青森県立中央病院は総合病院としての役割を果たしながらも、病院内に様々な疾患のセンターを構えることで専門性の高い医療を提供しています。今回は青森県病院事業管理者の吉田茂昭先生に、青森県立中央病院の取り組みから、今後どのような地域医療を目指していくかを中心にお話をうかがいました。
青森県立中央病院外観 提供:経営企画室
青森県立中央病院の大きな特徴は、4大疾病に対する拠点と5つの事業です。
病院内には、
があり、政策医療(4疾病)の拠点となっています。この4つのセンターは、私が青森県立中央病院に勤務(当初は病院長を兼務)することになった時点で設立を決心していました。
私は、国立がんセンターで33年間勤務しましたが、治療中のがん患者さんに、例えば心臓に合併症が起きる、全身的な薬の副作用が現れる、ということが決して少なくありませんでした。また、そのような際、がんの専門医だけではカバーしきれないこともありました。こういった経験から、ナショナルセンターの様な疾病指向型のセンターを1か所に集めれば、難しい合併症や副作用にも対応可能で、より安全かつ充実した医療を提供できるのではと常々考えていたのです。
まず、2008年に、がん診療センター・循環器センター・脳神経センターを立ち上げました。糖尿病センターについては暗中模索状態でしたが、当院では、眼科の入院患者さんの8割が糖尿病性網膜症で、皮膚科に通う患者さんの半分にフットケアを行っていることがわかりました。つまり、眼科と皮膚科で診療する多くの患者さんの基礎疾患が糖尿病だったのです。そこで、眼科と皮膚科を取り込む形で、2010年に糖尿病センターを立ち上げました。病院内に4疾病のセンターを有することで、結果、総合病院としての役割を果たしながらもセンターとしての高度専門的な治療を展開することが可能になりました。
4疾病と並行して、政策医療に挙げられる5事業にも取り組んでいます。5事業とは
です。小児医療では、小児HCU(高度治療室)や小児精神科まで診療の幅を広くしています。今後、これを小児センターのレベルにまでもっていきたいと考えています。また、当院には守備範囲が広くどんな疾患にも対応できる総合診療医が在籍しており、通常の診療に加え、救急医療やへき地医療でも活躍しています。
青森県立中央病院では、診療中の全てのがん患者さんの痛みを軽減させる初期緩和治療に力を入れています。
当院が緩和ケアを積極的に行うようになったのは、国立がん研究センター中央病院におられた的場先生の厚労科研「がん疼痛の除痛率を含めた緩和ケア提供体制の評価に関する研究(SPARCS)」にフィールドとして参加したことがきっかけです。この研究の目的は、痛みの治療が必要ながん患者さんのうち、どれくらいの割合の方の痛みを取り除けているかを除痛率として算出し、病院の評価指標にしようとするものです。2011年から研究をはじめ、2012年と2013年に青森県立中央病院で様々な調査をしました。看護師がどのような質問を投げかければ、患者さんの痛みの有無を最も正確に、他の指標(NRS)とも整合性がとれるように把握できるのかを調べた結果、「痛みによって何か日常生活で困っていることはありませんか?」という質問が、痛みの拾い出しに1番効果があることがわかりました。また、困っていると答えた場合には、「では痛みの程度はどの程度ですか」といったように具体的な痛みの度合いを訊きだすこと可能となり、看護スタッフ間で痛みの情報を共有できるようになりました。
入院患者さんについては毎日検温にいくタイミングで、どのような痛みが、どの程度あるのかをチェックをしています。そういった取り組みによって、中等度以上の痛みがあるのに、鎮痛剤が処方されてないというような症例も拾い出され、担当医に報告することで適切な薬を処方できるようになりました。
外来の患者さんに対する痛みのスクリーニングをどうするかについては、議論もありましたが、現在では、「痛み」の質問票に従って患者さんの回答を直接PHSに入力することで、自動的にスコアが出てくるようになりました。この方法は他の医療機関も興味を持つところとなり、一緒に活動してくれている施設も徐々に増えつつあります。
