心臓移植とは、他の方の心臓を自身の心臓として植え込むことで延命とQOL(生活の質)の向上を目指す治療法です。国立循環器病研究センター病院の移植医療部 部長である福嶌 敎偉(ふくしま のりひで)先生は、長く心臓移植に携わっていらっしゃいます。
近年では、心臓移植における外科医と内科医の連携など、新たな取り組みを始めています。
今回は、国立循環器病研究センター病院の福嶌 敎偉先生に、心臓移植後の治療や注意点、今後の展望についてお話しいただきました。
橋渡し治療(Bridge to Transplant: BTT治療)とは、移植の待機中に、自らの心臓では循環を維持することができなくなった際に、人工心臓などの機械を適応する治療法です。
人工心臓には2種類あります。体外に取り付ける体外設置型と体内に取り付ける植込み型人工心臓です。昔であれば、体外式の人工心臓を取りつけるケースが多かったのですが、承認を受けた人工心臓の種類の増加に伴い、近年では体内に取り付ける植込み型人工心臓の適応が増加しています。
人工心臓は、近年ではなるべく早期に適応することで、その後の治療成績がよくなるケースが増えているでしょう。たとえば、腎臓や肝臓の状態が悪くなった段階で人工心臓をとりつけ、心臓が回復したらはずすというケースもあります。
これまで、人工心臓は、あくまで移植を前提とした治療法でした。しかし、近年、永久使用の人工心臓の臨床試験が開始されています。効果が認められ保険適用になれば、多くの方を救う治療法の一つになる可能性もあるでしょう。
移植後は、月に一度通院していただき、検査を受けていただきます。主に採血や心電図、レントゲン検査などを通して異常がないか確認します。さらに、年に一度は必ず入院をし心筋生検(心臓の組織を採取し調べる検査)を行います。
この心筋生検は、移植後最初の一年間は、一人の方につき年間11回ほど受けていただくことになります。
心臓移植を受けた方は、複数の薬を一生涯服用することになります。特に、免疫抑制剤の服用は非常に重要です。移植を受けた方は、他の方の心臓が体内に入ることで免疫システムが働き、心臓を攻撃してしまう拒絶反応が起こる危険性があります。このような拒絶反応を防ぐためには、免疫システムを抑制する免疫抑制剤を飲み続けなければなりません。
免疫抑制剤とは別に、感染症を防ぐ薬や、高血圧や糖尿病の治療薬も飲まなくてはいけないケースもあるでしょう。
お話ししたような薬の服用は、きっちりと時間を守っていただくことが重要です。ほかにも、日常生活で守っていただかなくてはいけないことがあります。
まず、下痢を起こさないよう注意しなくてはいけません。下痢をすると、飲んだ薬が吸収されなくなってしまいます。免疫抑制剤が吸収されなくなると、拒絶反応が起こってしまう危険性があります。このため、下痢を防ぐために生ものを食べないことが重要です。たとえば、刺身や生卵、お寿司などの生ものはすべて禁止です。
また、喫煙や飲酒は控えていただきます。さらに、移植後は免疫抑制剤を服用しているために感染症に罹患しやすくなります。そのため、人混みではマスクを着用し、手洗い・うがいを徹底する必要があるでしょう。
移植を受けた方のなかには、スポーツを楽しむ方も少なくありません。私が担当した患者さんのなかには、水泳やトライアスロンに取り組んでいる方がいらっしゃいますし、富士山の登頂に成功した方もいらっしゃいます。
最近でも、スポーツ大会で一緒にバドミントンをした方もいらっしゃいます。お話ししたような約束や薬の服用をきちんと遵守していただければ、スポーツは可能と考えてもらってよいでしょう。
心臓移植は今後ますます増加すると考えられています。しかし、現状で心臓移植を実施できる医療機関は限られています。特に、これまでに100例近くの心臓移植の実績を有する主要施設は全国でも3施設(国立循環器病研究センター病院・東京大学医学部附属病院・大阪大学医学部附属病院)のみです。これまで以上の移植を実施するためには、体制を変える必要があると考えています。
