医療の進歩とともに、治るがんは増えてきており、がん患者さんの幅や動向は多様化しています。また、希少ながんの研究も進み、治療できるがんの種類も増えています。このような潮流のなかで、日本のがん医療を牽引してきた国立がん研究センター中央病院は、「社会と協働し、すべての国民に最適ながん医療を提供する」というスローガンを策定しました。病院長の西田俊朗先生は、このスローガンに加え、先進的かつ開発的な医療を届けることも、国立がん研究センター中央病院に課せられた使命であるとおっしゃいます。病院の位置する関東近郊のみならず、全国のがん患者さんに役立つ施設として機能するために、国立がん研究センター中央病院が現在注力している事業と今後目指す姿について、西田先生にお伺いしました。
東京都中央区に位置する国立がん研究センター中央病院は、1962年の設立以来、日本国内でもトップレベルのがん医療を提供するべく、最新のがん診療と新規の診断・治療の研究開発などに取り組んでいます。
がん患者さんの受診行動には、特筆すべき傾向があります。たとえば、脳卒中や心筋梗塞の場合、急性期から慢性期までの一連の医療提供は、地域の二次医療圏内でおおよそ完結しています。
一方、がんの診断を受けた患者さんの多くは受ける医療の性質に応じて地域を跨ぎ、移動する傾向があります。脳卒中や心筋梗塞よりは多少の時間的余裕があることが多いからでしょう。
東京都のデータでは、手術や強い抗がん剤治療などを要する「がんの急性期」には都心部の医療機関を利用し、「がんの回復期や慢性期」になるとお住いの地域に戻るという特徴的な動向がみられます。
このような動向があるなかで、現在「働く世代のがん」が重要な着眼点のひとつになっています。たとえば、埼玉県に住んでおり、東京都内の企業で勤務している方ががんの診断を受けたとき、その後の選択肢は大きく2パターンに分かれます。
働く世代のがんは勤務先の検診時に発見されることが多いため、現状では、手術などが必要な患者さんは東京都内に集中しています。このような背景から、東京都の中心部に位置する当院で提供すべき医療とは、全国の患者さんを対象としたがんの高度急性期医療であると考えています。
当院の母体である国立がん研究センターは、2016年から(1)ゲノム医療の実装化と(2)希少がん・難治がんの克服を強化していくべき使命として掲げています。
前者は、ゲノム情報に基づくがん医療を現実のものとするということです。
後者の希少がんのなかには、現時点では診断法も治療法も確立されていないがんが多々あります。希少がんはその疾患自体が少なく、これらを専門とする医療・研究施設も多くはありません。海外では希少疾患領域において「集約化」が重要なキーワードとなっており、私自身も希少がんの診断・治療確立には集約化が欠かせないと感じています。
日本では、当院が中心となってこれらの治療開発を行っていく必要があると考えています。
国立がん研究センター中央病院が担うべき中心的な役割とは、全国のハブ施設として機能するということです。具体的には、地域にも中心的な病院を設け、協働して希少がんを克服していくという構想を描いています。オーケストラに喩えるならば、私たちは指揮者として、全国の病院の調整を行っていくことが重要だと考えています。たとえば、希少がんの地域ごとの頻度をみて、中心となる病院を作るべき地域や必要な施設数を割り出し、リソースを提供することなどが今後のミッションとなっていくでしょう。
2016年に当院に設置された希少がんセンターには、全国から月間500件ほどの相談が寄せられています。当センターの主な任務は、その患者さんのお住いの地域から、希少がん治療のノウハウを持つ病院を紹介するといったものです。
その一方で、当院の内部にも各希少がんの専門グループを作り、がんの種類ごとにより専門性の高い医療を行なえるよう体制を整えています。
がん治療による副作用などの有害事象は、あらゆるステージのがん患者さんのQOL(生活の質)を低下させてしまう要因となります。
末期がんの患者さんから疼痛や精神的な痛みを取り除く「緩和療法」は普及してきましたが、あらゆるがん治療に伴い生じる苦痛のケアである「支持療法」は、これから確立していかなければならない分野であるといえます。たとえば、抗がん剤により肌荒れなどが起こった患者さんに対し、専用化粧品を用いたアピアランスケアを行なうことがあります。しかし、このような支持療法でエビデンス(医学的根拠)は、現時点ではほとんど確立されていません。そのため、当院では支持療法と緩和療法に関するエビデンスに基づく医療を創り、提供すべく「患者サポーと研究開発センター」を新設し、多角的な方面から臨床と研究に力を注いでいます。