また、2014年度からは、痛みのスクリーニングに、気持ちが落ち込むなどの精神的な痛みも取り入れるようになりました。そのような症状が続く患者さんについては、緩和医療科(精神腫瘍科)の専門医に診てもらうようにしています。
青森県立中央病院ならではのもう一つの特徴的な活動として、メディコトリムの推進があります。メディコトリムとは、メディコ=メディカル(医療)とトリム=トリミング(整える)を合わせた造語であり、運動や食事などの生活習慣に対する意識を変え、寝たきり予備軍の方を減らす予防活動です。
メディコトリムでは、まず5種類の運動能力テストを行い、バランス能力や歩行能力、心臓機能を調べ、1人1人に合わせた運動処方をつくります。次に、普段の食事内容を聞き取り、医師や栄養士が栄養処方を作成し、後日、運動処方と栄養処方をもとに、歩き方や筋トレ・栄養講義などを行うものです。
似たような取り組みとしてメディカルフィットネスが知られていますが、この場合は健康体の方々を対象としていますので、例えば血圧が180 mmHg以上もあればご遠慮下さいと言われてしまいます。しかし、メディコトリムでは医師が常に傍についておりますので、ハイリスクの方々も参加できますし、実際に高血圧の方々が正常血圧に戻ってくるというような事例も日常的に経験します。
メディコトリムのような医師が関わる予防医療は、生活習慣の改善や運動により、病気の一歩手前、あるいは既に病気の領域に踏み込んだ方々でも健康へと導くことができます。その結果、不必要な薬の投薬を減らし、健康体を維持することで医療費の抑制にも繋げられます。
しかし、現在の医療制度では予防医療に対する評価が低く、病気でなければ保険の適応もありません。そのため、その運営に必要な資金を確保できず、ボランティアでやっているようなものです。運動や食習慣を少し変えれば、病院に行かなくてもよくなる方が増えてくるということを考えれば、予防医療はもっと評価されるべきではないでしょうか。
青森県立中央病院は、地域医療構想でも急性期病院として位置づけられています。従って、治療が必要な患者さんについては、他の医療機関からご紹介を頂くとともに、比較的症状の軽い方や手術を終えた患者さんについては、地域の医療機関に逆紹介をし、受け入れてもらっています。そうしなければ、病棟や外来に患者さんが滞ってしまい、治療が必要な人たちを受け入れられなくなってしまうからです。
私が青森県立中央病院に赴任した当初(2007年)は、紹介・逆紹介という今のような形はほとんどありませんでした。患者さんにしてみれば、「せっかく県病で手術して貰ったのだから最後まで同じ先生に診て貰いたい」という思いで通院されている訳ですし、担当する医師の方も「自分の患者」という意識(責任感)で診療していました。そういった中で患者さんや地域の医師たちを説得し、昔からのやり方を変えようというのは大変なエネルギーが必要でした。
しかし、今では紹介・逆紹介制度の理解が進み、そのような閉鎖的な環境から徐々に抜け出しつつあります。医療機関同士の垣根も低くなり、地域連携パスなどと通じてお互い協力して診療することが当たり前のようになってきました。
今後の日本はさらに高齢化が進み、医療費も膨張を続けると予想されています。これに対応するには、チーム戦で医療に取り組む必要があります。サッカーチームのように、地域のそれぞれの医療機関が役割を分担し、重複医療のような無駄を排し、連携しながら治療を進めれば、全体として今よりもよい医療を患者さんに提供することができるのです。
求められる医療というものは地域によって異なります。つまり、どこかの地域で上手くいった方法が、ここでも上手くいくとは限りません。我々は一体となって、この青森の地でベストと言えるような医療モデルの創造を目指していきたいと考えています。