腸管の長さが短い短腸症候群や、栄養の吸収・消化が行われない機能的腸管不全。これらの疾患は患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させてしまうだけでなく、肝機能障害などを引き起こし、生命を脅かすこともあります。点滴で栄養を補う静脈栄養法だけでは対処しきれない患者さんに対して行われる小腸移植とは、どのような治療なのでしょうか。数少ない小腸移植実施施設のひとつである東北大学病院小児外科准教授の和田基(わだ もとし)先生にご解説いただきました。
移植医療のうち、心不全に対する心臓移植や腎不全に対する腎臓移植などは、一般の方にとっても耳馴染みのある治療ではないかと思われます。
私たちは、腸管が十分に機能しない状態を腸管不全と呼んでおり、腸管不全に対する治療の一環として小腸移植を行っています。
小腸移植と聞くと、小腸のみを置き換える治療だとイメージされる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際には大腸などもあわせて移植する場合もあるため、「腸管移植」と捉えていただいたほうが、より正しくイメージできるものと考えます。日本では小腸移植という治療名が用いられていますが、英名は“intestine transplant”といい、これを直訳するとやはり「腸管の移植」となります。腸は、心臓や肝臓に比べると印象の薄い器官ですが、栄養を吸収するだけでなく、食べたものを消化、排泄する働きも担っている重要な臓器です。そのため、腸管不全とは、一種の臓器不全であると捉えています。
小腸や大腸は、外部から摂取した飲食物や排泄される便などの通る組織です。これらのなかには有害あるいは無害なカビや雑菌等も含まれているため、腸の免疫組織は他の組織と比べ非常に発達しています。そのため拒絶反応が起こりやすく、かつて小腸の移植は不可能であると考えられていました。
さまざまな臓器の移植医療が臨床の場で行われるようになった1960~70年代、小腸移植の成功例は一例も報告されておらず、加えて1970年代には点滴で栄養を補う静脈栄養法が登場したため、小腸の移植は非現実的なものと捉えられるようになりました。
時を経て、米国のピッツバーグ大学において、小腸移植が本格的に始められ、現在では日本国内の複数の施設で小腸移植が実施されています。しかしながら、やはり現在においても小腸移植にはほかの臓器以上に難しい点が多々あります。
小腸移植の代表的な適応疾患は、短腸症候群と腸管運動機能障害などの機能的腸管不全の二つに分類されます。
短腸症候群(短腸症)とは、腸が先天的もしくは後天的に短くなっているために、栄養吸収を十分に行うことができない慢性の消化器疾患のことです。後天性の短腸症候群のなかには、腸の疾患や切除手術などにより起こるものもあります。
【短腸症候群】
中腸軸腸捻転/腹壁破裂、外傷/壊死性腸炎/先天性小腸閉鎖/クローン病など
短腸症候群のなかでも、腸がほとんどない場合は肝機能障害を起こしやすいことがわかっています。このようなハイリスク群の患者さんについては、肝機能が低下してからではなく、なるべく早い段階で小腸移植を行ったほうがよいと考えています。
長さは正常でも腸が正しく機能しない状態を、機能的腸管不全と総称します。なかでも特に問題となるのは、神経節細胞や平滑筋などの異常により腸が動かない腸管運動機能障害と呼ばれる病態です。
便秘や腸閉塞(イレウス)を起こす先天的な消化器疾患「ヒルシュスプルング病」に似ていますが、腸管運動機能障害の場合、ヒルシュスプルング病とは異なり神経節細胞が存在しているにも関わらず腸が動かないため、「ヒルシュスプルング病類縁疾患」と呼ばれることもあります。機能的腸管不全の一つである腸管運動機能障害は、欧米人よりも日本人に多くみられます。
このほか、症例数は稀ですが、難治性の下痢などの機能的腸管不全に対し、小腸移植が行われることもあります。
先述したように、腸の主な役割は栄養吸収と消化です。そのため、腸が短い場合や機能していない場合には、栄養を食べ物の経口摂取以外の方法で補わなければなりません。このようなとき、まずは点滴により栄養を補う静脈栄養法が選択されます。短期的にみれば、静脈栄養法は効果的な治療法といえます。
ただし、長期にわたる静脈栄養管理は患者さんのQOL(生活の質)を低下させてしまうだけでなく、生命を左右しかねない合併症を引き起こすこともあります。
たとえば、カテーテルを用いることで起こる感染症や肝機能障害が、静脈栄養法の重篤な合併症に該当します。
小腸移植とはこのような問題が生じたときに選択される治療法です。
前項では、現時点での小腸移植の適応基準を述べましたが、将来的には適応基準を広げ、救命目的のみならず、患者さんのQOLを高めるために治療を選ぶことができるようになって欲しいと考えています。
現在、ご自宅で行なっていただく在宅中心静脈栄養法が普及していますが、高カロリーの点滴のためのカテーテルを用いることによる合併症などのリスクもあり、技術的にも難しいことから、長期の在宅中心静脈栄養法は理想的な治療法とはいえません。静脈栄養法により生命の維持はできるようになりましたが、腸管不全そのものを治しているわけではないためです。
たとえば、重症腎不全の場合、人工透析を続ければ生命を維持できますが、重篤な合併症が懸念される際には腎移植により透析の離脱を目指します。小腸移植もこのような在り方が理想的です。
やや極論的な言い回しになってしまいますが、静脈栄養法から長期離脱できないすべての方にとって、ひとつの選択肢にできるような治療を目指していきたいと考えています。
ただし、長期の静脈栄養法を必要としている患者さんのなかには、口からある程度の食事をとることができ、夜間のみ点滴で栄養を補っておられる方など比較的高いQOLを維持されている方ももいますので、すべての方が小腸移植の適応になるわけではないでしょう。
これからの小腸移植の対象を考える際には、患者さんの疾患名や受けている治療の種類、年齢などだけでなく、患者さん一人ひとりのQOLの高低や生活スタイルをみつめることが重要であると感じています。
クローン病は潰瘍性大腸炎とは違い大腸のみにとどまることなくさまざまな部位に激しい症状を引き起こす難病です。クローン病による潰瘍や腸閉塞(イレウス)によって、短腸症候群となる患者さんもおられます。また、重症のクローン病の成人患者さんのなかには、肝機能障害を合併して亡くなってしまう方もおられます。
現在、さまざまな生物科学製剤が開発され、クローン病そのものの治療成績は向上しています。しかし、その一方で最重症例は少なくなっているわけではないと耳にすることもあります。
このような理由から、クローン病のなかでも最重症に対しては、小腸移植を行なう必要もあるのではないかと考えます。
今日までの小腸移植の実施件数は、東北大学病院の場合11件(※9例に対し11件)と決して多いとはいえません。とはいえ、小腸移植とは、安易に症例数を増やしていける医療ではありません。ただし、小腸移植は改良せねばならない点の多い医療というわけではなく、技術面では既にブラッシュアップがなされています。
そのため、当院では1~2年前に症例数を求める先進医療での実施を中止し、直接外科系学会社会保険委員会連合(外保連)を通して保険適用を目指す方向へと方針を転換しています。
次の記事『小腸移植の成功率と具体的な手術方法、入院期間-移植後の拒絶反応を早期発見するために』では、小腸移植の具体的な方法や当院の症例数、今後の展望についてお話しします。
東北大学 大学院医学系研究科 発生・発達医学講座小児外科学分野 准教授 、東北大学病院 小児外科 副科長
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