国立がん研究センター中央病院に新設された部門のなかでも、是非ご紹介したい部署のひとつに「医療情報部」が挙げられます。現在、がん医療におけるビックデータの活用が盛んに叫ばれていますが、医療の分野で、正確で、欠損値の少ない莫大なビックデータをつくるには課題もあります。
その一つに、複数の企業の電子カルテや部門システムなどからデータを統合する際、同じ言語に統一するために、現時点では人の手を入れなければならないことが挙げられます。
国立がん研究センターでは「全国がん登録事業」を実施しており、現在ではこれらのデータからがんの予後までもわかるようになりました。これをがん医療の開発に使わない手はありません。
医療情報部では、貴重かつ膨大なデータを将来の臨床試験に使用することを目指し、人を介さず正確にデータを集約できるような電子カルテの開発に取り組んでいます。
国立がん研究センター中央病院は、がん領域の治験や臨床研究を全国でもトップクラスで行っているという強みがあります。新たな薬剤や医療器具を臨床の場で使うためには、治験の際に、異なる診療科医師や別の分野の研究者など、多岐的な視点から新規治療の使い方を絞り込んだり、広げたりして適正化しいく研究が必要になります。これを、TR(トランスレーショナル・リサーチ/橋渡し研究)といいます。診療科や部門の枠を超えて協働していくことがカギとなるTRは、大学病院などの専門分化した施設に比べ、当院のような垣根の少ない施設に向いている領域であると考えます。新規治療開発の重要な要素となるTRを強化していくため、現在当院では企業の方に向けたわかりやすい窓口を設け、ワークショップなども開催しています。
冒頭でも述べたように、当院は「がんの急性期」に対して国内最高峰の高度な医療を提供することを使命としています。また、当院は国立の病院であり、国の研究補助なども受けています。
そのため、今後は病床利用率を変えることなく平均在院日数をさらに短縮し、より多くの方に手術などの高度な治療を提供していきたいと考えています。現在、当院の病床利用率はおよそ91~92%、病床稼働率は100%を超えています。この利用率を変えることなく、在院日数を短縮するためには、地域の病院や診療所との連携強化が欠かせません。
また、手術数を増やすためには麻酔医の増員が不可欠です。現在、当院には特殊な部屋を除くと16のオペ室があります。しかしながら、必ずしもそのすべてが稼働しているわけではありません。
持てるリソースを最大限に使い、国民の方々に医療提供という形で還元していくために、まずはこれらすべてのオペ室を効率的に動かせるよう、麻酔医の確保に注力したいと考えています。
麻酔医のみならず、より広い意味での人員確保も今後難しくなっていくものと推測されます。2018年度から始まる新専門医制度と、がん医療のみを行なう当院の施設的特性はマッチングしない部分もあります。
また、当院はその性質上、リサーチマインドを有し、臨床にも長けた人材を必要としています。こういった人材は、毎年新たに生まれる多数の医師のなかでもそう多くはありません。
組織とは人により成り立つものです。今後、人員の確保が難しくなることが予想されるなかで、最適かつ最新のがん医療を作っていける人材を集めていくことは、私たちに課せられた大きな課題となると考えています。
国立がん研究センター中央病院のミッションは、新しいがん医療を開発し、普及させていくことです。今はまだない医療を確立して届けたいという志を持つ方や、今後のがん医療をデザインしたいという意思を持つ方は、ぜひ当院に来ていただきたいと思います。
私自身も、今後の医療のあり方や、診療体系をデザインしていきたいという思いを持っています。また、当院に勤務している医師やコメディカルスタッフも、開拓精神を持つ方が非常に多く、留学などにも意欲的です。財政上可能な限り、高い志を持つ医師やスタッフの留学も支援していきたいと考えています。
ここ、国立がん研究センター中央病院は、国民すべてのための病院です。ですから、より多くの方に「国立がん研究センター中央病院でなければ受けられない医療」を提供したいと考えています。
高度で先進的な医療を最大限多数の患者さんに提供するためには、医師やスタッフだけでなく、患者さんやそのご家族の協力も欠かせません。がんの急性期には当院を利用し、一般的ながん診療は地域で受けていただくといった「医療機関の使い分け」をしていただきたいとお伝えします。
また、当院では既存の治療だけでなく、数年後に承認を受ける見込みのある未承認薬を用いたがん治療や、非常にまれな希少がん、難治がんの治療も実施しています。ご自身の地域では最適な治療がみつからずお困りの患者さんは、ぜひいつでもご利用ください。
地域医療機能推進機構(JCHO)大阪病院 病院長
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