2020年12月11日、希少疾患である“ライソゾーム病”を専門とする2人の医師によるWEB市民公開講座が開催されました。講演者は、千葉県こども病院 代謝科の村山 圭先生と、東京慈恵会医科大学小児科学講座 主任教授の井田 博幸先生です。
村山先生からは、ライソゾーム病の治療継続中に行われる定期検査の重要性について、井田先生からは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防方法や患者さんの心構えについてご解説いただきました。患者さんの質問に先生たちが回答するQ&Aセッションも行われたWEB市民公開講座。当日の講演内容をレポートします。
目次
『自分を知ろう! 病気に合わせた定期検査の重要性』村山 圭先生
・ライソゾーム病とは?
・ゴーシェ病の検査
・ファブリー病の検査
・ムコ多糖症の定期検査
・ポンペ病の定期検査
・新型コロナウイルス感染症の流行下で治療は継続できる?
・ライソゾーム病の患者さんからの質問と村山先生の回答――Q&Aセッションより
・ファブリー病による手足の痛みの対策(ファブリー病の疑いのあるお子さんを持つご家族より)
・CVポートを入れての治療について(ムコ多糖症の患者さんより)
・呼吸器と気胸について(ポンペ病の患者さんより)
『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)-病院の対応と患者さんの心構え-』井田 博幸先生
・新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とは?
・新型コロナウイルス感染症を重症化させる主な因子
・新型コロナウイルス感染症対策の基本
・東京慈恵会医科大学附属病院の新型コロナウイルス感染症対策
・受診を抑制するとどんなリスクがある?
・新型コロナウイルス感染症流行による先天代謝異常症への影響
・ライソゾーム病の患者さんからの質問と井田先生の回答――Q&Aセッションより
・新型コロナウイルス感染症にかかったときの治療の継続について(小児科で治療を受けている患者さんより)
・新型コロナウイルス感染症の重症化について(ムコ多糖症予備軍と診断された患者さんより)
講演者は、千葉県こども病院 代謝科の村山 圭先生です。村山先生は、小児科の医師としてライソゾーム病の診療に携わっていらっしゃいます。ライソゾーム病がどのような病気か、そして、それぞれの病気の治療継続中に行われる検査についてご解説いただきました。
細胞にある小さな器官である“ライソゾーム”には、細胞内の不要な物質を分解するはたらきがあります。いわば、細胞内の清掃工場あるいはリサイクル工場のような役割を担っているのです。ところが、ライソゾームにある分解酵素が遺伝子の変化に伴ってはたらかなくなると、本来分解される糖脂質がライソゾームに蓄積されるようになります。その結果、細胞障害や臓器障害を起こす疾患群が先天代謝異常症であるライソゾーム病です。
ライソゾーム病はゴーシェ病、ムコ多糖症、ポンペ病、酸性リパーゼ欠損症、ファブリー病などの病気の総称で、現在、日本で指定難病の1つとされています(2020年12月時点)。
ライソゾーム病は、創薬開発が極めて盛んな領域です。したがって、今後多くの治療法が登場することが期待されています。現状で治療がある、ないにかかわらず、ご自分の病気や現在の体の状態を知ることは、生活の幅を広げていくうえで非常に重要なことだと思います。それでは、実際の病気を挙げながら、さまざまな検査をどのようなタイミングで行っていくのがよいかご紹介していきます。
ゴーシェ病の診療ガイドラインでは、身長、体重、肝脾腫(肝臓や脾臓が肥大化すること)を3か月ごとに検査するよう推奨されています。また、神経学的検査を半年ごと、赤血球・白血球・血小板の状態を確認するための血液検査を3か月ごと、バイオマーカーあるいは肝機能、腎機能、電解質、骨代謝などを確認するための血液検査を3〜6か月ごとに行うことが望ましいとされています。それから1〜2年に1度、腹部や骨密度などを確認するための画像検査や聴力検査を行うことが望ましいとされています。
定期的に検査を受けることで、自分の状況を客観的に知り、今後の治療法を主治医の先生と共に考えていくことが重要です。
ゴーシェ病には、いくつかの合併症が知られています。合併症が疑わしい場合には、それに応じた検査を行います。たとえば、急性骨クリーゼ症が疑わしい場合には、骨折していないか確認するために骨のX線を撮影します。また、肺炎の可能性がある場合には、胸部X線検査あるいはCT検査を行うことがあります。肝臓や腎臓の病変が疑わしい場合には腹部超音波検査を、心筋症など心臓の合併症の可能性が考えられる際には胸部X線検査に加えて、心電図や心臓超音波検査、心臓カテーテル検査などを行います。
