乳がんは、40~50歳代で発症することが多いがんであることから、仕事を続けながら治療を受けている患者さんが多くいらっしゃいます。そのような方々が、治療と仕事を両立していくために、関西ろうさい病院では、「治療と仕事の両立支援」に積極的に取り組んでいます。
今回は、仕事を持つ乳がん患者さんが抱える問題点や、乳がん患者さんへの両立支援について、同病院の乳腺外科部長である柄川千代美先生にお話を伺いました。
乳がんとは、乳房内の組織である乳腺に発生する悪性の腫瘍を指します。乳がんの治療は、がんの進行度や種類によって異なりますが、多くの場合、手術でがんを摘出したあとに、がんの進行や再発を防ぐ目的で、薬物治療(抗がん剤治療やホルモン療法*)や放射線治療を行います。
一般的な治療期間は、抗がん剤治療は数か月〜半年間ほど、ホルモン療法は5〜10年間ほどです。その期間、仕事を持つ多くの乳がん患者さんは、外来通院でこれらの治療を続けながら、仕事をされています。ただし、後述する副作用の影響で、抗がん剤治療中は一時的に休職されている方もいらっしゃいます。
*ホルモン療法…乳がんの増殖に影響を与える「エストロゲン」という女性ホルモンの産生を抑えたり、エストロゲンが受容体と結合するのを阻害したりする治療
基本的に、乳がん治療と仕事は両立していくことが可能ですが、両立にあたり以下のような問題や不安を抱えている患者さんが多くいらっしゃいます。
抗がん剤治療やホルモン療法による副作用によって、これまで通りに仕事がしにくい状態となることがあります。特に抗がん剤治療は、比較的重い副作用が生じることがあり、副作用の程度や種類によっては、治療期間中は一時的に休職されている方が多いです。
抗がん剤の主な副作用としては、以下のようなものが挙げられます。
など
*骨髄抑制…抗がん剤治療によって、骨髄のはたらきが低下している状態。血液細胞をつくる機能が低下するため、白血球、赤血球、血小板が減少し、発熱、感染症、貧血などが起こる。
抗がん剤治療だけでなく、ホルモン療法でも副作用を生じることがあります。ホルモン療法の代表的な副作用には、「ホットフラッシュ」と呼ばれるものがあります。これは更年期障害のように、ほてりやのぼせ、発汗を感じやすくなることをいいます。突然に多量の汗が出ることもあり、仕事に支障が出ることもあります。
また、アロマターゼ阻害剤という薬によるホルモン療法では、関節の痛みやこわばりが生じます。骨粗しょう症*になるリスクも上昇するため、骨折のリスクも高まります。アロマターゼ阻害剤は、閉経後の患者さんに使用されるため、肉体労働を伴う仕事をされている方は少ないですが、体を使う仕事をされている場合には、骨折などに注意が必要です。
*骨粗しょう症…骨の強度が低下してもろくなり、骨折しやすくなる病気
乳がんであることを告げると、多くの方が「仕事は辞めないといけませんか?」とおっしゃいます。確かに、一時的な休職が必要な場合もありますが、基本的に乳がん治療と仕事を両立することは可能です。
しかしながら、乳がんについて患者さん自身が持っている情報が少なかったり、誤った情報を持っていたりすることから、すぐさま離職しなくてはならないと考える方が多いようです。
このような先入観による離職を防ぐためには、まずは乳がんについて正しく理解してもらう必要があると考えています。そのため、診療の際に「可能な限り、仕事は続けるようにしてください」とお伝えするほか、仕事に対して強い不安があれば、乳がん看護認定看護師などのスタッフにゆっくり相談してもらう時間を設定しています。
患者さんのなかには、乳がんであることを職場に言っていない方もいらっしゃいます。それにはさまざまな理由が考えられますが、たとえば、「公表しても理解されないのではないか」、「意に沿わないポジションに変えさせられるのではないか」という不安から、がんであることを職場に隠していることが考えられます。なかには、仕事を優先するあまりに、治療を中断してしまう方もいらっしゃいます。
当院では、仕事を持つ患者さんが病気の治療をしながら働き続けることをサポートするために、「治療と仕事の両立支援」に取り組んでいます。ここからは、乳がんの患者さんに対して、当院で行っている両立支援についてご紹介します。
まずは、治療を受けながら仕事を続けることに対して、不安を感じている患者さんをピックアップするために、乳がんの診断時に、「何か仕事をしているか」、「どのような仕事をしているのか」などをお伺いするようにしています。
