私たちにとって身近な医療の専門家である「かかりつけ医」は、健康について何でも相談に乗ってもらえる医師のことを指します。横浜市医師会では、地域の医療・介護・福祉を守るため、かかりつけ医の重要性を提唱してきました。また、同会では、在宅療養中の患者さんに向けた在宅医療の体制づくりに注目し、行政と協力してさまざまな事業に注力しています。
今回は、かかりつけ医と在宅医療、横浜市医師会の取り組みについて、同会の会長である水野恭一先生にお話を伺いました。
かかりつけ医とは、自分の身近で医療、介護、福祉、そのほか何でも相談できる医師のことです。近くて話しやすい先生がかかりつけ医になることが多く、2017年に横浜市医療局が実施したアンケートでも、かかりつけ医を選んだ理由として「自宅・職場等から近い身近な地域の診療所(クリニック等)の医師」と回答した方の割合は74.0%でした。
また、かかりつけ医は総合的な診療を担う医師であるため、必要な検査や治療を一通り受けることができます。場合によって、その診療所では治療が難しいときや、精密検査が必要なときには、より専門的な医師や医療機関を紹介してもらうこともできます。
私たち医師が診療するとき、患者さんを取り巻く環境が分かれば治療の手がかりになることがあります。たとえば、喘息をもっている患者さんが親子で受診して、お子さんも喘息をもっていることが分かったり、年配の女性が受診してお嫁さんの愚痴を話すので、義理の娘さんと同居していることが分かったりします。患者さんの病気そのものだけでなく、家庭環境や生活を知ることも医師にとっては大切です。
地域の病院にとっては、かかりつけ医は「病診連携」などの機能分担に必要な存在です。病院と近隣の診療所とで役割分担することを病診連携といい、病気やけがをしたときは、まずはかかりつけ医の先生に診てもらうことが大切です。病診連携が充分に機能すれば、大規模病院などに患者さんが集中して混雑をきたすことなく、地域の医療機関の負担を減らすことにつながります。また、患者さんにとっても、予約をとった時間に診療してもらえない状況を解消し、待ち時間が短くなるというメリットもあります。
かかりつけ医をもっていない方は、現在は健康であるという方が大半なのではないでしょうか。慢性の病気がある方や、子どもの頃から風邪などを診てもらっているという方の場合、かかりつけ医が決まっていることは多いかと思います。それ以外の場合でも、いざという時にかかりつけ医がいると便利です。たとえば、救急車を呼んだときによく知った病院へ搬送してもらえること、ご家族が病気で亡くなったときに診療を継続中であれば死亡診断書を書いてもらえることなどが挙げられます。ご高齢のご家族のためにかかりつけ医を探すという方もよく見受けられます。
横浜市医師会は、地域の医療・介護・福祉を守るためにかかりつけ医が必要であると提唱してきました。近年、厚生労働省においても、地域の総合的な診療を行うかかりつけ医の普及・確立が図られています。この背景としては、医療保険制度の厳しい財政状況があると考えられます。
2014年に成立した「医療・介護総合確保推進法」は、将来の人口減社会を見据えて人材や医療費の問題を見直すため、医療と介護の総合的な確保を推進する法律です。また、全国で盛んに進められている「地域医療構想」は、将来必要となる入院ベッド数を推計して、効率的な医療提供体制を実現する取り組みです。横浜市はベッド数を増加させることが求められている地域のひとつですが、多くの公立病院などではベッド数の削減が求められています。
ベッド数が減少すると、患者さんは病院から在宅へと移って療養生活を送るか、あるいは施設に入居することになります。そのため、住み慣れた地域で自分らしい生活を最後まで続けられるよう、かかりつけ医を含む、地域の包括的な支援・サービス提供体制(地域包括ケアシステム*)の構築が重要となります。
しかしながら、病院から在宅への移行が求められるなか、在宅における医療や介護(在宅医療)については、提供体制が充分に整っていないという課題があると思われます。
地域包括ケアシステム…地域において、医療、住まい、介護、介護予防、生活支援が一体的に提供される仕組み。
近年、地域包括ケアシステムの一環として、高齢者への住まいの提供が注目を集め、高齢者の入居可能な賃貸住宅が頻繁に建設されるようになりました。政府から建設補助金の提供を通じて普及促進が後押しされており、入居者にとっては生活するうえで安心につながること、事業者にとっては新たな商機になるといったメリットが挙げられます。しかし、住まいの提供は地域包括ケアシステムの支えのひとつであるとはいえ、地域で医療や介護を提供できる環境の整っていることが前提で進められるべきだと考えています。
たとえば、横浜市の一部の区では、高齢者向けの大規模な賃貸住宅が建設されたことによって、町の疾病構造(ある時点で病気にかかっている方の人数や傾向)が大きく変わりました。入居者はご高齢の方で、何かしらの病気を抱えていらっしゃることがほとんどということもあり、大勢の入居者の健康管理をすぐに実現することは簡単ではありません。しかし、全ての方の健康管理を行ってこそ、本当の意味で地域の医療を守ることにつながると考えています。横浜市医師会は、区の医師会長と協力し、地元の医師会から提携の医師を選出して入居者の方々の診療にあたっています。
横浜市医師会では、行政と協働して在宅医療の相談窓口を各区に設置しています。治療を終えて退院してくる方や、ほかの地域から移転してくる方、ご自宅で具合が悪くなり往診を必要とする方などのご相談を受け付けています。
また、本会は在宅医療・介護連携の強化を行政から請け負い、往診が可能な医師の増員や、往診医をはじめとした医療従事者の支援などを行っています。地域では多様な職種の方々との連携が必要になることから、横浜市医師会が責任をもって多職種連携の強化に努め、広報活動や啓発活動にも力を入れています。
これらは、横浜市の各区がそれぞれ訪問看護ステーション、診療所、地域包括ケアシステムにおける相談窓口などを有してしっかりと独立していることで実現した取り組みです。今後も、横浜市行政と共に尽力してまいります。
地域包括ケアシステムの実現に向けて、日本では主に高齢者向けの政策が立案される傾向にありますが、実際に地域で暮らしていく方々は高齢者だけに留まりません。地域包括ケアシステムを必要とする方の中には、障がいをもっている方や、生活するうえで医療的ケアを必要とするお子さん(医療的ケア児)など、さまざまな方がいらっしゃいます。
そういった方々のご自宅に往診している医師から強い要望を受けて、横浜市医師会は在宅医療に関する事業を2018年より開始しました。横浜市長にご理解をいただき、医療局、健康福祉局、教育委員会、こども青少年局が一括して携わることとなりました。全国でもほかに例をみない取り組みです。
先にお話ししたように、かかりつけ医は身近で何でも相談できる医師のことですが、本来は在宅医療なども含めて「かかりつけ医」であり、その相談内容は段々と複雑になってきています。私たちだけでは解決できない課題については多職種と協力し、「市民の健康と福祉を守る横浜市医師会」をモットーに取り組んでいきたいと思います。