ファブリー病では心不全や腎不全、脳卒中など、命に関わるような症状が現れることがあります。これらの合併症に応じた検査は、半年に1度行うのがよいでしょう。検査によって前もって予防できる可能性があるため、しっかりと検査を行うことが重要だと思います。
ファブリー病の患者さんと主治医の先生が病気について話し会うためのサポートツールも登場しています。サポートツールは主治医の先生にリクエストしていただければ、製薬会社から取り寄せて配布可能となっています。
重要なことは、現れている症状について認識をして、現在の状況をしっかりと把握することです。たとえば汗をかきにくくなった、手足の痛みがひどくなった、下痢をしやすい、など何か気になる症状があればいつでも主治医の先生に相談してほしいです。
ファブリー病重症度スコアリングシステム(DS3)スコアも登場しています。DS3スコアとは、現時点での患者さんの状態に関するさまざまな項目を点数化したものです。点数化することによって、状態が改善しているのか、それとも悪化しているのか判断することができます。また、点数をつけることによって、病院や担当医が変わったり、循環器科などほかの診療科を受診したりする場合にも、医療者が患者さんの状態を的確に把握することが可能になります。こういったものを利用していくのもおすすめです。
ファブリー病には、最新のバイオマーカーであるLyso-Gb3が登場しています(2020年12月時点)。Lyso-Gb3は、ファブリー病の治療効果を判定する際に有効である可能性が示されています。ファブリー病の治療薬を使っている患者さんであればどなたでも測定可能になっていますので、主治医の先生に問い合わせてみてほしいと思います。
ムコ多糖症では、さまざまな症状が現れます。症状に合わせて、各診療科が連携しながら定期検査を行うことが大切だと思います。たとえば、私たち小児科で酵素補充療法を行いながら、角膜混濁などがあれば眼科の医師が、鼻炎や鼻閉、中耳炎があれば耳鼻科の医師が、心臓の病気は循環器内科の医師が、呼吸器の障害は呼吸器内科の医師がそれぞれ診療を行うという連携が大切です。
ポンペ病は、3〜6か月に1回程度、筋力検査や呼吸機能検査、運動機能検査、血液検査、全身の検査などを行い、主治医の先生と相談しながら状態を把握していくのがよいと思います。
自分で確認できる症状もあります。たとえば、ジャンプしたときに足がきちんと地面から離れるか、起き上がるときに手を使うか、階段を上がるときに反動をつけたり手すりを持たないと上がれなかったりしないかなどを確認してください。このように自分でチェックできる項目については、日常生活で常に確認しながら過ごしてほしいと思います。
新型コロナウイルス感染症の感染が拡大するなか、日本先天代謝異常学会は、2020年5月に先天代謝異常症の方たちに向けてある見解を発表しています。主に小児の患者さんに対して、保護者の方の感染防止が重要ということを示しています。それから、医療的なケアが必要な患者さんや移植後の患者さんの体調が悪化したときには、受診控えをすることなくきちんと受診するようにというメッセージを発信しています。
またライソゾーム病の研究代表者である、国立成育医療研究センターの奥山 虎之先生は、同じく2020年5月に酵素補充療法に関しての提言を出されています。基本的に酵素補充療法を継続していくことが大切ですが、やむなく酵素補充療法の回数を減らしたり在宅の酵素補充療法を検討したりする場合には、主治医の先生とよく話し合ってほしいというメッセージを発信されています。
新型コロナウイルス感染症の流行や自然災害など、治療中にはいろいろなことが起こりますが、決して1人ではないということを忘れないでください。私たちも一緒に知恵を出しながら患者さんやご家族の皆さんと一緒に進んでいきたいと思っています。
質問:ファブリー病の疑いのある中学生の息子がいます。病気による手足の痛みに対する対策方法があれば教えてください。また、今後の学業の継続に関してアドバイスもいただきたいです。
回答:もしもファブリー病だった場合、病気による疼痛は、軽いものもあれば、なかなかコントロールすることが難しいものもあります。まずはファブリー病かどうか見極めていくことが重要だと思います。そのうえで、ファブリー病の痛みに対しては、薬や酵素補充療法などさまざまな治療法があります。主治医の先生と相談しながら、これらの治療を行っていくことが大切です。痛みをコントロールできれば普通の生活ができるようになっていきますが、そうではない場合もあるため、学業の継続に関しては学校の先生ともしっかりと連携していくことが重要だと思います。
質問:点滴を頻繁に行うことで静脈の虚脱が起こると同じ血管での点滴ができなくなると聞き、点滴の痛みやもれなどを考慮し、CVポート*を入れることを検討しています。ライソゾーム病でCVポートを入れている方はいるのでしょうか。また、治療すると体がだるくなりますが、改善する方法はありますか。
