ファブリー病は、生まれつき原因酵素が欠けていたり、はたらきが弱かったりするために多様な症状が引き起こされる病気です。手足の痛みや汗をかかないなどの症状から始まり、心臓や腎臓、脳血管に合併症が起こると命に関わる場合があります。
治療には足りない酵素そのものを補充する方法や、酵素のはたらきを補助する薬が使われますが、進行を抑えるためには早期発見によって十分に早く治療をスタートすることが大切といわれています。
今回は、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻 成育小児科学研究室 教授の酒井 規夫先生にファブリー病の特徴から、早期発見のためにできること、そして遺伝する病気の診断を受ける際に考えてほしいことまでお話を伺いました。
人間の体内の各細胞の中には、“ライソゾーム”と呼ばれる袋が無数にあります。ライソゾームの中には物質を分解するために50種類以上のさまざまな酵素が入っており、そのうちどれか1つでも欠けると分解できない物質がライソゾームの中にたまっていきます。筋肉や神経、各種臓器のはたらきを維持するためには、代謝(さまざまな物質を変換したりエネルギーを得たりすること)が行われる必要がありますが、蓄積物質がライソゾームの中にたまるとライソゾーム内での代謝ができなくなり細胞が機能障害を起こすようになります。このように、分解酵素の1つが生まれつき欠けているために起こる病気がライソゾーム病です。
今回お話しする“ファブリー病”はライソゾーム病の1つで、生まれつきα-ガラクトシダーゼAという酵素が欠けていたりはたらきが弱かったりするためにGL-3(脂質の一種)が全身の血管や神経、腎臓、心臓などにたまっていく病気です。比較的ゆっくりと進行していき成長とともに徐々にQOL(生活の質)が下がっていくことが多いです。幼児期から学童期にかけて手足の痛み、発汗障害などの症状が現れることが多く、成人した頃から、脳や腎臓、心臓などに重い症状が起こることもあります。なお、ファブリー病はX連鎖遺伝形式*で遺伝する病気で、男性に症状が強く現れますが女性でも発症する確率が高い病気です。
ファブリー病は、主に男性に生じる病気で、重症度によって“古典型”と“遅発型”に分類され、女性で発症すると“女性ヘテロ型”といわれます。この3つの病型のうち日本人男性の患者さんの大半は古典型です。古典型では、手足の痛みや発汗障害が早くから起こり、心臓や腎臓などに症状が現れます。一方、遅発型では一部の症状のみが現れ、古典型と比べると症状が軽く発症も遅い傾向があります。また、女性ヘテロ型は男性と比べて軽症なケースが多く、診断を受けないまま経過する例も少なくないといわれています。
このように症状の現れ方に差が生じるのは、それぞれの病型で酵素のはたらきが異なるからです。たとえば健康な方の酵素のはたらきを100%とした際、古典型では2〜3%ほどであるのに対して、遅発型では10~20%程度であるためにGL-3の蓄積がゆっくりと進み症状が軽くなります。
非常にまれな病気といわれるファブリー病ですが、近年では治療法も開発され、発症頻度に関するさまざまな調査がなされています。もっとも典型的なファブリー病のタイプである男性の古典型は4万人に1人の発症頻度といわれていましたが、近年、九州で行われた新生児マススクリーニング**を用いた調査では、性別にかかわらず7千人に1人がファブリー病の遺伝子変異を有していると報告されています。
*X連鎖遺伝形式:病気の原因となる遺伝子がX染色体であるために、X染色体を1本しか持たない男性では症状が重くなる。X染色体を2本持っている女性ではその片方のX染色体がはたらかないために、正常の細胞と病気の細胞が混ざることになり発症しない、もしくは軽症になるという特徴がある。
**新生児マススクリーニング:新生児を対象に、治療可能だが放置すると障害を引き起こすような病気を発症前に発見・早期治療するために行われる検査。日本では1977年から始まっており、最近では対象疾患がファブリー病などを含むライソゾーム病にも広まりつつある。
ファブリー病では、GL-3という脂質の一種が全身の血管や臓器に蓄積することで、多様な症状が現れます。幼児期から小学生になる頃に現れる症状には、手足の痛みや汗をかかないことが挙げられます。また、慢性的な腹痛、下痢、便秘、難聴、耳鳴りなどが起こることもあります。
青年期以降には、心臓や腎臓、脳血管の症状が現れて、生命に関わる大きな問題となってきます。心臓では、心筋にGL-3が蓄積することで心肥大となったり、伝導障害から心不全を発症したりすることがあります。腎臓は血液中から老廃物をろ過するはたらきがあり細い血管が豊富な臓器ですが、GL-3が蓄積すると、老廃物をろ過することができなくなるためにタンパク尿(尿中に本来漏れないはずのタンパク質が認められること)が出現することがあります。そして、最終的には腎不全に陥ってしまうケースがあるのです。
