記事1『心臓移植とはどのような治療法か-適応される患者さんや待機中の治療とは?』では、心臓移植の適応となる患者さんの状態や移植待機中に患者さんが気をつけるべきことなど、心臓移植の概要についてお話いただきました。
「心臓移植とは自宅で安静を続けていくような治療法ではなく、最終的には患者さんを元気に社会へ復帰させることが目的」と語るのは、長年心臓移植に携わってこられた東京大学医学部附属病院の小野稔先生です。移植後の患者さんの治療や生活を中心に、引き続き小野稔先生にお話いただきました。
心臓移植と聞くとリスクが高いイメージを持たれるかもしれません。しかし、日本での心臓移植後の10年生存率は90%と非常によい成績です。欧米の10年生存率が55%なので、世界と比較すると、日本の心臓移植は非常にレベルが高いと言えるでしょう。
今後はさらに生存率が高くなると考えられており、将来的に日本では20年生存率が50%ほどになると予想されています。日本では現在、心臓を移植して15年以上生存されている方が数名います。
これはあくまでも推測ですが、世界の中でも日本の生存率が高い理由には、日本では健康保険でカバーされる範囲が広く、移植後の検査などを細かくフォローできることが関係していると思います。
また、日本人の患者さんは概して真面目なので、医師が指導する治療をしっかり実践してくれることも非常に大きいと思います。移植後は、免疫抑制剤をきちんと飲むことが非常に大切になります。免疫抑制剤をきちんと飲むことは、移植された心臓を正常に維持することにつながります。一方、免疫抑制剤の副作用として高血圧や糖尿病など生活習慣病のような症状が出る場合があります。副作用を顕在化させないためには、移植された方の食生活を管理することが重要になります。つまり、日本の生存率の高さの背景には、服薬をはじめとした治療の遵守と食生活の管理があるのではないでしょうか。
移植手術自体は成功したものの、心臓移植後に残念ながら亡くなってしまう患者さんもいらっしゃいます。日本ではこれまで心臓移植者数310数名の実績があります。これまでに20数名の方が亡くなられていますが、その約半数は感染症によるものです。
感染症に次いで多いのは、がんによって亡くなる患者さんです。心臓移植後は、免疫抑制剤を使用するため免疫機能が落ちてしまいます。免疫機能の低下はがんの発生につながりやすくなります。心臓移植をしてから10年程度が経った患者さんは、一般の方の2.5倍の発がん率だといわれています。
それがわかっているので、担当医師はがんの発生にかなり気を使いながら診察をします。しかしながら残念ですが、ある程度がんが進行してしまった状態になってから見つかることもあります。
移植後の早期に多臓器不全や拒絶反応で亡くなる方は、日本の場合はほとんどいらっしゃいません。手術関連死もゼロではありませんが、非常に少ないです。このように、日本の心臓移植後の予後は世界の中でも最も優れています。
先ほどもお話しましたが、心臓移植の手術の後は、免疫抑制剤を正確に飲まなければいけません。例えば、免疫抑制剤が体の中で効いている状態を一定にするために、食事に関係なく12時間ごとに飲む必要があります。まずは免疫抑制剤の飲み方を覚えていただき、飲み忘れたり飲み間違えたりということをなくしていただきます。具体的には、薬の名称と量を覚えていただいています。
TDMと呼ばれるドラッグモニタリングをきちんと実施しています。これは、実際に治療を受けている患者さんの血中濃度を測定し、その結果を見ながら薬の量を増減していく手法です。免疫抑制剤はTDMをきちんと実施しないと、効いていない場合は拒絶反応が起こり、効きすぎると感染症などの合併症が起こりやすくなります。
また、感染症予防のための注意点や生活上気をつけるべきこと、食事管理のポイントも覚えていただきます。同時に術後のリハビリを行い、退院となります。東京大学医学部附属病院の場合、だいたい心臓移植後4〜6週間で自宅退院できるように配慮しています。
退院後は、拒絶反応のモニタリングのために、心筋生検(心臓の筋肉を取り顕微鏡で確認する検査)を定期的に実施します。心筋生検の頻度は施設により異なりますが、最初の1か月は毎週1回実施し、次の2・3ヶ月目は2週ごとに1回おこなうのが一般的です。4〜6か月目は1か月に1回おこない、半年間で11回が目安となります。その後、拒絶反応がなければ半年ないし1年に1回の通院になります。
心筋生検では入院して頂くようにしています。心臓移植後1か月で退院した場合、2週間ごとに再度入院していただくことになります。2、3日検査入院をしては自宅退院することを繰り返し、3か月を過ぎると毎月1回ずつ入院となります。だいたい移植後半年たつと復職・復学されますが、早い方だと3か月目から復職するという方もいらっしゃいます。
感染症を予防するために1年ほどはマスクを着用していただくなど気をつけるべきことはありますが、ほぼ通常通りの生活をすることが可能です。最も気をつけるべきことは、感染症です。インフルエンザが流行る時期などは特に注意が必要です。
お話してきたような免疫抑制剤をきちんと12時間ごとに飲んでいただくことが重要となります。また、食生活については、お刺身やお寿司などの生ものは健常者と比べると食中毒になりやすいため禁止しています。さらに、猫や鳥など感染症につながるようなペットも飼わないよう指導しています。
心臓移植をすると、通常の生活に戻ることができます。そもそも自宅でおとなしくしているような治療法ではありません。お話したように、大半の方が移植後半年もしたら通常の生活に戻ります。復職や復学を果たし、移植をしたかどうかわからないくらい元気な生活をしている方が大多数です。
お話してきたように、日本の心臓移植の成績は非常に良好ですが、今後さらに生存率が高くなると思われます。しかし、心臓移植は脳死の患者さんからの臓器提供がなければ行うことができません。日本では、心情や死生観などさまざまな事情が障害となり十分で円滑な臓器提供につながっていないのが現状です。
心臓移植には、患者さんが元気になり社会復帰をするという社会還元と社会貢献の役割があります。医学的に命を助けるという以上の意味合いがあるのです。補助人工心臓でももちろん重症な心不全を管理することはできますが、現時点では限界があります。できるだけ多くの重症の心不全の方が心臓移植を受けて元気を取り戻し、日常生活に復帰させられる体制を今後日本でも構築していければと思います。
東京大学医学部附属病院 医工連携部 部長、東京大学医学部附属病院 心臓外科 教授
日本心臓血管外科学会 心臓血管外科専門医・心臓血管外科修練指導者日本外科学会 外科専門医・指導医日本循環器学会 循環器専門医日本胸部外科学会 指導医
東京大学医学部、米国オハイオ州オハイオ州立大学心臓胸部外科臨床フェローを経て東京大学医学部附属病院心臓外科で教授を務める。心臓外科の中でも特に重症心不全の治療を専門とし、補助人工心臓、心臓移植を含めた治療を行っている。それらにおいて日本有数の症例数と成績を誇り、国際学会においても高い評価を受ける。東京大学医学部附属病院心臓外科の治療を求め日本全国から集まる患者さんたちのため、日々治療に力を尽くしている。
小野 稔 先生の所属医療機関