乳がんの治療では単にがんを治すだけではなく、患者さんを一人の女性として、乳がん治療が終了した後の人生を含めて治療法を検討していく必要があります。本記事では、乳がん患者さんが抱えている問題やそれに対する支援、また横浜労災病院 乳腺外科で行うチーム医療の取り組みについて、独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院 乳腺外科部長である千島隆司先生と、同病院の看護師(がん看護専門看護師・乳がん看護認定看護師)である大椛裕美さんにお話を伺いました。
乳がんになると、治療のために長期間に渡り定期的な通院が必要になります。そのため、それまでと同じように家庭での役割を担ったり、仕事を続けることが難しくなったりすることがあります。また、治療と仕事の両立が困難な場合は休職や退職となることもあり、医療費の負担に伴う経済的な問題を抱える方も多くいます。
治療のなかで化学療法(抗がん剤治療)の副作用による脱毛や、乳がん切除に伴う乳房切除など、外見的な変化が生じることもあります。そのために、外出ができなくなったり人間関係を維持できなかったりする方も多く、社会的なつながりの減少も大きな問題です。
さらに、結婚や出産など女性としてのライフイベントを控えている若年女性の場合、それらへの影響がとても大きく、治療・仕事・ライフイベントなどを同時に考慮していく必要があります。
ご家族から「家族としてできることは何ですか?」「私には話を聞いてあげることしかできないんです」とよく相談を受けるのですが、そばにいて話を聞くことは、実はとても大切なサポートなのです。通院に付き添うなど、日常の何気ないことも患者さんにとっては大きなサポートになっているはずです。
また、ご本人にどんなサポートが必要なのか聞いてみることもいいことだと思います。周囲が心配していろいろと手助けをしても、実は患者さん自身にとっては負担となっていることもあり、そのことをいい出すことができない方も多くいます。
そのため、「そっとしておいてほしいのか」「何か特別なサポートが必要なのか」など、状況に応じて聞いてみることもサポートのひとつだと思います。
さらには、家族の立場だからいえることと、家族だからいえないことがあることを理解しておくことも重要です。そのうえで、病院など第三者のサポートを活用してみることも大切だと思います。
乳がん患者さんを支えるために、病院としては医師や看護師、薬剤師、栄養士など多職種の連携体制を整えることがとても重要であると考えています。
患者さんのなかには、医師や看護師に「こんなこと聞いていいのかな…」と思っている方が多いようで、検査の合間などに臨床検査技師や診療放射線技師に「実はとても怖いです」「不安でいっぱいです」と打ち明ける患者さんもいると聞きます。
そのため、日頃から患者さんの本音を聞いている職種も含めて情報交換や連携していくことが、病院全体として患者さんによりよいケアを提供することにつながると感じています。
また、病院内の相談窓口を明確にする必要があります。患者さんが何か困ったときに、自らアクセスできる場所をお伝えすることは非常に大切であると考えています。
乳がんはかつて命を落とす危険性の高い病気でしたが、医療の発展とともに治る可能性が高い病気となり、多くの方が「がんサバイバー」として、もとの人生に戻っていきます。そのため、私たち医療従事者は患者さんのその後の人生も見据えた全人的な治療を行う必要があります。
当科では、患者さんが治療後にどのような人生を送りたいのかを十分に考慮し、一人ひとりの患者さんに適した治療の提供を目指しています。たとえば、妊娠を強く望む方には抗がん剤治療の前に、受精卵を凍結して妊孕性(にんようせい:妊娠する能力)を温存したり、乳房を残したい方には乳房再建を推奨したりするなど、患者さんの希望に合わせて治療プランを組み合わせるようにしています。
横浜労災病院 乳腺外科では、医師や看護師、薬剤師、診療放射線技師、臨床検査技師、栄養士などの医療従事者や、医療ソーシャルワーカーや臨床心理士などが連携を取りながら、乳がん診療や患者支援を行っています。
また、乳腺外科で行うチーム医療において、主に以下の5つを目標として掲げています。
・臨床…最先端の治療はもちろん、乳がんが治ったあとの生活を考えながら、一人一人の患者さんに適した治療を行う
