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核医学の将来を見据えて-アジア・オセアニアで国際共同治験を行っていく時代に

核医学の将来を見据えて-アジア・オセアニアで国際共同治験を行っていく時代に
井上 登美夫 先生

医療法人 沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院 先端医療センター センター長

井上 登美夫 先生

この記事の最終更新は2017年09月14日です。

1990年代後半、がん診療の現場でPET検査が行われるようになり、核医学は日本において飛躍的な進歩を遂げました。今後はアルツハイマー型認知症の検査に核医学の技術が応用できるのはないかと、第57回日本核医学会学術総会(2017年10月)大会長の井上登美夫先生はおっしゃいます。井上先生はこの学会において、核医学の対象症例が絞り込まれていく傾向にある今、アジア・オセアニア諸国が手を携えて臨床試験や治験を行っていく必要があることを訴えかけていきたいと語ります。衰退と隆盛を繰り返す核医学のこれまでと将来の見通し、さらには第57回日本核医学会学術総会において焦点を当てたいアジア・オセアニア全体の課題について、井上先生にお伺いしました。

PET検査

記事1『核医学検査の歴史-CTやMRIの登場により放射線画像診断はどう変わったか?』では、1970年代~80年代に隆盛を極めた核医学検査についてお話ししました。続く1990年代に入ると、多方向から同時に放射線を放出して断層映像を得られるPET検査装置が、特にがん診療の現場で用いられるようになりました。

PET装置自体は、既に1980年代から存在していました。しかしながら、PET装置を用いた核医学検査はあくまで「研究の域」を出ることはなく、当時私が在籍していた群馬大学においても、もっぱら脳のFDG-PET検査を基礎研究として行っていました。FDG(フルオロデオキシグルコース)とはブドウ糖の集積をみるために使用されるPET検査薬のことです。

1980年代当時は、医療技術だけでなくコンピュータ技術など、何もかもが現在に比べて未成熟な状態にありました。そのため、FDGを作るために必要な機器にもしばしばトラブルが起こっていたものです。

ところが1990年前後にコンピュータ技術が飛躍的な革新を遂げ、カメラの開発も進んだことで、1990年代にはPET装置により全身の画像を撮ることができるようになりました。

さらに、FDGが脳の病変だけでなくがんにも集積することが証明され、基礎研究や動物実験により安全性も確認されたため、人に対するがんの領域でも臨床応用が始められたのです。

ここまでに述べてきたように、新たな薬剤と新たなカメラは時代に応じてセットで登場し、核医学の世界を進歩させてきました。

私が医師となった1970年代後半にはアンガー型ガンマカメラとテクネチウムジェネレータが核医学の中核をなしていましたが、1990年代には全身を撮影できるPETカメラとFDGががん診療領域で飛躍的に普及しました。

核医学の歴史は、ある技術の衰退期にまるで「救世主」のごとく新規技術が現れ続けたことにより、今日まで維持されてきたのだと感じています。

日本

1990年代半ば、山梨県に位置する「ハイメディック山中湖」が、世界ではじめてがんの早期発見のためにPETを使った検診を導入したことで、日本の核医学は世界とは異なる独特の進化を遂げることとなります。ハイメディック山中湖で始まったこの検診システムは、会員制で「山中湖方式」と呼ばれ、2017年現在でも東京大学、京都大学、日本医科大学等と連携しながら、任意型健診として行われています。

当初、自由診療として始められたPET検査を用いた検診は、がんの早期発見という実績を積み、マスメディアを通して多くの一般生活者から注目されるところとなりました。

現在では、PET検査の保険適応範囲は大きく拡大し、さまざまながんのステージや転移、再発などの診断に用いられていますが、日本ではじめて保険診療によりがんのPET検査を行えるようになったのは、2000年代に入ってからのことだったのです。

この間には、PET検査の精度に対する批判の声も多々ありました。実際に、当時のPETカメラでは、直径数ミリほどの非常に小さな腫瘍を正確に捉えることは困難だったのです。

ところが、PET検査が衰退するかと思われたこの時期にPET-CTが開発され、がんの診断精度は飛躍的に向上しました。PET-CTとは、PETとCTを一度に撮影できる機器であり、PETの機能診断とCTの形態診断の融合が可能になったハイブリットの画像検査といい換えることもできます。