また、がんに関するあらゆる相談をお受けする「がん相談支援センター」から両立支援に至るケースもあります。がん相談支援センターには、両立支援コーディネーターがおり、悩みに関する具体的なお話を伺ったり、主治医や職場への橋渡しを行ったりしています。当院では、がん看護認定看護師と医療ソーシャルワーカー(MSW)が両立支援コーディネーターとしての役割を担っています。
そのほか、入院中の患者さんに対し、仕事に関する悩みについて任意で調査を行い、支援が必要な患者さんをピックアップしています。
※関西ろうさい病院 両立支援コーディネーターの記事はこちらをご覧ください。
患者さんが希望される場合には、主治医から職場に対し、文書で情報共有を行います。文書には、現在の病状、治療の予定、就業継続の可否、職場で配慮いただきたいことなどを記載します。
文書を作成する際には、必要事項をしっかりと記載したうえで、患者さんの個人情報へ配慮するようにしています。なかには、乳がんのステージ、手術の具体的な内容(乳房を切除したか、乳房再建を行ったかどうかなど)を職場に知られたくないという方がいらっしゃいます。しかし一方で、ステージや手術内容まで職場に伝えてほしいというケースもあるため、どこまでの情報を職場に提示するか、患者さんと相談しながら作成する必要があります。
また、2018年からは、がんの患者さんに関して、主治医と産業医*とで文書による情報交換を行うことで、「療養・就労両立支援指導料(1000点/10000円)」という診療報酬が算定できるようになりました。
*産業医…企業で労働者の健康管理などを行う医師
乳がんの患者さんに対して両立支援を行ってきたなかで、「前向きな気持ちになれた」、「不安な気持ちが解消された」、「職場からの配慮が得られた」などの声をいただいています。
たとえば、派遣社員として病院で勤務されていた患者さんは、自宅から近い場所にある病院に配置転換をしてもらうことができたそうです。
また、配達業務をされていた患者さんは、乳房切除後、乳房再建術を行っていたことから、「腕を酷使する重労働をなるべく控えるように留意していただきたい」と職場にお伝えしました。結果、それまでの肉体労働を軽減してもらうことができたようです。
両立支援には、いくつかの課題もあります。そのひとつが、病院と職場とで情報交換を行う仕組みが、まだまだ不十分であるということです。
先ほどお話ししたように、がん患者さんについて産業医と情報交換を行うと、診療報酬が算定されます。そのため、情報交換の手順や文書の形式は、ある程度確立しています。
しかし、産業医がいない職場との情報交換の仕組みは、まだまだ確立されていません。そのため、ケースバイケースで対応しなければならず、スムーズな情報交換ができていない現状があります。
今後は、産業医がいる職場に限らず、どの職場にも当てはまる情報共有の仕組みができれば、両立支援がもっと広がっていくのではないかと考えます。
そもそも、両立支援の仕組みがあること自体を知らない職場が多いことも、両立支援の大きな障壁といえるでしょう。
厚生労働省からは、2016年に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」が出ており、病気を抱える方に対する、業務上での措置や治療への配慮などについてまとめられています。しかし、このガイドラインを意識して、しっかり読んでいる職場は、まだまだ少ないのではないかと思います。両立支援を必要としている多くの方が支援を受けられるよう、ぜひこのようなガイドラインがあることから知っていただきたいと思います。
乳がんと診断され、「仕事が続けられるかどうか」、「休職後に復帰できるか」など、不安に思うことはたくさんあると思いますが、できる限り離職はしないでいただきたいと思います。
乳がんの治療には、高い治療費がかかることがあります。それにもかかわらず、離職によって収入が得られなくなると、経済的に不安定な状況に陥ることも考えられます。
さらに、仕事をせずに家に1人でいる時間が長くなると、どうしても乳がんのことで頭がいっぱいになってしまうでしょう。気分転換のためにも、可能な限り仕事は続けてください。
手術のための入院や抗がん剤治療中など、いったん休職が必要な場合もありますが、基本的に乳がんの治療と仕事を両立することは可能です。もし不安なことがあれば、どのようなことでも構いませんので、1人で悩まずに主治医や看護師などに話してほしいと思います。そして、両立を手助けできる体制があり、関係スタッフもたくさんいることを知っていただきたいです。
関西労災病院 乳腺外科部長
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