栄養成分が調整された医療用の食品である「特殊ミルク」をみなさんはご存知でしょうか。特殊ミルクは先天代謝異常症や一部の難治性てんかんを持つ患者さんにとって、生活するうえで欠かせないものです。しかし、そうした疾患の罹患者数は非常にすくないため、一般の方では特殊ミルクの存在を知らないという方も多いといえます。
特殊ミルクとはどのような食品で、どのように患者さんに役立っているのか。本記事では仙台市立病院小児科部長であり、特殊ミルク共同安全開発委員会、日本小児医療保健協議会治療用ミルク安定供給委員会にも参画されている大浦敏博先生に特殊ミルクについて詳しく解説いただきました。
特殊ミルクとは、栄養成分を調整した医療用のミルクのことです。
このミルクを使うことで、先天代謝異常症や、特定の疾患を抱える患者さんの治療を行うことができます。
特殊ミルクの見た目は普通の粉ミルクと同じく乳白色の粉末で、お湯に適量を溶かして使われます。疾患にもよりますが、特殊ミルクは乳児・児童だけではなく成人でも使用されています。
特殊ミルクはなぜ必要なのか、その開発の歴史をたどりながら詳しく解説していきましょう。
特殊ミルクが初めて登場したのは1953年のことです。フェニルケトン尿症という疾患を抱える患者さんのために開発されました。
フェニルケトン尿症とは、生まれつき体内のフェニルアラニン水酸化酵素が欠損していることで、アミノ酸の一種であるフェニルアラニンをチロシンに変換できなくなる疾患です。この疾患を持つ患者さんがフェニルアラニンを含む食品を摂取すると、体内でフェニルアラニンをチロシンに代謝することができないため、血液中のフェニルアラニン濃度が高まってしまいます。そうして体内にフェニルアラニンが過剰に蓄積してしまうと、知能障がいやけいれんの発症を引き起こしてしまいます。
この疾患の障がいの重篤性に目を向けた研究者がフェニルアラニンの摂取を減らすことで血中フェニルアラニン濃度を低下させることが出来れば、症状が改善するのではないかと考え、1953年にフェニルケトン尿症に対するフェニルアラニンを除去したミルクを用いた食事療法の有用性を調べる研究を行いました。その結果、フェニルアラニンを除去したミルクを用いた食事療法を行うことで、フェニルケトン尿症患児の症状が改善することが初めて報告されました。
フェニルケトン尿症は生まれつきの病気ですが、生まれたばかりの時は無症状です。そのため親は母乳や通常のミルクを与えてしまい、数か月後になって発育の遅れや、けいれんに気づくことになります。フェニルアラニンはたんぱく質の約5%を占める成分であり、栄養価の高い母乳や高たんぱくな肉などの食品はもちろん、野菜など日々食事に登場する幅広い食品に含まれる成分です。そのため、通常どおりの食事では必然的にフェニルアラニンを摂取してしまうことになります。こうしたことからフェニルケトン尿症の患者さんでは、通常通りの食事ではなくフェニルアラニンの摂取を制限した食事をすることが必要です。
フェニルアラニンの摂取を避けるためには、たんぱく質自体を避けなければなりません。そうすると必要な栄養(特にフェニルアラニン以外の必須アミノ酸)が不足してしまいます。また、たんぱく質を摂取できないと数多くの食品を口にすることができず、栄養不足に陥ってしまいます。そのためフェニルアラニンを避けて食品を摂取することはとても難しいことでした。
こうして開発された食品がフェニルケトン尿症の患者さんのための特殊ミルク(フェニルアラニン除去ミルク)なのです。このミルクではフェニルアラニンが除去されているため、血中フェニルアラニンの上昇を気にせず、その他の必要な栄養素をしっかりと補給することができます。
フェニルケトン尿症は知らずに放置されれば知能低下を引き起こしますので、障がいの発生を予防するためには生後すぐ、症状が出る前からフェニルアラニン除去ミルクを用いた食事療法を開始することが大切です。欧米では1960年代よりろ紙血を用いて血中フェニルアラニンを測定する方法が開発され、フェニルケトン尿症の新生児マススクリーニング法が確立しました。我が国でも新生児マススクリーニングの取り組みが進められるようになり、1977年より国の事業として生まれてきたすべての新生児を対象とする「新生児マススクリーニング(newborn screening)」が開始されました。
このスクリーニングを受けると、生後すぐにフェニルケトン尿症かどうかを診断することができます。こうして生まれてすぐに診断ができることで、早期に特殊ミルクを用いた食事療法を開始することが出来、知能障がいを予防することが可能になりました。
またフェニルケトン尿症以外にも早期より特殊ミルクを用いた食事療法を開始することで障がいを防ぐことの出来る先天代謝異常症が報告され、新生児マススクリーニングの対象疾患となっています。以下にその疾患と治療に用いられる特殊ミルクを示します。
・メープルシロップ尿症(ロイシン・イソロイシン・バリン除去ミルク)
・ホモシスチン尿症(メチオニン除去ミルク)
・ガラクトース血症(ガラクトース除去ミルク)
その後、その他の先天代謝異常症に対しても特殊ミルクが開発されていくことになりました。そして、2014年度より全国的に新生児マススクリーニングにタンデムマス法(質量分析計を用いることで一度の分析でより多くの疾患を発見できる方法)が導入され、有機酸代謝異常症や脂肪酸代謝異常症などといった先天代謝異常症も早期発見・早期治療が可能となっています。
