐待をしてしまった家庭に子どもがもう一度戻るためには、問題ないと判断できるまで親御さんをサポートすることが不可欠になります。
2001年と2005年に東京都がまとめた児童虐待の実態では、虐待をした母親のうち4割が事前にSOSを出していることが報告されています。改善が進んでいるとはいえ、日本の育児はまだ女性に比重が偏っている傾向にあります。母親1人に任せきりの育児は、母親自身を追い込んでしまいます。ですから母親だけではなく、父親をはじめとした周囲の親戚が母親とともに子育てに参画することで、虐待の防止につながっていくと考えられます。
育児は介護と異なり、子どもが自立したタイミングで終わりを迎えるはずです。イクボス・ケアボス宣言を契機に、男性の育児参加が市全体で受け入れられるようになればよいと考えています。
記事2『高齢社会におけるまちづくりを進める東京都西東京市の取組』では引き続き、国の地域医療構想を踏まえ、西東京市の人口高齢化に対する取組をご紹介します。
※記事内挿入の写真は全て東京都西東京市秘書広報課よりご提供いただいています。