回答:ムコ多糖症では、毎週、あるいは2週間に1回、点滴による酵素補充療法を行います**。1つの静脈から点滴できなくなると、ほかの静脈から点滴することになりますが、人によっては血管の確保が難しくなり、外来で点滴を受けようとしても2時間近くかかってしまうなど患者さんの負担が大きくなることがあります。このような場合、CVポートを入れる提案を行うことがあります。感染症のリスクはありますが、適切に扱えば問題なく治療できるため、CVポートを使用するのも選択肢の1つだと思います。
それから、治療中に体がだるい場合は、主治医の先生にしっかりと報告することが大切です。もしも酵素補充療法によって起こっているようであれば、前もって薬を投与するなど改善方法があるので、主治医の先生に相談してください。
*CVポート:皮膚の下に埋め込み使用される薬剤の投与ルート。
**サノフィ製品においては週1回投与。
質問:ポンペ病で呼吸器を使用しており、気胸(肺にあいた穴から空気がもれて胸腔にたまった状態)を繰り返しています。呼吸器と気胸の兼ね合いについて、また、生活面で注意すべきことがあれば教えてください。
回答:これは非常に難しい問題だと思います。気胸に関してはこれといった予防法はありませんが、規則正しい生活を送る、喫煙を控えるといったことが大切でしょう。呼吸器の調整などもよいかもしれません。さまざまな呼吸器が登場しているため、患者さんによって合う・合わないはあると思います。呼吸器を変えたら楽になった例もあります。主治医の先生としっかりと相談しながら呼吸器を選択していくことが大切だと思います。
講演者は、東京慈恵会医科大学小児科学講座 主任教授の井田 博幸先生です。井田先生は、小児科の医師としてライソゾーム病の診療に携わっていらっしゃいます。また、東京慈恵会医科大学附属病院の病院長として、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策に尽力されています。井田先生より、新型コロナウイルス感染症の予防方法や病院の対策、患者さんの心構えについてご解説いただきました。
コロナウイルスは、もともと風邪を引き起こすウイルスでした。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、コロナウイルスの中でも新しいタイプのウイルスの感染によって起こるために“新型”という名称がつけられています。新型コロナウイルス感染症は、流行地が限られていたこれまでのコロナウイルス感染症と異なり、世界中に広がっています。
新型コロナウイルス感染症は、症状が軽い方、重い方に大きく分かれることが分かっています。これはそれまでのコロナウイルス感染症と異なる点です。
新型コロナウイルス感染症の臨床症状として風邪症状あるいは味覚・嗅覚症状があります。軽症のまま終わる方が全体の約8割いらっしゃいますが、残りの2割の中には肺炎が悪化し、そのまま集中治療室に入るような重症者がいらっしゃいます。
それでは、何が重症化させる因子となるのでしょうか。まずは年齢です。たとえば、30歳代を基準としたときに、50歳代ではその10倍、60歳代では25倍、70歳代では47倍、80歳代では71倍重症化することが分かっています。もう1つの因子は、基礎疾患です。新型コロナウイルス感染症が重症化しやすいのは、慢性腎臓病、慢性閉塞性肺疾患、糖尿病や高血圧などの患者さんです。それから心臓の病気を持つ患者さん、肥満の方も重症化しやすいことが分かっています。
このように全員が同じ重症度ではなく、年齢や基礎疾患の有無などによって重症度が異なる点が大きな特徴です。
新型コロナウイルス感染症は、飛沫感染がもっとも重要な感染経路です。たとえば、マスクなしで咳をしたり大きな声を出したりすることで、感染します。特に、換気の悪い空間で細かい粒子が飛ぶような環境であると感染しやすくなります。
また、接触感染もあります。新型コロナウイルスは目や鼻の粘膜からも入ってきます。
感染対策の基本は、飛沫感染対策、あるいは人の手を介した接触感染の防止です。特に重要なのは、2020年度の流行語大賞にも選ばれた“3密”の回避です。密閉、密集、密接を避けることが大切です。
ウイルスを体に入れないためには、会話時のマスクの着用、換気、アルコール消毒や手洗い、ソーシャルディスタンスを保つ、また、新型コロナウイルスは粘膜が好きなので、目や鼻をこすらないことが予防につながるでしょう。
マスクをしないで15分間新型コロナウイルス感染者と接触すると濃厚接触者になります。濃厚接触者になると感染の有無にかかわらず、2週間の勤務停止になります。このようなことを回避するため、我々医療従事者は常にマスクを着用しています。