体制を変えるために重要になるものが、内科医と外科医の連携であると考えています。心臓移植は、数が少ないこともあり、昔から外科医が術前術後の管理も担当していました。しかし、私は内科医との連携が重要であると考えています。患者さんの管理を得意とする内科医と外科医の連携体制を築くことができれば、よりスムーズに多くの方の移植を実施することができるからです。
たとえば、私たち国立循環器病研究センター病院では、心臓移植の手術以外の管理は、すべて循環器内科医が担当しています。
私は、このようなシステムを日本中に作りたいと考えています。実現することができれば、より多くの心臓移植の実施につながるのではないでしょうか。
心臓移植の方のなかには、人工心臓が適応となるケースも少なくありません。人工心臓の課題は、機械が動かなくなってしまった場合、意識を失い重篤な状態に陥る可能性があることです。そのため、人工心臓の適応には、24時間介護者がいるという条件がついています。しかし、単身者もいらっしゃいますし、家族が介護のために仕事を辞めざるをえないケースもあるでしょう。
今後はいかにサポートする制度を整備していくかが課題となると考えています。たとえば、自宅以外で一定期間サポートを受けることができたり、家族以外の方にみてもらえたりするような制度を整備する必要があるのではないでしょうか。
少し話は逸れますが、心臓移植を数多く実施している施設には、心臓移植を受けた方たちの交流会があります。私たちは、臓器移植を受けた子どもたちのサマーキャンプを毎年開催しており、全国の移植を受けた子どもたちとご家族が交流できる楽しいイベントになっています。
心臓移植を受けた子どもたちは、感染の危険があるために泥遊びを禁止されるなど、日常生活の制限を守りながら生活しています。同じような制限を守りながら生活しているほかの子どもたちと交流することは、励みや癒しになるのではないでしょうか。
また、お子さんをサポートするご家族にとっても、お子さんへの理解を深め不安を軽減させるよい機会になると思っています。たとえば、子どもの頃に移植を受け大人になった方をお招きし、思春期にどのようなことに悩んでいたかお話しいただくこともあります。また、ご家族のお悩みを医師に相談できる貴重な機会にもなっています。
繰り返しになりますが、心臓移植は今後ますます増加すると思っています。心臓移植を担当する施設の体制や移植を受けた方をいかサポートすることができるか、仕組みを変えていく必要があるのではないでしょうか。
私たち国立循環器病研究センター病院は、良好な心臓移植の治療成績を誇っています。心臓移植を始めた当初から、ドナーの方からいただいた命を大切に扱ってきました。同じように、移植を受けていただく患者さんにも、いただいた命を大切に生かしていただくよう指導しています。
今後もこの姿勢は変わりません。将来的に日本における心臓移植件数が増加したとしても、変わらず、大切な命を生かしていただくよう取り組んでいきたいと思っています。
国立循環器病研究センター病院 移植医療部 部長・臨床栄養部長(併任)
国立循環器病研究センター病院 移植医療部 部長・臨床栄養部長(併任)
子どもの頃に、和田心臓移植(1968年に和田寿郎教授が主宰する札幌医科大学胸部外科チームによって行われた心臓移植)を知り、死体臓器提供の難しさを感じたことがきっかけとなり、医学部へと進学。小児心臓外科の研修中に、どんなに良い手術や治療をしても助からない子どもがいることを知る。同じ頃、米国のBailey教授がヒヒからの異種心臓移植に続き、ヒトからヒトへの新生児心臓移植を成功させたことを知り、今患者さんを助けるためには心臓移植を行えるようにしなければならないと決意。
\nその後、大阪大学での心臓移植実施の準備を行い、1991年にロマリンダ大学に留学しBailey教授の指導を仰ぐ。1999年2月に心臓移植再開例で心臓の摘出を担当し、改めて臓器提供者(ドナー)に対する敬意を深めるとともに、現在もドナーに敬意を払えるような移植医療体制をつくることに尽力している。
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福嶌 敎偉 先生の所属医療機関
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