その後、治療法の進歩により特殊ミルクの適応疾患が広がってきました。そうして先天代謝異常症では糖原病、Glut1異常症、ピルビン酸脱水素酵素異常症の治療にも特殊ミルクが用いられるようになりました。
さらに最近ではアレルギー用ミルクのみならず神経、腎、消化器疾患など先天代謝異常症以外の疾患にも特殊ミルクが有効であるということが明らかになってきました。
【特殊ミルクが有用な先天代謝異常症以外の疾患】
・アレルギー疾患(牛乳アレルギーなど)
・難治性てんかん
・小児慢性腎疾患
こうした疾患に対してもそれぞれ特殊ミルクがつくられてきました。
たとえば、牛乳アレルギーの患者さんでは乳成分をふくむ食物を摂取できません。何らかの理由で母乳栄養が出来ない場合は母乳代替品として一般調製粉乳を用いることになりますが、牛乳アレルギーのお子さんには用いることが出来ません。そこで、牛乳の成分のなかでもアレルギーの原因とされているガゼインというたんぱく質を加水分解した特殊ミルクがつくられ、牛乳アレルギーの患者さんに使われています。
また、難治性てんかんを抱える一部の患者さんでは、てんかんの症状を軽減させるために炭水化物を制限して脂質量を増加させたケトン食と呼ばれる食事療法が行われています。このケトン食を進めるうえでも炭水化物と脂質の量を調整した特殊ミルク(ケトンフォーミュラ)が必須です。
このように当初、特殊ミルクが開発されたときには先天代謝異常症のみが対象でしたが、現在では様々な疾患に対して用いられるようになっています。
こうして、現在に至るまでさまざまな特殊ミルクが開発されてきました。
一時期は小児科領域のなかで特殊ミルクの開発最盛期も迎え、100種類以上ものミルクが存在した時期もありました。現在ではより必要とされるミルクだけに淘汰され、46種類となりました。
※2017年6月現在
この46種類の特殊ミルクは、流通上のそれぞれの立ち位置から下記の4つのカテゴリ(市販品・医薬品・登録特殊ミルク・登録外特殊ミルク)に大別されています。
①市販品
1つめのカテゴリは「市販品」です。特殊ミルクのなかには通常の薬局で販売されている市販品があります。これらは患者さんや保護者の方が病院へ足を運び、医師の指示のもとに薬局から直接入手(購入)することができます。
市販品に分類されるミルクは牛乳アレルギー用ミルクなどがあり、全10品目あります。
②医薬品
2つめのカテゴリは医薬品です。医薬品に分類される特殊ミルクは医療機関にて医師の指導を受け、処方箋をもらうことで入手できます。
医薬品に分類されるミルクはフェニルケトン尿症の患者さんに用いられる「フェニルアラニン除去ミルク」、メープルシロップ尿症の患者さんに用いられる「ロイシン・イソロイシン・バリン除去ミルク」の2品目のみです。
③登録特殊ミルク
3つめのカテゴリは登録特殊ミルクです。市販品にも医薬品にも含まれない特殊ミルクは「登録」と「登録外」の2つに分類されています。1980年、国は助成金を交付し、先天代謝異常症の治療のために使用される「特殊ミルク」の安定供給と改良開発を主な業務とする特殊ミルク共同安全開発事業を立ち上げました。
その際、「先天代謝異常症の治療に必要なミルクであり、患者数が多く治療効果が十分に期待できるもの」を登録特殊ミルクに分類しました。
登録特殊ミルクに分類されるミルクはホモシスチン尿症やメチルマロン酸血症などの先天代謝異常症を対象とした全21品目です。患者さんには主治医を通して無料で供給されます。
④登録外特殊ミルク
4つめのカテゴリは登録外特殊ミルクです。特殊ミルク共同安全開発事業で「登録品」から外れた特殊ミルクは「登録外特殊ミルク」に分類されました。
登録外特殊ミルクに分類されるミルクは小児の難治性てんかん、小児慢性腎疾患の患者さんに用いられるミルクなどがあり、登録品と同様無料で提供されています。登録外特殊ミルクは全13品目です。
このように様々な種類・分類がされている特殊ミルクですが、このうち登録特殊ミルクと登録外特殊ミルクについてある問題が生じ始めています。それが「ミルクの費用負担」の問題です。
登録特殊ミルクや登録外特殊ミルクは、市販品や医薬品のミルクとは異なり、乳業メーカーの多大な負担により患者さんに無償提供されています。
特殊ミルク共同安全開発事業が立ち上がり、特殊ミルクの分類や仕組みを築きあげた当初は、特殊ミルクの使用者も少なかったため乳業メーカーのボランティアによる提供という形でも問題はありませんでした。しかし、いま特殊ミルクを取り囲む現状は以前とは大きく変わってきています。そしてその結果、乳業メーカーの費用負担は大きくなり、このままでは患者さんにとってなくてはならないはずの特殊ミルクを安定的に供給することが難しくなってしまう可能性が出てきました。
特殊ミルクを取り囲む環境は、どのように変化しているのか、そしてこの問題をどう解決していくべきか、引き続き記事2で大浦先生に詳しくご解説いただきます。
記事2『特殊ミルクの種類と入手方法-なくてはならない特殊ミルクを安定供給するために』
仙台市立病院 元副院長
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