概要
細胞の中にはいろいろな役割をもった“細胞内小器官”と呼ばれる構造物があります。その中で、物質を分解し掃除する役割を担っているのがライソゾームです。
ライソゾームの中にはさまざまな種類の“酵素”と呼ばれるタンパク質が存在し、それぞれ特定の物質を分解するはたらきがあります。ライソゾーム病は、遺伝子の変異により一部の酵素がうまくはたらかなくなって、不要な物質が細胞の中に蓄積してしまい、全身にさまざまな症状をきたす病気の総称です。
ライソゾーム病は10~20万人に1人くらいに発症するまれな病気です。日本では難病指定を受けており、小児慢性特定疾病の対象となっています。
現在、40種類以上の病気がライソゾーム病として知られています。それぞれの病気でたまっていく物質が異なるため、症状は病気ごとにさまざまで進行の速さや重症度も異なります。
主な治療法には“酵素補充療法”や“造血幹細胞移植”などがありますが、ライソゾーム病を完全に治す方法はまだありません。治療は、病気の種類や患者さんごとの経過に合わせて調節する必要があり、高度な専門性が要求されます。
種類
ライソゾーム病は、どの酵素が欠けているかによって異なる病名がつけられています。ライソゾーム病として知られている病気は40種類以上あるとされ、それぞれ症状が異なります。また、同じ病気の中にもいくつかの型が存在する場合があります。比較的患者数が多いといわれているのは、ゴーシェ病、ファブリー病、ポンぺ病、ムコ多糖症などです。
ゴーシェ病
グルコセレブロシダーゼという酵素が上手くはたらかないことで、グルコセレブロシドという物質が肝臓や脾臓、骨髄などに蓄積する病気です。お腹が腫れる、骨折しやすい、貧血などの症状が見られます。日本人では、けいれんや発達の遅れなどの神経症状のあるタイプが多くみられます。
ファブリー病
α-ガラクトシダーゼという酵素のはたらきが不足することで、グロボトリアオシルセラミドという物質が全身のさまざまな箇所にたまる病気です。症状は手足の痛みや汗のかきにくさから始まり、やがて心臓、腎臓、脳の血管の障害や、角膜の濁りなどが現れます。
ポンぺ病
酸性α-グルコシダーゼという酵素がなかったりはたらきが不足したりすることで、グリコーゲンという物質が主に筋肉の細胞にたまる病気です。徐々に筋力が低下して、運動のしにくさや、心臓のはたらきの低下、呼吸のしにくさなどが現れます。
ムコ多糖症
ムコ多糖(グルコサミノグリカン)という物質が分解されず、全身のさまざまな箇所にたまる病気です。ムコ多糖症は、原因となる酵素の違いによってさらに7つの型に分類されています。共通する症状には、特徴的な顔つき、骨の変形、関節のこわばり、でべそ、難聴、お腹の膨らみ、発達の遅れなどがあります。
原因
ライソゾーム病では、細胞の中にあるライソゾームという小器官のはたらきに必要な酵素が不足し、体にとって不要な物質が処理されず細胞内にたまることが原因となって全身にさまざまな症状を引き起します。必要な酵素が作られなくなる原因は、生まれつきの遺伝子異常にあります。
ライソゾーム病の多くは“常染色体劣性(潜性)遺伝”という形式で遺伝します。これは、両親が共に保因者である(遺伝子変異を持っているが発症していない)ときに、25%の確率で子どもに発症するものです。保因者には症状がないので、検査をしない限り遺伝子変異を持っているかどうかは分かりません。
ほかの遺伝形式をとるライソゾーム病もいくつか知られており、遺伝形式が異なると発症する確率も変わります。
症状
ライソゾーム病の症状はさまざまで、骨、脳、神経、心臓、肝臓、眼、皮膚など全身のいろいろな所に現れる可能性があります。どの遺伝子に異常があり、どの酵素が足りないかによって、現れる症状、症状の現れる時期、重症度に違いが生じます。
神経系に症状が現れると、おすわりや歩く、しゃべる、といった動作が以前はできていたのにできなくなったり、けいれんや発達の遅れがみられたりします。また、骨が変形したり関節が硬くなったりして、日常の動作が難しくなる場合があります。
心臓や肝臓、腎臓、脾臓などに影響すると、これらの臓器が大きく腫れたり、心不全や腎不全のような症状(息苦しさや全身のむくみ、疲れやすさなど)が現れたりして重症化することがあります。
細胞の中に不要なものが蓄積するにつれて幼少期に症状が現れ始め、次第に悪化していくのが通常ですが、大人になるまで症状が目立たない場合もあります。重症度もさまざまで、寝たきりになったり命が脅かされたりすることがある一方、治療によって健康な人と大きく変わらない生活を過ごせる場合もあります。
検査・診断
ライソゾーム病の確定的な診断のためには、不足している酵素の種類や細胞に蓄積している物質を明らかにするための検査を行う必要があります。これらの検査は主に尿や血液を採取して行われますが、必要な場合には組織の一部や細胞を取って調べます。
酵素がはたらかない原因となっている遺伝子変異を明らかにするために、血液を採取して遺伝子検査が行われることもあります。妊娠中に羊水を採取して、お腹の赤ちゃんが生まれる前に酵素の状態や遺伝子変異を調べる“出生前診断”が検討される場合もあります。家族に病歴や症状があるかどうかも診断のうえで重要な情報となります。
ライソゾーム病では全身のいろいろな場所に多彩な症状が現れます。これらの症状の程度をそれぞれ評価することも重要です。骨の形、心臓の音、皮膚の様子、関節の硬さ、臓器の腫れ、眼の様子といった体の状態のほか、知能や神経のはたらきに関係した運動の様子などが検査されます。MRIなどの画像検査が有効な場合もあります。
治療
ライソゾーム病を完全に治す治療法は現在ありませんが、いくつかの治療によって症状を改善させたり、症状の進行を遅らせたりすることができます。
もっともよく行われる治療法は“酵素補充療法”です。ほかに“造血幹細胞移植”、“基質合成抑制療法”、“シャペロン療法”、臨床研究中のものとして“遺伝子治療”があります。
酵素補充療法は、足りない酵素を点滴によって体外から補う治療法です。点滴は1~2週間に1回行う必要があり、定期的に続ける必要があります。全身のさまざまな症状を改善するとともに病気の進行を遅らせることが期待できるというメリットがあります。一方で、中枢神経には効果が出にくいといわれています。
造血幹細胞移植とは、骨髄や臍帯血に含まれる“造血幹細胞”と呼ばれる血液の元となる細胞を移植する方法です。早期または発症前、あるいは脳に症状がある場合に選択肢となります。リスクは比較的高いですが、移植した細胞がうまく体に定着すれば一度の治療で効果が持続します。
基質合成抑制療法は、分解されずにたまっていく物質そのものを作られにくくするものです。シャペロン療法は、残っている酵素のはたらきを強くすることで、たまった物質の分解を促す方法です。ともに飲み薬による治療で、そのほかの治療よりも簡便で患者さんの生活の質(QOL)向上が期待できます。
いずれの治療法も対象となる病気が限られており、症状や進行具合によって治療内容の調整が必要です。また、ライソゾーム病の治療法には現在開発中のものも少なくありません。治療に際しては十分な専門性を備えた医療機関で相談するとよいでしょう。
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