アンジェルマン症候群は、主に重度の知的障害を特徴とした生まれつきの病気です。発語が困難なこと、けいれん発作、睡眠障害、問題行動など、さまざまな問題点がみられます。一方、アンジェルマン症候群の患者さんは、洞察力の鋭さや感受性の豊かさなど、優れた特徴も持ち合わせています。
今回は、アンジェルマン症候群とはどのような病気なのか、埼玉県立小児医療センター 大橋博文先生にお伺いしました。
アンジェルマン症候群は、下記のような特徴を持つ先天性(生まれつき)の病気です。
など
出生頻度は、1万5,000人~2万人に1人程度といわれています。遺伝子がうまくはたらかなくなることが原因であるため、発症について男女の性差はありません。
アンジェルマン症候群の原因は、遺伝子の機能不全です。ヒトの染色体のなかでも15番染色体上にある、UBE3Aという遺伝子の機能が損なわれることによって発症します。
15番染色体は、常染色体22本(男女とも持っている22対の染色体)のうち、15番目にあたる染色体です。
染色体とは、生物の遺伝情報を伝える遺伝子を含む物質です。ヒトは23本の染色体(1~22番までの常染色体と、性別を決めるY染色体・X染色体のどちらか一方)を2セット、計46本の染色体を持っています。
UBE3Aは、母親から受け継がれた場合のみはたらくという特徴をもつ遺伝子です。この特徴は、遺伝子のなかでも「ゲノム刷り込み現象」を受ける遺伝子(刷り込み遺伝子)にみられる特徴です。
UBE3Aに異常が起こると、母親から受け継がれてはたらくはずのUBE3Aがはたらかなくなってしまいます。父親から受け継がれたほうのUBE3Aはもともとはたらくことができないため、UBE3Aのはたらきは完全に失われてしまいます。
この異常によって引き起こされる病気がアンジェルマン症状群です。
遺伝子は基本的に、父親・母親から1つずつ子供に受け継がれます。受け継がれた遺伝子のセットは、父親・母親のどちらから由来していても同等にはたらきます。
しかし例外的に、父親・母親から由来した遺伝子のどちらか片方だけがはたらくという現象が存在します。これをゲノム刷り込み現象といいます。精子に含まれて子どもに伝わるとき、あるいは卵子に含まれて子どもに伝わるときにだけはたらくよう、遺伝子に印(しるし)が刷り込まれるようにみえることから、このような名前がつきました。
UBE3Aという遺伝子の機能不全は、突然変異によって起こります。つまりアンジェルマン症候群は、母親の遺伝子の異常、生活習慣、妊娠時の過ごし方などが原因で発症するわけではありません。遺伝子の病気は、人類に共通して一定の割合で起こる突然変異によるものです。
アンジェルマン症候群は、基本的には家族のなかでも1人だけに起こる病気です。家族内で複数人に発症することはほとんどありません。例外として、家族のなかで複数人が発症するような遺伝性を持つアンジェルマン症候群も存在しますが、まれなことです。
顔立ちには共通した特徴がみられます。程度に差はありますが、下あごが突き出している、口が大きい、といったことです。このような顔立ちの特徴は些細なもので、アンジェルマン症候群の方によく接している医師なら気がつくという程度です。
水や、ビニール袋などのプラスチック製品を非常に好むという特徴があります。
遺伝子の病気のなかでも、身体的な合併症*は少ないことが特徴です。心疾患(心臓の病気)や腎奇形(腎臓の奇形)など、命にかかわるような身体的な病気を伴うことはほとんどありません。
合併症…基礎疾患(アンジェルマン症候群)が原因となって起こる実際の症状。
アンジェルマン症候群の方には、優れた特徴があります。他人とのかかわりを持ちたがる、感受性が豊か、洞察力や観察力が鋭いということです。お子さんは周りの様子をよくみており、相手が親切にしてくれる人かどうかということなどを鋭くみわけます。
ちょっとした刺激に対して容易に笑いが誘発されます。何もきっかけがないときに笑うことはありません。
知的障害は重度です。精神・運動遅滞(遅れ)があることから、言葉を使ったコミュニケーションが困難とされています。また、作業をすることが難しいという方が多くみられます。
発達障害が重度で、特に発語が困難です。言語障害には個人差があり、言葉が出ない方(「あー」など)や、最低限の言葉が出る方(「パパ」「ママ」)などがいます。
睡眠障害は、アンジェルマン症候群のお子さんが持ちやすい特徴です。多くの場合、睡眠障害がみられます。夜なのに眠れないという子どもは多く、親も眠れないことから育児の負担が増す原因となります。
ただし、赤ちゃんの睡眠障害については、アンジェルマン症候群に限った特徴とはいいきれません。一般的に、乳児には昼夜の区別がないからです。