当院では、新型コロナウイルス感染症が流行するなかでも、可能な限り安心安全な診療体制を構築するよう努めています。たとえば、入院前検査センターでは、PCR検査だけでなく胸部CT検査を行い、入院する患者さんの新型コロナウイルス感染の有無をチェックし病棟内に感染者を入れないような体制を築いています。外来では発熱しているかどうかを調べるためのサーモグラフィーによるチェックとともに看護師による問診によって、感染している可能性のある患者さんを分別しています。PCR検査の数を増やすよう医療機器や検査者の充実も図りました。また、換気や清掃の強化など環境も整備しています。病棟を再編し、新型コロナウイルス感染症陽性患者、そして疑い患者用の専用病棟を設けています。
新型コロナウイルス感染症を理由に受診を控える方が増えているといわれています。受診しないことでどのような問題があるのでしょうか。
まずは現状でかかっている病気の悪化です。たとえば、薬をもらわなくなったために血圧をコントロールすることができなくなったり糖尿病の患者さんの血糖値が高くなったり、喘息が悪化した、軟膏をもらわないためにアトピー性皮膚炎が悪化したという報告があります。
それ以外にも、治療が遅れたために入院になってしまったり、がんの発見が遅れてしまったりした方もいます。私が専門にする小児科ですと、予防接種を受けなかったお子さんがいたために、感染症が流行してしまった地域があったという報告もあります。
厚生労働省では、医療機関はしっかりと感染予防対策を行っているので、健診や予防接種をしっかりと行うよう呼びかけています。定期的な健診が病気の早期発見につながることに留意する必要があります。
それでは、ライソゾーム病など先天代謝異常症に関してはどのようなことが起こってくるか最近の論文をご紹介します。論文によると、ヨーロッパ、アジア、アフリカの先天代謝異常症を専門にする医療機関において、2019年の同時期と比べて、2020年の新型コロナウイルス感染症が流行した時期には、受診患者数、初診患者数、フォローアップ患者数、新規診断数共に約7割減少していることが分かりました。また、特異的治療を受ける患者さんも約4割減っていることが分かりました。また、治療をスキップしている患者さんが一定数いらっしゃることも分かりました。
私の専門であるゴーシェ病には、さまざまな治療法があります。その中でもっともスタンダードな治療法は酵素補充療法です。2週間に1回程点滴に来なくなくてはならないのですが、これをきちんと受けていただくことが大切です。治療を中断することで、特に小児では、骨症状が現れたり貧血が進行したり、血小板が減少することが報告されています。このため、特に小児において酵素補充療法の中断は健康上の問題になる可能性があります。
新型コロナウイルス感染症は確かに怖い病気ですが、きちんと情報を収集し、適切な対策を行うとともに必要な医療を受けることが極めて重要です。つまり正しく恐れていただきたいと思います。病院は万全な対策を講じていますので、ぜひ定期的な受診と治療を続けていただきたいと思います。
質問:小児科で治療を受けていますが、新型コロナウイルス感染症に感染した場合、治療を受けている病院で診てもらえますか。また、治療を続けることはできますか。
回答:新型コロナウイルス感染症にかかった場合、あるいは疑いのある場合、2020年11月以降は、かかりつけ医が対応することになりました。先天代謝異常症の患者さん、たとえばゴーシェ病の患者さんは酵素補充療法を受けているのでかかりつけの病院があるはずです。ですので、新型コロナウイルス感染症になった際には酵素補充療法を受けている病院が対応することになります。
新型コロナウイルス感染症で入院した場合、症状が落ち着けば原則的にもともと受けていた治療を再開することができますが、その病院で引き続き受けることができるかどうかは、主治医の先生に相談してください。
とにかく重要なことは、かかりつけ医が新型コロナウイルス感染症を診ることが決まっているということです。まずはかかりつけの病院に問い合わせていただき、適切な検査と治療を受けていただきたいと思います。
質問:ムコ多糖症の予備軍と診断されました。ライソゾーム病だと免疫力が弱くなり、細菌感染を起こしやすくなるようなことはありますか。新型コロナウイルス感染症も同様で、かかってしまった場合、重症化しやすいのでしょうか。
回答:新型コロナウイルス感染症の重症化の因子の1つは年齢です。ですから、先天代謝異常症でも小児の患者さんと年配の患者さんがかかった場合の重症化の頻度は異なると思います。先天代謝異常症であるからといって、重症化するというエビデンスは今のところありません。しかし、もともと先天代謝異常症が希少疾患であるため、明らかでない可能性があります。だんだんと症例が蓄積されていけば、重症化する要因が分かってくる可能性があります。
ムコ多糖症の患者さんの中には、肺の胸郭が変形している患者さんがいらっしゃいます。このような患者さんにとっては肺炎を起こすと当然のことながら重症化するケースはあると思います。
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