ファブリー病は生まれつき特定の酵素が欠けていたり、はたらきが弱かったりするために多様な症状が現れる病気です。症状には、子どもの頃から現れるものと大人になってから現れるものがあり、成人以降に病気が発見されるケースも珍しくありません。具体的に、どのような症状を生じる可能性があるのでしょうか。
今回は、東京慈恵会医科大学 小児科学講座 准教授、同大学附属病院 小児科 診療医長の小林 正久先生に、ファブリー病の主な症状と治療法、治療中の注意点、同院の診療体制などについてお話を伺いました。
ファブリー病は、細胞内のライソゾームと呼ばれる器官にあるα-ガラクトシダーゼAという酵素が生まれつき欠損していたり、はたらきが弱かったりするために起こる病気です。本来この酵素が分解すべきGL-3(糖脂質の一種)が細胞内に蓄積することで、さまざまな症状が現れるようになります。
子どもの頃には、神経節細胞や末梢神経にGL-3が蓄積し、手がしびれる、汗をかきにくいといった症状が多くみられます。大人になると、心筋の細胞や腎臓、血管内皮細胞などに小児期から積み重なったGL-3の蓄積が顕在化することで、進行性の心肥大や心不全、腎機能障害、脳血管障害などが現れることがあります。
なお、ファブリー病はX染色体にあるGLA遺伝子の異常により発症する病気です。X連鎖遺伝形式で、親から子に遺伝する可能性があります。
ファブリー病は、男性にみられる“古典型”と“遅発型”、女性に起こる“女性ヘテロ型”の3つに分類されます。
日本人男性の患者さんの大半を占める古典型では、小児期から手足の先の強い痛みやしびれ(四肢末端痛)、汗をかきにくくなる(発汗障害)といった症状がみられます。20歳代になると尿タンパクを認めるようになって腎機能障害が進行し、そのまま治療しなければ40歳代で末期腎不全に至るといわれています。また、30歳を過ぎる頃から進行性の心肥大や脳血管障害がみられ、40歳代から不整脈が起こりやすくなります。
遅発型では、小児期の四肢末端痛、発汗障害の症状はほとんどみられず、大人になって心肥大や腎不全を発症します。肥大型心筋症*と診断されている患者さんのうち3%程度がファブリー病といわれ、また、血液透析を行っている方の1%程度弱がファブリー病といわれています。
*肥大型心筋症:高血圧症や心臓弁膜症など心肥大の原因となる病気がないにもかかわらず、心筋の肥大が起こる病気。
お話ししたように、ファブリー病はX連鎖遺伝形式で遺伝する病気であり、X染色体上にあるGLA遺伝子*の異常により起こります。女性はX染色体を2つ持っており、そのいずれかが必ず不活化(はたらかないこと)されていますが、どちらが機能しどちらが不活化するかは胎児期にランダムに決まります。
異常があるGLA遺伝子が乗っているほうのX染色体が不活化されていれば、その細胞は正常に機能します。反対に、正常なGLA遺伝子が乗っているほうのX染色体が不活化されていれば、その細胞は機能不全を起こしファブリー病の発症につながるのです。
女性の患者さんは一般的に男性よりも症状は軽いものの、患者さんごとに現れる症状や程度が異なる点が特徴です。また、最終的には多くのケースで心肥大を起こしますが、腎不全に至る方は少ないという傾向があります。
*GLA遺伝子:α-ガラクトシダーゼAという酵素をつくる遺伝子。
女性ヘテロ型の症状の特徴をご紹介するために、あるファブリー病の姉妹の例をご紹介します。姉妹で発症しているにもかかわらず、2人の症状の出方はまったく異なりました。妹さんは幼少期から四肢末端痛があり、成人してからは脳血管障害を繰り返していました。そして、30歳代前半でファブリー病と診断されたのです。お姉さんは、四肢末端痛の症状は軽かったのですが、高校生の頃から尿タンパクが出ており30歳代後半で心肥大が見つかりました。
ちょうど妹さんがファブリー病だと分かったタイミングだったためお姉さんも検査を受け、ファブリー病と診断されたのです。同じ遺伝子異常を持つ姉妹であっても、妹さんは四肢末端痛と脳血管障害を発症していたものの心肥大はなく、お姉さんは心肥大が前面に出ていたということになります。このように、女性ヘテロ型では、現れる症状や程度が多様である点が特徴です。
ファブリー病の発症率は4万人に1人程度とされていましたが、これは小児期に発症する古典型の発症率であると考えられます。1995年には鹿児島大学から成人の発症例が報告され、遅発型の存在が確認されています。また近年、国内で行われた新生児マススクリーニング*の結果から、約7,000人に1人程度の発症頻度であると推計されています。
*新生児マススクリーニング:重大な障害が発生する可能性のある病気を新生児期に見つけ、発症を防ぐために行う検査。
