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社会のニーズに応えられる医師を養成するために-国際標準化と学外臨床実習の拡充
医学部を持つ日本の大学では、2023年問題を乗り越えるために指導内容の国際標準化が加速的に進められています。2023年問題とは「米国医師免許試験を受験するためには、国際認証を受けた医学部を卒業し...
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社会のニーズに応えられる医師を養成するために-国際標準化と学外臨床実習の拡充

公開日 2018 年 03 月 01 日 | 更新日 2018 年 03 月 01 日

社会のニーズに応えられる医師を養成するために-国際標準化と学外臨床実習の拡充
新井 一 先生

順天堂大学学長 一般社団法人全国医学部病院長会議 会長

新井 一 先生

医学部を持つ日本の大学では、2023年問題を乗り越えるために指導内容の国際標準化が加速的に進められています。2023年問題とは「米国医師免許試験を受験するためには、国際認証を受けた医学部を卒業していなければならない」とするアメリカの認定機関・ECFMGの宣言に端を発した問題です。

順天堂大学学長であり、一般社団法人全国医学部長病院長会議の会長を務める新井一先生は、ECFMGの要請は日本の医学・医療レベルを底上げするためのチャンスであり、この機に「脱ガラパゴス」を目指した医学教育改革を行ないたいとおっしゃいます。我が国の医学教育を国際標準化するためには、どのような施策が必要なのでしょうか。順天堂大学における学外臨床実習の実例などを交えながら、新井先生にご解説いただきました。

これからの医学教育における課題-グローバルスタンダード化

アメリカの認定機関・ECFMGによる要請

今後、日本の医学教育に求められる重要な改革のひとつに、教育の国際標準化が挙げられます。

2010年、アメリカの認定機関であるECFMG(Educational Commission for Foreign Medical Graduates)が、アメリカ・カナダ以外の医学部卒業生については、2023年以降、アメリカの医科大学認証評価機構、あるいは世界医学教育連盟(WFME)の基準に準拠した分野別認証を受けなければ、アメリカの医師国家試験受験資格を与えない旨を明らかにしました。これにより、日本の医学部卒業生は、国際認証基準を満たさなければアメリカで医師として活動することができなくなるということです。

日本の医学・医療が世界から取り残されるという危機感

この宣言は、もともとは南アメリカなどの米国以外の医学部を卒業した医師の質を担保するために出されたものです。しかしながら、日本にはWFME認定大学がなく、分野別評価も行われていませんでした。これでは、絶対数は年に100人以下と決して多くはありませんが、ECFMG受験を希望する日本の医学部生は受験資格を得ることができなることは問題です。更に、日本の医学・医療が世界から取り残され、ガラパゴス化してしまいかねないという懸念も生じました。

そのため、ECFMGの宣言を受けて我が国では文部科学省など関係各署の支援を受けながら、次項で述べる取り組みを加速的に進めてきました。

ECFMGの要請は日本の医学教育を底上げする「好機」である

2023年問題は脱ガラパゴスのチャンス

日本では、ECFMGの宣言を「2023年問題」と呼び、外圧として捉える声もあります。しかし、ECFMGの要請は、日本の医学教育を分野別評価という観点からさらにレベルアップさせる「好機」であると捉えるべきではないでしょうか。

このような考えのもと、私たち全国医学部長病院長会議は2011年に「医学教育の質保証検討委員会」を発足させ、認証評価制度の構築について検討を繰り返してきました。

医学教育の質を担保するため、評価機関JACMEが誕生

世界地図

2015年には、全国80の医学部を持つ大学のほか、日本医学会や日本医師会などが参画する一般社団法人日本医学教育評価機構(JACME)が設立されました。日本医学教育評価機構とは、各大学の医学教育を客観的に評価する機関であり、2017年3月にはWFMEから正式に医学教育分野別評価の認定機関として認証されました。

今後は2023年に向け、日本の各大学がJACMEによる国際基準に基づいた医学教育分野別評価を受けていくこととなります。これにより、JACMEの評価を受審する大学の教育プログラムはグローバルスタンダードに照らし合わせたものへと改善されていき、日本全体の医学教育の底上げが実現できるものと期待しています。

