ゴーシェ病は、先天代謝異常症であるライソゾーム病に属する疾患のひとつです。先天代謝異常症とは、生まれつき代謝が障害される疾患の総称です。先天代謝異常症のうち、ライソゾームと呼ばれる細胞内小器官(細胞の内部の構造体)にある酵素が生まれつき欠損するために生じる疾患を総称し、ライソゾーム病と呼びます。
このライソゾーム病のひとつにゴーシェ病があります。ゴーシェ病は、グルコセレブロシドと呼ばれる糖脂質を分解するはたらきをもつグルコセレブロシターゼという酵素の機能が低下するために生じる疾患です。
東京慈恵会医科大学附属病院の井田 博幸先生は、ライソゾーム病の研究や診療に長く携わっていらっしゃいます。井田 博幸先生によると、ゴーシェ病の症状や重症度は患者さんごとに大きく異なるそうです。では、ゴーシェ病を発症すると、どのような症状が現れるのでしょうか。
今回は東京慈恵会医科大学附属病院の井田 博幸先生に、ライソゾーム病のひとつであるゴーシェ病の原因や症状についてお話しいただきました。
ゴーシェ病は、先天代謝異常症であるライソゾーム病に属する疾患のひとつです。
人の体には、物質を変化させる代謝というはたらきがあります。たとえば、私たちが食べたものは、代謝という過程を経て、髪の毛や筋肉など体に必要な物質に変換されています。このように、人の体内ではさまざまな細胞が代謝という過程を通して新たな物質を生成し、体の成分やエネルギーを産生しています。この代謝の過程には酵素という物質が必要です。したがって、酵素が欠損したり機能が低下したりすると、代謝過程が障害されます。このような病因でおこる疾患を先天代謝異常症と呼びます。
先天代謝異常症のうち、ライソゾームと呼ばれる細胞内小器官(細胞の内部の構造体)に存在する酵素が生まれつき欠損するために生じる疾患を総称し、ライソゾーム病と呼びます。
ライソゾーム病は、欠損する酵素の種類によって疾患が分けられ、それぞれ症状も異なります。そのなかのひとつがゴーシェ病です。
ゴーシェ病は、糖脂質を分解するはたらきをもつグルコセレブロシターゼと呼ばれる酵素の機能が低下するために生じる疾患です。グルコセレブロシターゼがうまくはたらかないために糖脂質のひとつであるグルコセレブロシドが分解されず、肝臓、脾臓(ひぞう)、骨髄などに蓄積することで肝臓や脾臓の腫れ、骨の痛みなどの症状が現れる遺伝性の疾患です。
ゴーシェ病の発症に男女差は認められていません。また、発症の年代は多岐にわたります。乳児期に発症する方もいますし、原因となる遺伝子を持ちながらも60代で初めて症状が現れる方もいます。日本の発症頻度は、年間4〜5名程度といわれています。
ゴーシェ病は遺伝性の疾患であり、グルコセレブロシターゼと呼ばれる酵素をつくる遺伝子の異常が原因で起こります。
ゴーシェ病は、常染色体劣性遺伝と呼ばれる遺伝形式で伝わります。グルコセレブロシターゼの遺伝子は、1番染色体(染色体は遺伝子の乗り物と呼ばれ、DNAが存在しています)に局在しています。遺伝子は両親から引き継がれた2本のDNAから成り立っていますが、常染色体劣性遺伝の場合、2本のDNAの両方に変異が存在すると発症します。
片方のDNAにのみ異常がある場合にはゴーシェ病の症状は現れません。このような2本のDNAのうち1本に異常がある人を保因者(キャリア)と呼びます。保因者同士の結婚により理論的には4分の1の確率でゴーシェ病の子どもが生まれます。
ゴーシェ病は、神経症状の有無やその重症度によって、3つの病型に分類されます。病型によって、現れる症状や進行スピード、重症度が大きく異なる点が特徴です。
Ⅰ型は、乳児から高齢者まで幅広い年代で症状が現れますが、神経症状を認めない点が特徴です。主な症状は、肝臓や脾臓が腫れること、血小板(血液に含まれる細胞成分であり、止血する役割を持つ)の減少、骨の痛みなどの骨症状などです。疾患の重症度は患者さんにより異なりますが、治療を受け続ければ通常通りの社会生活を送ることができるケースが少なくありません。生命の維持にも影響がないケースが多く、高齢まで生きられる方が多いといわれています。
Ⅱ型の患者さんは発症時期が乳児期であり、進行スピードが非常に速い点が特徴です。以前は、2歳までに亡くなってしまうケースがほとんどでしたが、最近では支持療法(症状を軽減させるための治療)により、寿命は延長しています。主な症状は、生後3〜4ヵ月頃から出現する喘鳴(ぜんめい:呼吸時にゼイゼイ、ヒューヒューなどと音がすること)、哺乳困難などの球マヒ症状、眼球運動障害、筋緊張亢進などの急速に進行する神経症状と肝臓や脾臓の腫れです。
Ⅲ型は、Ⅱ型と同様に神経症状が現れますが、Ⅱ型よりも緩やかに進行する点が特徴です。重症度や症状もさまざまで、あらゆる状態の患者さんがいますが、主にⅠ型に近いケースとⅡ型に近いケースに分かれます。症状がどちらに近いかによって、予後は大きく異なります。Ⅱ型に近い患者さんは、神経症状が早くから現れ、重症化することが多いといわれています。一方、Ⅰ型に近い患者さんは、神経症状が出現しますが、発症は遅く進行も緩やかで、予後も比較的良好であるといわれています。
病型に関係なく、ゴーシェ病の患者さんに現れる典型的な症状は、肝臓と脾臓が腫れることです。特徴的なのは、脾臓が腫れることです。肝臓は他の疾患でも腫れることがありますが、脾臓が腫れる疾患はまれであるからです。ゴーシェ病では、グルコセレブロシドという糖脂質が蓄積され脾臓がどんどん大きくなっていく点が特徴です。
主にⅠ型の患者さんとⅢ型の患者さんの一部に現れる症状が骨症状です。患者さんによって現れる症状は異なりますが、骨の痛みや骨変形、骨の壊死(組織が死んでしまうこと)や骨粗しょう症を起こします。
Ⅱ型とⅢ型の患者さんには、神経症状が現れます。特に、Ⅱ型は、神経症状が他の症状に先行するといわれています。神経症状としては、飲み込みが悪くなったり、けいれんが起こったりすることに加え、発達の遅れがみられます。この神経症状がいつから現れるかで予後は大きく異なるといわれています。たとえば、乳児期に神経症状が現れるケースと小児期に神経症状が現れるケースを比較すると、後者の方が予後は良好です。
ゴーシェ病は、世界的にみるとユダヤ人に多い疾患です。しかし、ユダヤ人と日本人のゴーシェ病は、原因となる遺伝子変異が異なるために、発症年齢や症状も大きく異なることがわかっています。
ユダヤ人の患者さんの多くは、成人に発症し、神経症状がないⅠ型であるといわれています。軽症の方が多い点もユダヤ人のゴーシェ病の大きな特徴です。
一方、日本人は5歳以下で発症し、神経症状を伴うケースが多いことがわかっています。さらに、生命に関わるほど重症化するケースが多いことも、日本人のゴーシェ病の大きな特徴です。
ゴーシェ病の診断と治療については記事2『ゴーシェ病の診断と治療-ゴーシェ病の患者さんが注意すべきこととは?』をご覧ください。
学校法人慈恵大学 理事/東京慈恵会医科大学 特命教授
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