ファブリー病では、小児期や思春期頃から四肢末端痛や発汗障害などがみられます。四肢末端痛とは手足の指に起こる激しい痛みで、中には“焼かれるような痛み”“耐え難い痛み”と表現される患者さんもいます。特に運動時や、体温が上昇したり、気温の高い環境に置かれたりすると痛みが出やすくなる点が特徴です。体が温まると痛みが強く出るため、お風呂に入ることを苦手とする傾向があります。
発汗障害とは汗をかかない、またはかきにくいという症状です。患者さんからは「夏になるとのぼせてつらい」という声を聞くことが多いです。さらに、体育の時間が苦手、夏が苦手というお子さんも多くいます。これらの症状は成長とともに自然軽快するといわれていますが、その要因は分かっていません。ほかにも、慢性的な下痢を認めることがあります。
大人になると、腎合併症、心合併症、脳血管障害が起こりやすくなります。腎合併症では、尿タンパクの数値が上がり、最終的に透析治療*が必要になる場合もあります。
また、心電図検査で心肥大を指摘された方は注意が必要です。心肥大が進行すると不整脈を起こしやすくなり、不整脈が原因で突然死するケースもあるからです。中には、病気に気付かないまま50~60歳代になって心肥大が見つかり、ファブリー病と診断される方もいます。
*透析治療:腎臓に代わって、人工的に血液中の老廃物などを除去する治療。
お子さんの場合、手足の痛みは肘や膝などではなく手足の先に痛みが出るのが特徴で、痛みを訴える箇所は毎回ほぼ同じです。また、お話ししたように体が温まると痛みが増すため、風呂に入るのを苦手とする傾向があります。ファブリー病の発症年齢は古典型では10歳前後で、発症から診断まで10〜15年程度かかるといわれています。早期発見・早期治療を実現するには、これらの症状を見逃さないことが重要です。
大人の場合は、健康診断で尿タンパクのほか、心電図検査で心肥大を指摘されたら注意が必要です。また、家族に腎不全、心肥大や不整脈、脳血管障害がある方がいる、親子そろって熱い風呂が苦手など、家系に共通の病気や傾向がある場合にはファブリー病の疑いがあります。
お話ししたようなファブリー病を疑う症状がある場合は、早めに受診してほしいと思います。血縁者にファブリー病の患者さんがいるのであれば、特に注意が必要です。
早期に治療を開始すれば予後(その後の病気の推移)が良好であるとされているので、早期発見が重要です。ファブリー病には酵素補充療法という治療法が確立されており、治療開始が早いほど病気の進行を抑えられます。たとえば40歳でファブリー病と診断された時点で、すでに一定程度心肥大が進んでいる場合は、そこから治療を開始しても十分な治療効果を得ることができなくなります。
なお、当院ではファブリー病の女性患者さんが出産された際、成長過程でお子さんの様子を注意深く観察し、痛みが出ているようならひどくならないうちに早めに受診するようお声がけしています。
昨今は、開業医の先生方の間でもファブリー病の認知度が上がっています。肥大型心筋症の患者さんが受診された場合に問診で汗をかくかどうか尋ねるという先生も増えており、「汗をかかない」と答えた患者さんが当院を紹介され、受診されるケースもあります。
また、臨床検査技師さんの間での病気の認知度が高まっており、尿検査でファブリー病の所見を指摘してくれる例もあります。医療従事者の間にファブリー病への認識が高まり、早期に発見されるケースが増えてきていると実感しています。
男性の患者さんの場合は、血液検査で白血球に含まれるα-ガラクトシダーゼAの活性測定を行います。活性がない、あるいは低下していればファブリー病と診断されます。
女性の場合、この検査だけでははっきり分からないケースがあるため、遺伝子解析によりα-ガラクトシダーゼAをつくる遺伝子の変化の有無を調べます。いずれの検査も保険診療で受けることが可能です。
ファブリー病の治療の目的は、病気の進行を抑えることです。具体的には、痛みの進行抑制、腎臓や心臓など各臓器の障害の進行抑制を目指します。腎臓や心臓の障害は、病状が進行するまで症状を自覚することがないため、注意が必要です。治療には、主に酵素補充療法とシャペロン療法という2つの方法があります。
酵素補充療法は、欠損したα-ガラクトシダーゼAを点滴で補充し、体内に蓄積したGL-3を除去する治療法です。全てのファブリー病の患者さんに一定程度の治療効果が期待できます。
ただし、2週間に1回定期的に点滴を受ける必要があるため、通院する医療機関の診療が平日のみの場合は、仕事や学校を休まなければならないのが難点でしょう。なお、副作用としてアレルギー症状が出る方がいます。また、酵素に対する中和抗体*ができると、治療の効果が弱まる場合があります。
*中和抗体:特定のタンパク質(この場合は、点滴で補充したα-ガラクトシダーゼA)の活性を中和できる抗体。
シャペロン療法は、飲み薬によって、異常があるα-ガラクトシダーゼAの機能を安定化・活性化させて体内に蓄積したGL-3の分解を促す治療法です*。2日に1回服用し、定期的な受診で経過を確認します。
