世界の100か国近い国々で流行し、毎年新たに2億人以上の罹患者が報告されているマラリアは、世界三大感染症のひとつに数えられています。人から人へとうつることはないマラリアは、どのような感染経路を辿って拡大していくのでしょうか。また、マラリアの典型的な症状として知られる熱発作とは、具体的にはどのような症状なのでしょうか。防衛医科大学校防衛医学研究センター教授の加來浩器(かく・こうき)先生に、マラリアの種類と典型的な症状、感染経路についてお伺いしました。
マラリアとは、マラリア原虫という病原体に感染することで発症する病気の名前です。マラリアという病名は紀元前の文献にも記されており、日本でも「おこり(瘧)」という病名で古くから知られてきました。マラリアとは、古代イタリアの言葉で「悪い空気(mal'aria)」を意味します。マラリアの実態が解明されていなかった時代、人々は湖畔に漂う淀んだ空気を吸い込むことにより、この病気を発症すると考えてきました。しかし実際には、湖畔などに生息する蚊に刺されることが、マラリアに感染するきっかけであると、後の研究により明らかになりました。
マラリア原虫は、主にハマダラカという種類の蚊によって媒介されます。
マラリアは、人から人へと感染することはないため、患者さんに直接触れたり飛沫を吸い込んだりしても、うつる心配はありません。
過去には、マラリアに感染しているものの症状が現れない「不顕性感染(ふけんせいかんせん)」の方から輸血を受けることによる医療に関連した感染も起こっていました。ただし、こうした例はごくまれであり、主な感染のきっかけはマラリア原虫を持つ蚊に刺されることです。
マラリアの流行とは、患者さんの血液を吸った蚊がほかの人を刺すことで起こるため、マラリアを発症した方が蚊に刺されないよう対策をとることが大切です。
マラリア原虫を運ぶハマダラカは、夜間吸血嗜好性(やかんきゅうけつしこうせい)といい、夜に動物や人の血液を吸うために活動する性質を持っています。吸血するときにお尻を高く上げ、アルファベットの「A」のようなポーズをとることが、ハマダラカの特徴です。
また、非常に貪欲な蚊として知られており、過剰に吸った血液をお尻の部分から排出しつつも、吸血活動を続ける様子が観察されることもあります。
(アメリカ疾病管理予防センター(CDC)のWEBサイトに写真が掲載されています。 https://www.cdc.gov/malaria/about/biology/mosquitoes/ )
ハマダラカは日本にも生息しており、主に水田や清流など、きれいな水に産卵します。
ヒトに感染するマラリア原虫は以下の5種類とされています。感染したマラリア原虫により、現れる病型や症状は異なります。
ほかのマラリアと異なり熱発作に周期性がなく、40度近い高熱が持続します。
熱帯熱マラリアは、重症化して、脳症や急性腎不全、黄疸、意識障害、血小板減少に伴う出血傾向などにより、致死的な症状を呈する危険があります。熱帯熱マラリア以外のマラリアは、このように重症化することはありません。
後述する熱発作が48時間ごとに起こります。
熱発作が72時間ごとに起こります。
三日熱マラリアと同じく、熱発作が48時間ごとに起こります。
主に東南アジアでみつかっているマラリア原虫です。過去にはサルにのみ感染すると考えられていたサルマラリア原虫の一種であり、近年になりヒトにも感染することが分かったため、「第5のマラリア」とも呼ばれています。
サルマラリア原虫によるマラリアのように、動物(サル)にもヒトにも感染する病気のことを、人畜共通感染症といいます。
三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリアに特徴的な「熱発作」とは、悪寒期と灼熱(しゃくねつ)期、発汗期を、周期的に繰り返す症状です。
ごく普通に生活していた人が突然ひどい寒さを訴え、震え始めます。熱帯地方など、外気温が非常に高い地域であっても、歯をカタカタと鳴らし凍えるような様相を呈します。このとき、患者さんの体温は高い状態にあります。
悪寒期が1~2時間ほど続き、今度は灼熱期の症状が現れます。
それまで寒がっていた患者さんが、突然あつさを訴え始めます。ゼエゼエとした呼吸音や目の充血なども特徴的です。
急にひどくあつくなるため、悪寒期に必要としていた毛布や衣類を脱ぎ捨ててしまう患者さんもいます。
サウナに入ったときのように、全身に多量の発汗が起こります。このとき、患者さんは苦痛ではなく、爽快感を感じるようです。
発汗期が終わると、疲労により眠ってしまう患者さんがほとんどです。その後、一連の症状がなかったかのように普通の生活を送ることができるようになります。
マラリアに感染すると、原虫の種類によって、このような熱発作が48時間あるいは72時間ごとに起こります。
感染してから初めて症状が現れるまでの潜伏期間は、全く無症状です。潜伏期間が終わると、突然に寒気を感じて上述した悪寒期が始まります。
三日熱マラリアなど、周期性のあるマラリアの場合、熱発作を繰り返すことで体が慣れを感じるためか、初回の熱発作が最も重いと感じることもあるようです。
熱症状のほかに、すべてのマラリアにおいて下痢や吐き気、嘔吐などお腹の症状が現れることがあります。人によっては、熱症状よりもお腹の症状が強く現れることもあります。
マラリアに感染してから初めて熱発作が現れるまでの「潜伏期間」は、全く症状が現れません。この期間、体のなかで起こっていることを、本項で詳しく解説します。
マラリア原虫は、蚊の唾液と共にヒトの毛細血管のなかに侵入します。このとき、マラリア原虫はスポロゾイトと呼ばれる紡錘形の形態をとっています。
血液のなかには免疫担当細胞やリンパ球が存在しますが、マラリア原虫はこれらに攻撃されることなく、体中をめぐります。なぜ、スポロゾイトに対して免疫担当細胞が応答しないのか、そのメカニズムは解明されていません。
スポロゾイトは、脳や心筋、腎臓の細胞内には侵入せず、唯一肝臓の細胞のなかにのみ侵入します。
肝細胞のなかに侵入したスポロゾイトは、多分裂して増殖します。多分裂とは、1つの原虫が2つに分裂するのではなく、1つの原虫が突然16個に増えるなど、一時にして多数の個体へと分裂することです。多分裂したマラリア原虫を、メロゾイトと呼びます。
メロゾイトという形態に進化したマラリア原虫は、肝細胞を破り、近くに流れる血液中の赤血球へ侵入します。(※)
※スポロゾイトは血液中に侵入できても、赤血球には侵入できません。
メロゾイトは、赤血球のなかでヘモグロビンを栄養源としながら指輪のような形に変化し、やがてアメーバのような形態をとって、活発に動くようになります。マラリア原虫が食べ残したヘモグロビンの断片は、原虫の体内に蓄積され、「マラリア色素」と呼ばれる塊となります。
先述した熱発作は、マラリア原虫により赤血球が破壊され、ヘモグロビンが血球外へと溶出(溶血)したときに初めて生じる症状です。熱帯熱マラリアが重症化する理由のひとつに、溶血を起こす赤血球数が多いことが挙げられます。
次の記事『重症マラリアの症状と、感染リスクのあるマラリアの流行地域』では、重症マラリアの症状と、マラリアが流行する地域、原因についてお話しします。
この記事は海外在留邦人のサポートをされているJAMSNET様よりご提供いただいております
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