代謝とは、体内に必要なものを取り入れ、不要になったものを排出することです。そして、生まれながらにして代謝をうまく行えない疾患の総称を先天性代謝異常症といいます。先天性代謝異常症には様々な種類の疾患があり、症状や治療法も多種多様です。
今回は、岐阜大学大学院医学系研究科 小児病態学教授の深尾敏幸先生に、先天性代謝異常症の症状や特殊ミルクなどの治療法、重要な検査であるタンデムマススクリーニングについてお伺いします。
先天性代謝異常症とは、生まれながらにして代謝機能に障害がある疾患の総称です。遺伝的原因によりある特定の代謝酵素*が働かず、特定の物質の代謝を行えなくなることで発症します。代謝が行えないことにより、本来代謝されるはずの物質が細胞内に蓄積していってしまうパターンと、物質が不足し欠乏症になる2通りのパターンがあります。
*代謝酵素…体内の物質の代謝をする酵素。すべての器官にそれぞれ違う働きをする酵素が存在している。
先天性代謝異常症は、代謝できなくなる物質の種類によって疾患が異なります。そのため、先天性代謝異常症の対象となる疾患は500種類を超えます。たとえば、アミノ酸を代謝する酵素が働かない場合は、アミノ酸代謝異常症です。また、脂肪酸を代謝する酵素が機能しないものは、脂肪酸代謝異常症となります。
先天性代謝異常症専門の医師であっても、すべての先天性代謝異常症を把握することは困難です。
先天性代謝異常症は対象疾患の種類が多く、ひとつひとつの患者数は少数です。代表的な先天性代謝異常症の疾患だと、シトリン欠損症やファブリー病など比較的多いものでは約1万人に1名の頻度での患者さんがいます。珍しい疾患の場合は、100万人に1人、またはそれ以下ととても少なくなります。しかし、たとえば新生児マススクリーニング対象の疾患の患者数を足すと、1万人あたり約1人か2人の方が発症しており、決して少ない数字ではありません。
先天性代謝異常症の発症パターンは以下のように4つに分けられます。
1. 新生児期に嘔吐、嗜眠、多呼吸などで発症
2. 乳幼児期に、飢餓、発熱などを契機に、急性脳症(ライ症候群)様で発症、SIDS(乳幼児突然死症候群)で発症
3. 小児期以降に骨格筋症状(筋痛)で発症
4. 次第に神経退行を示す
1は、生後数日の新生児期に症状を発症します。2・3は、それまで症状が現れず普通に過ごしてきたお子さんが、急性的に発症するパターンです。また、4は、慢性的に症状が進んでいくものです。
先天性代謝異常症の症状は、疾患によって多種多様です。しかし、代謝異常により物質が急激に血液中に蓄積したり欠乏するのか、慢性的に代謝されなかった物質が蓄積されるのかによって症状が大きくわけられます。
急激な血液中への毒性物質の蓄積や必要な物質の欠乏をおこす疾患の場合
普段は問題なく代謝が行えるため通常の生活が可能です。しかし、発熱、食事が摂れなくなるなどの体に何らかのストレスが加わった際、代謝に負担がかかり、症状が現れます。重症の場合は、意識を失う、過呼吸、痙攣などが急激に発症し、病院に運ばれてくるケースもあります。
慢性的に細胞内に物質が蓄積してしまう疾患の場合
細胞のなかに物質が蓄積していく疾患の場合は、急激に症状が現れるのではなく徐々に症状が進行していきます。たとえば、肝臓の細胞に蓄積した場合、肝臓が徐々に肥大化していきます。また、骨の細胞に蓄積すれば骨が変形していき、脳の細胞ですと神経症状などが現れます。
現在、先天性代謝異常症の検査はタンデムマススクリーニングという新生児マススクリーニング検査が行われています。
新生児マススクリーニングとは、生後早い段階で採血を行い、先天性の疾患を早期に診断するという検査です。血液中にあるアミノ酸などの物質の量を測定し、その蓄積している量によって疾患をスクリーニング(ふるいわけ)します。日本では1977年にアミノ酸代謝異常症の
・ホモシスチン尿症
内分泌疾患の
・先天性副腎加過形症
を対象として始められました。
そして、2014年からは、対象疾患の範囲を従来よりも拡大させた、タンデムマススクリーニングが開始されました。アミノ酸代謝異常では、従来の3種類に加え、シトルリン血症1型、アルギニノコハク酸尿症、シトリン欠損症が対象となりました。
また、有機酸代謝異常である、プロピオン酸血症、メチルマロン酸血症、グルタル酸尿症1型及び2型など、脂肪酸代謝異常である、CPT-1欠損症及び2欠損症、CACT欠損症、VLCAD欠損症などの疾患が新たに加わりました。
ヨーロッパやアメリカなどでは、日本よりも10年以上前からタンデムマススクリーニングが進んでいました。そこで、島根大学の山口清次先生や福井大学の重松陽介先生といった医師が中心となってパイロットスタディ(試験的な調査や研究)を行い、日本でタンデムマススクリーニングを行った場合のデータを蓄積しました。
そして、日本でもタンデムマススクリーニングが有効であるというデータが出たことで、2014年から日本全国で行われるようになったのです。
タンデムマススクリーニングの対象疾患には新しく、アミノ酸代謝異常の一部、有機酸代謝異常、脂肪酸代謝異常が加わりました。この3種類のなかには、乳幼児期に急性的に症状が現れる疾患が多く含まれています。
マススクリーニングを行う以前、生後5日以内にすでに症状を発症してしまっている場合は、検査を行っても確実に診断をするという手助けにしかなりません。しかし、無症状である早期から、乳幼児期に発症することが予想される子どもたちを早く見つけて治療をすることで、発症したときの症状を軽くすることが可能となります。
SIDS(乳幼児突然死症候群)を未然に防ぐ