アンジェルマン症候群の赤ちゃんには、哺乳(ほにゅう)障害がよくみられます。哺乳障害とは、発育障害のひとつです。うまく哺乳ができず体重が増えづらい状態になることがあります。大きくなってから離乳食がなかなか食べられないお子さんもいます。
また、哺乳障害が起こると、胃から食道に逆流する症状(胃食道逆流症)を伴う場合があります。
胃食道逆流症…胃酸を多く含む胃内容物が食道内に逆流し、胸やけなどの症状をおこす病気。
けいれん発作は、幼児期に起こりやすい特徴です。ただし、成人期でも起こる可能性があります。けいれん発作が起こりやすい場合は、抗てんかん薬による治療で症状を和らげます。
骨の曲がり(側弯:そくわん)は、子どものころにみられやすい特徴です。また、成人期にも少し進行する場合があります。骨の状態については安定した状態を保っている方が多いものの、子どもの頃から健康管理を続けていくことは重要です。
動作のバランスの異常や、失調性歩行がよくみられます。失調性歩行とは、ギクシャクした歩き方をすることです。不安定で、こわばったような歩き方になります。
行動面については、さまざまな問題行動がみられます。成人期になると落ち着いてくるものの、症状の改善具合には個人差があります。
など
アンジェルマン症候群には、大きく分けて4つの遺伝学的な発症機序(メカニズム)があります。検査をするときは、下記のような4つのタイプがあることを念頭に置いて実施することが重要とされています。
欠失型は、15番染色体が一部欠損することにより、原因遺伝子UBE3Aのはたらきが失われて発症するタイプです。アンジェルマン症候群のおよそ70%が欠失型です。
父性片親性ダイソミーとは、1セットになっている2本の染色体が、どちらも父親から受け継がれてしまうことです。
15番染色体の場合、父性片親性ダイソミーになるとUBE3Aがはたらかなくなってアンジェルマン症候群が発症します。
刷り込み変異とは、母親(あるいは父親)から伝わってきた染色体の遺伝子の領域が、あたかも父親(あるいは母親)からきた遺伝子であるかのようにはたらいてしまう現象です。
15番染色体の場合、刷り込み変異が起こるとUBE3Aがはたらかなくなってアンジェルマン症候群が発症します。
母親から伝わってきた原因遺伝子UBE3Aそのもののなかに遺伝子変異がみられる場合があります。このとき、アンジェルマン症候群が発症します。
FISH(Fluorescence in situ hybridization)検査とは、一般的な染色体検査の一環で、DNAプローブ*を用いて行う精密な検査です。検査に必要な15番染色体領域のプローブを使うことで、アンジェルマン症候群を診断します。
保険適用されていることから、多くの場合、アンジェルマン症候群の検査として最初にFISH検査が行われます。アンジェルマン症候群のタイプのなかでは、欠失型について判定が可能です。
プローブ…FISH法に用いる特定の染色体部位のDNAのこと。
メチル化解析とは、DNAのメチル化という現象をみることで、病気の発症について調べる検査です。アンジェルマン症候群の多くは、メチル化解析によって判定されます。
この検査では、15番染色体でUBE3Aのある領域が父親・母親どちらのはたらき方をしているのかについて、判定することが可能です。それによって、欠失型・父性片親性ダイソミー・刷り込み変異の3つのパターンのいずれかであれば、アンジェルマン症候群の診断がつけられます。
欠失型・不正片親性ダイソミー・刷り込み変異のうち、どのタイプであるかを判定することは難しいものの、効率的な検査といえます。
DNAのメチル化…遺伝子発現の調節にかかわる現象。
シークエンス解析とは、DNAの塩基配列(塩基*の並び方)を解析する検査方法です。
アンジェルマン症候群の検査としては、遺伝子内変異についての判定が可能です。
塩基…核酸(DNAやRNA)の構成成分である化学物質。
アンジェルマン症候群の特徴がみられるものの、FISH検査・メチル化解析・シークエンス解析を行っても判断できない場合は、原因不明ということになります。
原因不明の患者さんについては、症状は似ているが異なる病気であるという可能性が残されています。しかし、まだ知られていない原因や、第二の遺伝子が存在する可能性があり、詳細は解明されていません(2017年時点)。
アンジェルマン症候群の患者さんは、赤ちゃんのときの健診(乳幼児健康診査)などで、精神・運動の発達遅滞(遅れ)が明らかになります。しかし、はっきりとした診断がつくまでには時間のかかることがあります。検査方法や判別方法がとても複雑で、なかなか原因がわからないことが多いためです。
埼玉県立小児医療センター 遺伝科 科長
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