また、脳の細めの血管にGL-3が蓄積することで血管の内腔が細くなり、比較的若い患者さんでも脳梗塞などの脳血管障害を起こすこともあります。
近年、治療法の開発によって、ファブリー病の患者さんの生命予後の改善や臓器障害の改善が期待できることが分かってきました。何歳から治療をスタートしたとしても、それなりの効果があるといわれていますが、すでに心機能障害や腎機能障害、脳血管障害が進行してしまった患者さんに対しては治療効果が期待しにくいという報告もあるため、早期診断・早期治療が重要と考えられます。何も治療しなければ進行し成長とともに症状が現れるため、特に日本人に多い古典型の患者さんでは、子どもの頃からの治療がQOLの悪化を防ぐために大切といえるでしょう。私の患者さんの中にも、10歳頃から治療をスタートしたことで大人になっても症状がほとんど現れずに経過している方がいらっしゃいます。
生命予後に関わる合併症は心機能障害、腎機能障害、脳血管障害の3つです。特に心臓の合併症では、心不全はもとより不整脈で突然死することもあるため注意が必要です。これらの合併症は痛みなどの自覚症状に乏しいため、脳梗塞や致死的な不整脈など重大なイベントが起こるまで病状の進行に気付きづらいという特徴があります。このような重い合併症を防ぐためにも、早期診断・早期治療が重要といえるでしょう。
かつてはファブリー病と診断される年齢の平均が30歳を超えていましたが、近年ではより早い段階で診断される患者さんが増えてきました。現在、ファブリー病が発見される時期や場所はさまざまです。
腎臓内科の医師がタンパク尿やマルベリー小体(ファブリー病に特徴的な尿検査での異常所見の1つ)に気付き発見される場合もありますし、循環器内科で肥大型心筋症のスクリーニングにより発見される場合もあります。また、比較的若年の患者さんの脳梗塞の原因検索を進めるうちにファブリー病であることが分かる場合もあります。ほかにも、まれな例ではありますが、コンタクトレンズの処方のために受診した眼科で、ファブリー病に特徴的な症状の1つである角膜の渦巻き状の模様に医師が気付き診断にいたるケースも存在します。医師がこれらのサインに気付くことができれば、専門の病院でなくとも診断は可能になってきています。
またファブリー病は遺伝する病気であるため、患者さんの発見をきっかけに、その子どもや孫の世代、あるいは両親や叔父叔母まで診断がつくケースもあります。さらに近年では、一部の地域では新生児マススクリーニングによる診断も出てきています。
通常はほかの病気と同じように、新生児マススクリーニングを除けば本人や家族、医師が病気を疑わなければ診断がつくことはありません。ファブリー病では、手足の痛みや汗をかかないなどの症状がきっかけで早期の診断につながることがあります。
特に自覚しやすい症状は、手足の痛みと、汗のかきにくさです。手足の痛みは、幼児期から学童期に生じることが多いでしょう。特に暑い場所にいる場合、発熱したときや、運動したときなどに手先や足の裏にじんじんとした、あるいは燃えるような痛みが起こることがあります。このためファブリー病のお子さんを持つ保護者の方から「運動を嫌がる」、「学校の体育の時間を嫌がる」、「シャワーは浴びても湯船にはつかりたがらない」などの訴えを聞くことがあります。痛みの程度は個人差が大きく、痛みが非常に強い方もいれば弱い方もいます。中には、電撃痛と呼ばれる、電気が体に通っているかのような激しい痛みを伴うこともあります。痛みが起こる場所は、肘や膝のみではなく手足の先のほうで生じるケースが多いようです。
また、汗をかかないというのも特徴的な症状です。たとえば運動後に顔が真っ赤になっていても汗をかかなくなり、皮膚もカサカサ・サラサラしている点が特徴です。ほかにも、幼児期や学童期くらいから慢性的な腹痛を繰り返すことがあるので、お子さんが頻繁に腹痛を訴えるようであれば注意が必要です。また、成人に近くなる頃から難聴や耳鳴りを生じるケースもあります。
ファブリー病を疑った場合には、α-ガラクトシダーゼAのはたらきを調べる酵素活性検査や、遺伝子の変化を調べる遺伝子検査によって確定診断を行います。男性の患者さんではα-ガラクトシダーゼAの欠損や活性の低下が必ず認められるため酵素活性検査のみで確定診断となりますが、女性の患者さんでは酵素活性の低下がみられない場合もあるため遺伝子検査が必須となります。
ファブリー病の治療には大きく分けて2種類の方法があります。点滴で行う酵素補充療法と、内服薬を用いたシャペロン療法です。
酵素補充療法は2週間に1回点滴を行い、足りない酵素を直接補充する治療です。用いる薬剤は3種類あり、薬の作り方や使用量、治療時間などに違いはありますが、いずれも効果があることは確認されています。そのため私は、それぞれの薬剤の特徴をご説明したうえで、どれを選択するかは患者さんと話し合って決定するようにしています。酵素補充療法の副作用としてはアレルギー症状があり、蕁麻疹が起こったり薬の効果が低下したりする場合があります。