・研究…乳がん治療に関する国内外の臨床研究・新薬治験への参加や、社会復帰支援やがん看護に関する臨床研究を行う
・患者支援…メンタルケア、就労支援、遺伝相談、がんの生殖医療、アピアランス(外見)ケア相談、がん患者サロンなど、あらゆる方向からの患者サポートを行う
・教育…院内だけではなく、乳がん診療に携わる全国の医療スタッフと、患者サポートに関するチーム医療の勉強会を開催し、乳がん診療のレベルアップを目指す
・地域連携…患者さんの円滑な治療のために、近隣の病院やかかりつけ医と連携を図る
なかでも、特に教育に力を入れていて、そのなかの取り組みの一つに「よこはま乳がん学校」があります。
よこはま乳がん学校は、患者さん中心のチーム医療を探求・実践する目的で設立されました。全国各地からさまざまな職種の医療従事者の方に参加していただき、前回は全7職種、66名の方が参加されました。
よこはま乳がん学校では、4日間の講義・グループワークを通して、様々な視点から患者さんにとって適切な治療と必要な支援について考えていきます。また、乳がん診療に限らずチーム医療を学ぶ目的で参加される方も多く、循環器内科の医師などが参加されることもあります。2017年度には、日本乳癌学会公認の教育講座として認定され、日本乳癌学会総会でも厳選口演として取り上げられました。
私が患者さんへお伝えしたいことは、乳がんになったからといってすべてを諦めないでほしいということです。乳がんと診断されると「仕事も趣味もやめた方がいいのではないか」「がんになってしまったのだから仕方ない」などと考える患者さんがとても多いように思います。
しかし、決してそんなことはなく、がんになったことは人生のほんの一部の出来事に過ぎません。いつかそのように思える日が来ることを願っていますし、がんになっても自分らしく生きていくことができるように、そのサポートをしていくのが私たちの役割であると考えています。
病院には、さまざまな専門知識を持つ多くの職種が勤務していますので、患者さんの悩みに応じて適切な専門職に橋渡しをすることができます。ですから、決して一人で悩まずに、困ったことや不安なことがあればまずは病院で相談をしてみてください。患者さんにとってよりよい方法を一緒に考えていけたらと思っています。
乳がんは適切な治療を受けることで治る可能性の高い病気です。そのため、乳がんと診断されても焦ったり不安に思ったりしないでください。乳がんが治ることを前提に、その後どのように生きていきたいかを考えながら治療を選択してほしいと思います。
そのためには、1か月から2か月程度の時間がかかっても問題ありません。それほど急激にがんが悪化することはまれです。ご家族や主治医、看護師、薬剤師などいろんな人と相談しながら治療法を考えていきましょう。場合によっては、セカンドオピニオン(主治医以外の医師に意見を聞くこと)を受けていただいてもいいと思います。そして、実際に治療を受ける際には、自分の人生で大切にしたいことを忘れずに治療を受けていただきたいと思います。
昭和大学医学部外科学講座乳腺外科学部門教授/昭和大学横浜市北部病院外科系診療センター乳腺外科 診療科長
昭和大学医学部外科学講座乳腺外科学部門教授/昭和大学横浜市北部病院外科系診療センター乳腺外科 診療科長
日本外科学会 指導医・外科専門医日本乳癌学会 評議員・指導医・乳腺専門医日本遺伝性腫瘍学会 遺伝性腫瘍専門医日本消化器外科学会 消化器外科指導医・消化器外科認定登録医・消化器がん外科治療認定医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会 責任医師・評議員日本医師会 認定産業医日本乳癌検診学会 評議員日本サイコオンコロジー学会 代議員
1991年福島県立医科大学医学部卒業。横浜市立大学大学院に在籍中に、カルフォルニア大学サンディエゴ校へ留学。留学期間中はGFP遺伝子の研究に携わり、GFP遺伝子を使ってがん細胞が転移する様子を確認することに成功。帰国後は、乳がん治療の最前線に携わりたいという思いから、臨床医としての経験と技術を積み上げる。
千島 隆司 先生の所属医療機関
大椛 裕美 さんの所属医療機関
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