症例により薬の効き目に差はありますが、下痢症状が改善したケースを多く経験しています。また、副作用として頭痛が出ることがあります。
*特定の遺伝子の変化がある患者さんのみに有効。
治療を継続することで痛みが和らぐなど一定の改善がみられますが、腎合併症、心合併症についてははっきりした効果を自覚しづらいため、中には治療への意欲を維持できない患者さんもいらっしゃいます。そうならないためにも、治療をやめて放置していると状態が悪化してしまうという現実を、患者さん自身に十分認識していただく必要があります。
仕事をされている場合は、定期的な通院が必要である旨を勤務先に理解してもらわなければなりません。また、お子さんの場合は毎回、親御さんが付き添って受診する必要があります。面倒に思わず、病気の進行を抑えるため定期的に受診していただきたいと思います。
女性の患者さんの場合は、妊娠や出産、授乳への影響を心配される方もいらっしゃいますが、酵素補充療法はいずれも安全性に問題はないと確認されています。ただし、シャペロン療法は、胎児に影響を及ぼす可能性があるため適応には注意が必要であるといわれています。
ファブリー病は子どもの頃に発症した場合、成長とともに多様な症状が現れる可能性があります。大人になるにつれて必要な検査・治療も変化していくのです。このため、ファブリー病の治療では“トータルマネジメント”が重要だと考えています。
私が所属する東京慈恵会医科大学附属病院では、積極的にファブリー病の患者さんを受け入れてきました。当院では、小児科がファブリー病の検査や治療などのトータルマネジメントを担っています。
たとえば、脳血管障害の疑いがあれば脳神経内科、心肥大が出てきたら循環器内科、尿タンパクが出てきたら腎臓・高血圧内科と連携して治療を進め、女性の患者さんが妊娠されたら遺伝診療部でお子さんに関するカウンセリングを行うといったように、それぞれの患者さんに必要な治療やカウンセリングを的確に実施するようにしています。また、不整脈や脳血管障害で急患として受診される方への対応に関しては、救急部の医師との連携が必要となります。
これらのことから、当院では上の図にある関連する診療科と数か月おきにミーティングを行い、方向性を確認しています。加えて、普段から患者さんの訴えに対して的確な解決方法を見出すべく、小児科で患者さんのお話をじっくりと聞き、必要があれば関連する診療科と情報を共有しながら治療を進めるようにしています。
このように、当院では小児科が中心になって他科と連携し、チーム医療で患者さんをフォローアップする体制を整えています。さらに、地域の訪問看護ステーションや保健所などの医療システムとも連携し、自宅での療養やリハビリテーションをサポートするのも私たちの大切な役目だと考えています。
ファブリー病では、生涯定期的に病院に通院する必要があります。特に酵素補充療法を受ける際は、2週間に1回の点滴治療が必要となります。そのため、学校、あるいは会社を休む機会もあるかと思います。ファブリー病は、治療を受ければ通常の日常生活を送り、仕事も続けることができる病気ですので、学校、職場でのご理解とご協力をお願いしたいと思います。
また、今後は在宅医療の導入も十分に検討していく必要があると考えています。すでに在宅での酵素補充療法は法的には認められているのですが、いくつか課題があり、普及には至っていません。日本の医療制度における在宅での点滴治療は、もともと高齢の方や常時臥床(ベッドなどに寝た状態から起き上がれないこと)の状態になった方などを対象に考えられており、ファブリー病のような比較的元気な方やお子さんへの点滴治療の前例はほとんどないのが実情です。
患者さんからすると、在宅での点滴治療でアレルギー症状が出てしまうことへの不安を理由に、病院での治療を望まれる場合もあります。しかし、アレルギー症状が出やすいのは治療開始してから1年間で、その後はアレルギー症状を発症するリスクは低くなります。患者さんが安心して在宅医療を選択できる体制が整えば、コロナ禍のような社会状況においても、大きな負担なく治療を継続できるようになると考えています。
ファブリー病は、早期に発見し治療を開始すれば病気の進行を抑えることができます。お子さんに現れやすい症状と大人になってから現れやすい症状があり、放置していると着実に進行する病気ですので、気になる症状があれば早めに受診してください。
また、親から子に遺伝する可能性があるため、ご紹介した症状の中でご家族に共通するものがあればご相談ください。ファブリー病は、保険診療の血液検査、遺伝子検査で診断がつきます。治療法も確立されていますので、怖がらずにまずは受診していただきたいと思います。
東京慈恵会医科大学 小児科学講座 准教授、東京慈恵会医科大学附属病院 小児科 診療医長
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