診療参加型臨床実習の実質化-全国平均を10週伸ばす必要性

国際基準を満たすためには全国平均を10週伸ばす必要がある

これからの医学教育に求められる改革の二点目は、診療参加型臨床実習の実質化です。共用試験に合格した学生が、実際に患者さんと接し、一定の医行為を行なう参加型臨床実習の意義と重要性については、記事1『2000年代に行われた医学教育の抜本的な改革と課題-卒前・卒後のシームレスな教育を』でお話ししました。しかし、基本的な診療の実践力を身につけるために行われるべき診療参加型臨床実習の質や力の入れ方については、各大学で少なからず差異があります。たとえば、順天堂大学では臨床実習を合計で72週実施していますが、全医学部・医科大学の臨床実習合計実施週数の全国平均は56.7週となっており、平均を下回る大学も存在します。ただし、前記の国際基準に基づいた医学教育分野別評価に対応すべく、それぞれの大学がカリキュラムの再編を行い、ここ数年のうちに臨床実習合計実施週数の全国平均は68.6週になる見込みとなっています。

学外臨床実習により地域医療を学ぶ機会を

総合病院だけでなく在宅医療の現場で患者さんと接して欲しい

また、地域包括ケアが叫ばれる今、大学付属病院以外での学外臨床実習も、ますます大きな意味を帯びていくものとなります。

現在、学外臨床実習の多くは総合病院で行われていますが、今後は地域の開業医の先生方にご協力いただき、訪問診療に同行させていただくことも必要になってくると考えています。

順天堂大学における訪問診療への同行実習

訪問診療

順天堂大学医学研究室の教授・武田裕子先生のゼミでは、在宅医療を受けている患者さんのご自宅へ訪問同行する学外臨床実習を行っています。

このゼミを選択した学生たちは、患者さんのご自宅で血圧の測定やインフルエンザの予防接種、身体診察や医療面接などの「医行為」を行なうほか、大学付属病院の外来では行わないような経験も積んでいます。

訪問診療だからこそ積める経験の一例

たとえば、訪問時には毎回患者さんと一緒に、詩の朗読や歌唱を行ったという学生もいました。これは、訪問看護師の方が患者さんと何度も接するなかで、声を出して歌うときにだけは、その方の表情が豊かになることを発見して以来、毎回行っていることだといいます。

こういった経験を通し、個々の患者さんに寄り添う医療の重要性を知ることは、その後学生が医師として働いていくうえで重要な意味を持つものとなるでしょう。

このほか、実習に参加した学生からは、「1人の患者さんにかける時間の違い」や「患者さんの家庭環境を把握することの医療的な意義」、さらには「チーム医療の重要性」などを、身をもって知ることができたといった報告がなされています。

今後、病院勤務医の道に進んだとしても、在宅医療について深い知識を獲得しておくことで、スムーズな病診連携が可能になるものと期待できます。

訪問診療への同行実習で獲得して欲しい視点

病気ではなく目の前の患者さんをみる-健康の社会的決定要因(SDH)

在宅医療

今、日本でも経済格差が拡大し、健康指標にも顕著に差が生じ始めています。国民一人ひとりの健康状態は、それぞれの社会的、経済的な条件に影響されることが明らかになっており、これらは「健康の社会的決定要因」(SDH:Social determinants of health)と呼ばれています。地域や患者さん一人ひとりのニーズに応じた医療的アプローチとは、SDHを意識することができてはじめて可能になるものです。

従来の臨床実習は、病気自体をみるというものでした。しかし、所得格差に伴う健康格差が拡大するなかで、患者さん個々人が抱える問題は多様化しており、病気のみをみつめていても解決できない健康問題は増加の一途を辿っています。

このような社会の要請に対応できる医師を育成するためにも、訪問診療への同行実習という経験を通して、学生にSDHへの視点を獲得して欲しいと考えています。

学外臨床実習を正規のカリキュラム化するために

地域を支える診療所との連携強化

ただし、24時間体制で在宅医療を行っている地域の開業医の先生方は非常に忙しく、また訪問診療という性質から受け入れられる学生の人数にも限りがあるため、上記のような学外臨床実習を経験できる実習先の確保はそう容易ではありません。

多くの大学では、OBの医師や地元の医師会など、私的なつながりを辿って受け入れの依頼を行っていますが、今後は日本医師会の協力のもと、地域の診療所との連携を強化し、学外臨床実習をシステム化していくことが理想的だと考えています。日本医師会も、医師の育成には非常に前向きな姿勢を示してくださっています。今後は、学外臨床実習を全ての医学部で正規カリキュラムとするために、実習先の確保ばかりでなく、その評価をどのように行なっていくなど現実的な議論を煮詰めていくことも必要です。

 

医学教育改革(新井 一先生)の連載記事

1979年順天堂大学医学部を卒業、順天堂大学脳神経外科に入局。米国NIH、自治医科大学、米国フロリダ大学脳神経外科にて研鑽を積み、現在は順天堂大学学長として、医学教育全般に向き合っている。一般社団法人全国医学部病院長会議の会長も勤めており、2023年問題を好機と捉え、日本の医学教育の向上と課題克服に向けて関係各所への提言も行っている。