シャペロン療法は、足りない酵素のはたらきをサポートする飲み薬を用いた治療法です。酵素補充療法と異なり直接酵素を補充するわけではないため、酵素をまったく持っていない患者さんは適応とならないほか、酵素活性の変化が期待できない患者さんもいらっしゃいます。2日に1回内服しますが、胎児への影響に関するデータはないため妊娠中の患者さんには使用できないなどの制約もあります。また、酵素補充療法でも改善しにくい腹痛の症状に効果があるケースがあります。なお、副作用として頭痛が比較的多くみられます。
酵素補充療法とシャペロン療法いずれの治療を受けていても、半年に1回程度は検査で病気の進行を確認することが重要です。特に心臓に症状が現れると生命予後に関わるため、血液検査や尿検査だけでなく、心電図、心臓超音波検査、MRIなどさまざまな検査を行います。そのうえで、痛みが現れているようなら痛み止めの治療を行ったり、心臓や腎臓の機能障害に対して内服薬を使用したりするなど症状にあった対応が必要となります。
また長期的な予後を改善させるには、治療を中断することなく続けていくことが大切です。ファブリー病の治療は自覚症状を大きく改善させるわけではありません。そのため、中には治療を数か月中断してしまう患者さんもいらっしゃいます。治療を中断してもすぐに自覚症状が現れるわけではありませんが、長期的にはQOLや生命予後に大きく関わってくるため、患者さんとご家族が治療の目的をよく理解することが重要だと考えています。そのため私は、診断や治療をいつ頃スタートするかについて、患者さんやご家族と時間をかけて話し合うようにしています。基本的に、一生継続する治療になりますので、十分に納得して治療を受けていただくことが大切だと考えています。
ファブリー病は一度診断されたら、一生付き合っていかなければならない病気です。ライフスタイルのステージに応じて、心配することも変わっていくと思います。たとえば、子どもの患者さんからは、手足の痛みが強く現れるために学校に通うことが嫌だという悩みを聞くことがあります。大人になると、結婚や仕事について不安を感じたり心配したりするケースもあるでしょう。私たち医師も治療のために手を尽くしますが、たとえば“痛みで学校に行けないとき、どうやって乗り越えてきたか”というようなことは、やはり同じ病気の患者さんやご家族からしか聞くことができません。そのため私は、患者会などを通してほかの患者さんやそのご家族と悩みや経験を共有することが大切であると考えています。
また、新生児マススクリーニングで診断される患者さんも増えてきていますが、本当に生まれてすぐに病気を知ることがよいかについては議論の余地があると考えています。たとえば古典型の男性患者さんでは、新生児のときにファブリー病であることが分かったとしても、治療をスタートするのは10歳程度であることが多いです。生後すぐに病気の診断がつくことで早期治療を行うことができる一方で、診断がついた場合のフォローアップは充実しているとはいえません。そのため新生児マススクリーニングの是非や、診断後のフォロー体制についてはまだまだ検討すべきであると考えています。また、遺伝する病気であるため、新生児における診断は同時にご家族の診断にもなり得ます。検査を受ける新生児のご両親には結果が陽性だったためにご家族内の病気が分かるケースがあることも、よく理解していただく必要があると考えています。
ファブリー病の進行を抑えるためには、早期診断・早期治療が重要です。子どもの頃からの治療がQOLの悪化を防ぐために有効ですので、手足の痛みや慢性的な腹痛、汗をかかないなどの初期症状が疑われる場合にはファブリー病の可能性を考えて病院に行ってほしいと思います。
ファブリー病を疑ったときに病院を受診すれば、比較的容易に知ることができます。また、完治するわけではないものの、お話ししたように有効な治療法も存在します。一方で、ファブリー病は遺伝する病気であり、診断された場合はご本人だけでなく、ご家族内の病気も同時に明らかになる可能性があります。それは結婚や妊娠・出産といったライフイベントにも大きく関わってくる場合があることも理解していただきたいです。そのような遺伝の問題については専門的な遺伝カウンセリングを受けることにより、望ましい対応が可能になると考えます。
診断や治療を受ける際には、ファブリー病を専門とする医師に相談したり、可能であれば遺伝カウンセリングを受けたりすることを検討してほしいと思います。そのうえで、いつ、どのように検査や治療を受けるのか十分に検討することが大切です。
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