こうして、またしても下火になりかけていた核医学は息を吹き返すこととなったのです。

脳

現在、臨床応用に最も近い位置にあるとして、大きな期待が寄せられている核医学検査は、アミロイドβタンパクのPET検査です。アルツハイマー型認知症の原因は、脳にアミロイドβタンパクが沈着することであると考えられています。したがって、アミロイドβタンパクのPET検査により、アルツハイマー型認知症を正確に診断できるようになる可能性があります。今後、アルツハイマー型認知症の根本的な治療薬が開発され、治療が確立されていけば、アミロイドβタンパクのPET検査も保険収載されるのではないかと期待しています。

核医学は、その長い歴史のなかで幾度もメインプレイヤーを替えながら生き延びてきました。記事1『核医学検査の歴史-CTやMRIの登場により放射線画像診断はどう変わったか?』では、いまやほとんど知られなくなった肝シンチグラフィや脳シンチグラフィについてお話ししました。その点、骨の病気やがん骨転移を調べる骨シンチグラフィは、長期に渡り普遍的な存在として臨床現場で用いられてきました。しかし、最近になり乳がんのガイドラインが改定されたことで、骨シンチグラフィにも陰りがみえ始めています。

また、骨シンチグラフィと並び、核医学のメインプレイヤーとして認識されていたガリウムシンチグラフィも、FDG-PETの台頭により勢いを失いました。

手と手をつなぐ

メインプレイヤーの交替という歴史を繰り返すことで、必然的に多岐的な領域の人と人、技術と技術が結びつきます。核医学とは、多領域の専門家や技術が学際的に連携することで、今日まで維持され続けているのです。

私たちが第57回日本核医学会学術総会のメインテーマを「核医学の明るい未来に向けて」、英語では”Connecting people for the bright future of Asia-Oceania nuclear medicine”とした理由は、核医学が人と人との結びつきにより成り立っているからにほかなりません。

今年2017年10月に開催される第57回日本核医学会学術総会もまた、未来の核医学を考える人と人とを結びつける場としたいと切望しています。

現在、核医学の世界では、臨床試験や治験の手法を国際標準的なものへと変えていこうという動きがあります。しかしながら、日本を含むアジア・オセアニア圏の国々では、これらの国際標準化は遅れているといわざるを得ません。

臨床試験のスキームや考え方がアメリカ式のものへと移行することで、核医学の対象症例は必然的に狭まっていきます。そのため、今後は一か国のみで核医学に関する強いエビデンスを作ることは困難になっていくと考えられます。したがって、核医学の将来を見据えると、アジア・オセアニアの専門家同士が共にエビデンスを作っていくという意識を持ち、国際標準化に向けて動いていくことは不可欠といえます。今大会では、国際基準を学んだうえでの多国間共同治験の必要性についても、積極的に訴えかけていきたいと考えています。

また、アジア・オセアニア核医学会学術会議は比較的新しい組織であり、欧米の核医学会と比較すると、ガバナンスが取れていないという課題があります。

これまで、日本の核医学会は欧米諸国にばかり目を向けており、自身の所属するアジア・オセアニア圏の核医学会を取りまとめるという意識が欠落していました。これは、日本の核医学会の反省点ともいえるでしょう。現在、アジアの核医学領域を主導しているのは韓国ですが、日本も自国の経験とノウハウを活かし、アジア・オセアニア核医学会学術会議を牽引していく役割があると感じています。

第57回日本核医学会学術総会のキーノートスピーカーは、IAEA(国際原子力機関)にて第5代目事務局長を務める天野之弥(あまの ゆきや)氏です。IAEAは核医学に非常に大きく貢献している国際的な機関であり、そのトップとして活躍されている天野氏に登壇していただけることの意義は計り知れません。

また、IAEAは原子力の平和利用を促進したことでノーベル平和賞を受賞している稀有な組織であり、そのリーダーを日本人が務めているということは、日本の医療者、技師の方にとって、大きな励みとなるのではないかと考えています。ぜひ、未来の核医学を考える多くの方にお集まりいただきたいと願っています。

第57回日本核医学会学術総会の公式WEBサイトはこちら(外部サイトへ移動します。)

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