タンデムマススクリーニングは、SIDS(乳幼児突然死症候群)*を起こす可能性のある種類の先天性代謝異常症(図3)も対象となっています。
*SIDS(乳幼児突然死症候群)…乳幼児が予兆などのない状態で突然死する疾患
そのなかでも特に以下に挙げる疾患は一次疾患といい、どの県でもタンデムマススクリーニングの対象となっています。
脂肪酸代謝異常症
・MCAD欠損症
・VLCAD欠損症
・TFP欠損症
・CPT1欠損症
・HMG-CoAリアーゼ欠損症
・マルチプルカルボキシラーゼ欠損症
・プロピオン酸血症
・メチルマロン酸血症
・メチルクロトニルグリシン尿症
・グルタル酸血症I型
アミノ酸代謝異常症、尿素サイクル異常症、
・メープルシロップ尿症
・フェニールケトン尿症
・ホモシスチン尿症
・シトルリン血症
・アルギニノコハク酸血症
また二次対象疾患である以下は対象となっている県となっていない県があります。
脂肪酸代謝異常症
・CPT2欠損症
・CACT欠損症
・原発性カルニチン欠乏症
・グルタル酸尿症2型
有機酸代謝異常症
・β-ケトチオラーゼ欠損症
少しでも早く上記の疾患を見つけ、SIDSを防ぐこともタンデムマススクリーニングの重要な役割です。
私は、日本先天性代謝異常学会の理事を務めています。そして、タンデムマススクリーニングが2014年から開始されるにあたり懸念がありました。それは、一般病院など一般の小児科医の先天性代謝異常症の治療法に対する認知度が低いということです。このままでは、疾患をスクリーニングできたとしてもその後、どう治療をしていけばよいのかわからない状態となってしまいます。
そこで、2013年くらいから日本先天性代謝異常学会が中心となり、先天性代謝異常症のガイドラインを作成しました。ガイドラインを作成したことによって、すべての医師に先天性代謝異常症の治療に対して一定のレベルを届けることにつながりました。
以前までは、疾患を発見することはできても、治療法が少ないという問題がありました。しかし、最近では今まで海外でしか使用できなかった薬剤が日本でも使えるようになり、治療法も増えています。たとえば、カルニチンという、有機酸代謝異常症の特効薬が使えるようになりました。また、アンモニアの値を下げる薬も新たに2種類の許可が下りました。
また、体内がひどく酸性に傾いて戻らない、アンモニアの濃度が上昇してしまう場合は、人工透析を行うケースもあります。そして、細胞の物資が蓄積していくタイプの疾患の治療として、特定の酵素を補充する治療が行われています。
先天性代謝異常症の食事療法には特殊ミルクが活用されています。特殊ミルクとは、先天性代謝異常症の患者さんの代謝できない物質が入っていないミルクのことです。通常のミルクだけを摂取していると、体内にある多くの種類のアミノ酸が増加してしまいます。そこで、代謝できない物質があるのであれば、その物質の摂取を少なくすることで代謝不能物質を蓄積させないために作られました。
たとえば、ロイシン*が代謝できない種類の疾患の患者さんであれば、ロイシンが入っていない特殊ミルクを治療に使います。特殊ミルクの種類の幅は広がりつつあり、通常のミルクとうまく組み合わせながら治療していきます。
*ロイシン…アミノ酸の一種であり、筋肉のエネルギー原となる。
特殊ミルクの課題
特殊ミルクの種類は年々増えつつあります。しかし、費用の面などから、厚生労働省のサポートが行き届かない状態です。ある日突然に特殊ミルクが作られなくなるということは絶対に避けなくてはなりません。そのため、今後、どのように持続的に特殊ミルクの供給を行っていくのかが課題です。
タンデムマススクリーニングが実施されるようになってから、無症状の患者さんをスクリーニングすることができるようになりました。しかし、スクリーニングが可能になったことにより、疾患を告知され、保護者の方は、「こんなに元気なのだからそんなはずはない」と検査結果を受け入れがたいという場面に遭遇することも少なくありません。また、いつ症状が出てくるのかという大きな不安が生まれます。
しかし診断がついたからといって、その時点で患者さんの人生がすべて決まったわけではありません。タンデムマススクリーニングで見つけることのできる疾患は、早期に発見すし治療することが可能です。そして、症状が出ないよう予防したり症状が出たとしても軽くできたりする可能性が高いのです。治療法の幅も広がってきており、私たち医師も日々懸命に治療にあたっています。
保護者の方が主治医を信頼し、協力して治療に取り組んだ結果、患者さんの病状が快方へと向かうケースが多くあります。また現在は、先天性代謝異常症の家族会も増えてきています。ですから、一人で悩まずに、同じ疾患を持つ患者さんやそのご家族と交流しながらお子さんの成長を見守っていただければと思います。
岐阜大学 大学院医学系研究科 小児病態学 教授
日本小児科学会 小児科専門医日本アレルギー学会 アレルギー専門医・アレルギー指導医日本人類遺伝学会 臨床遺伝指導医
日本の先天代謝異常症を専門とする研究者の1人。特にケトン体代謝異常症、ミトコンドリア脂肪酸酸化系異常症を研究してきた。新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドラインを委員長として出版した。新生児マススクリーニング対象疾患の遺伝子変異を同定してフォローすることで、遺伝子変異を考慮した診療ガイドライン、よりよき治療管理をめざす研究を行っている。先天代謝異常症の研究論文多数あり、ケトン体代謝異常症では世界的に知られている。
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