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甲状腺手術を安全に行うための隈病院麻酔科の取り組み——気道管理の重要性について解説

甲状腺手術を安全に行うための隈病院麻酔科の取り組み——気道管理の重要性について解説
三川 勝也 先生

医療法人神甲会隈病院 麻酔科 科長

三川 勝也 先生

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麻酔学が発達した今日、甲状腺手術を含め多くの手術は全身麻酔の下で行われます。全身麻酔では、手術中のあらゆるストレスから全身の状態を守る全身管理が重要になります。中でも、呼吸器系の一部である気道(呼吸する時の空気の通り道であり咽頭・喉頭・気管・気管支などから構成される)にトラブルが起きると直ちに窒息につながり致命的になってしまう可能性があるため、術中術後を通しての気道管理は非常に重要です。

甲状腺は首にある臓器であり気管の前に位置しています。また、声帯を動かす神経(反回神経(はんかいしんけい))が甲状腺のすぐ後ろを通っています。これら甲状腺の解剖学的特徴は、気道管理に大きな影響を及ぼします。今回は隈病院 麻酔科*科長の三川 勝也(みかわ かつや)先生に、甲状腺手術を安全に行うための注意点や取り組みについて気道管理の観点からお話しいただきました。

*麻酔科標榜医:三川 勝也先生・仁科(にしな)) かほる先生

全身麻酔では、麻酔薬などの影響で呼吸が不安定になり充分な呼吸ができません。そこで手術の際は気道を確保し機械による人工呼吸が必要になります。甲状腺の手術では、気管にチューブを入れて(気管挿管)気道を確保します。理由は、甲状腺の解剖学的位置が関係しています。甲状腺は気管の前(腹側)に位置し、すぐ後ろ側には反回神経が通っています。そのため、甲状腺の手術は常に気道トラブルと隣り合わせの難しい手術といえます。

甲状腺の位置
甲状腺の位置

たとえば、両側反回神経麻痺*は気道閉塞(窒息)をきたす危険性をはらんでいるため、十二分に注意しなければならない合併症です。手術中は気管挿管を行い、確実に気道を確保し、万が一多量の出血**や両側反回神経麻痺が起こっても対応できる体制を築いています。

問題は術後です。手術が終わると麻酔から覚醒し気管チューブを抜いてしまうため、気道トラブルに対し無防備な状態になってしまいます。我々は術後気道閉塞に陥らないように細心の注意を払っています。窒息を避けるため、術後にいったんチューブを抜いた後、もう一度気管チューブを気管に入れる場合(再挿管)もあります。

*両側反回神経麻痺:声帯の動きをコントロールする反回神経が両側損傷されて声帯が動かなくなること

**甲状腺が位置する頸部には太い血管が通っているとともに、甲状腺自体も血流に富んだ臓器である

気道の閉塞例
気道の閉塞例

お話ししたように、甲状腺の手術では気道の管理が何よりも大切になりますが、肥満であると気道(主に咽頭)が狭くなるため気管挿管などの気道確保ひいては気道管理が難しくなります。さらに、超肥満の場合は気道確保ができないために、手術の執刀さえ難しいケースも想定されます。

そのため、術前には肥満を解消するようお願いしています。当院では減量目標としてBMI***30以下にするよう指導しています。また、肥満以外にも気道が狭い場合があります。たとえば、睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)があります。痩せている場合であってもSASの方がいらっしゃいます。そのため、当院の術前の麻酔科診察では「睡眠中に大きないびきをかいていませんか?」と必ずお尋ねしています。

また、「仰向けで寝ると息苦しいですか?」「首を下に思い切り曲げたときに息苦しくなりませんか?」などの問診も行っています。これらの質問の回答が“yes”であれば上気道が元々狭い可能性がありますので要注意です。

ほかにも、喘息など呼吸器系の病気にかかっている場合にも気道が詰まりやすくなる可能性があるため、術前の評価を念入りに行っています。

***BMI:身長と体重から計算する肥満度の指標。標準値は22とされている。

当院では手術を受ける患者さん全員に麻酔科医の術前診察を外来で受けていただいています。術前診察では、手術歴を含めた既往歴・持病のチェックとともに採血検査・心電図・肺機能検査・胸部レントゲン検査で全身状態を把握します。実際に麻酔科診察で肺血管の病気が発見されたため、そちらの外科治療を先に行ってその後に甲状腺の手術を実施したこともあります。

さらに、麻酔科診察では頚部のレントゲン検査やCT検査などで気道の状態を徹底的にチェックしていきます。私は“お顔立ちチェック”と呼んでいますが、必ず首の外観・開口度合・口を開けたときの咽頭の見え具合・歯の状態などを評価し、気道確保しやすいかどうかを外来時点で予測しています。このような確認こそが甲状腺手術における気道確保の安全性につながります。

先に述べたように、甲状腺手術において反回神経麻痺が両側に起こると声帯が閉鎖し窒息につながる危険な状態になります。当院では、術中に大事な反回神経の走行を明らかにするため、電気的に感知する“術中神経モニタリングシステム”を使用しています。この神経同定システムによって反回神経の損傷をできる限り予防する体制を築いています。もし、片方の反回神経を傷めた場合でも、このシステムを使用していると気管チューブを抜く前に一側声帯麻痺が起きていることが分かります。そのため、注意してチューブを抜管したり、その後の術後気道管理を行うにあたって有益な情報が得られたりします。

この神経モニタリングシステムでは、表面に金属電極がついた特殊な気管チューブを使用します。金属電極が声帯に触れるよう気管挿管すると、手術中に反回神経を電気刺激したときに声帯筋が電位を発生し、モニター画面に筋電図が描かれ声帯が麻痺していないことが分かります。

神経モニタリングシステム

反回神経を見つけたいときは、神経があると思われる場所を探針で電気刺激します。その際に筋電図反応が得られた場合、それが反回神経です。このシステムを使って反回神経損傷を可能な限り事前に防ぐよう努めています。もし反回神経麻痺(声帯麻痺)を起こしたことが高い確率で疑われる場合には、以後の対策(ステロイド投与・気管挿管継続管理・気管切開など)を立案することができます。

当院では、甲状腺がんバセドウ病に対する甲状腺全摘術で積極的に使用しています。外科医と麻酔科医が密接に協力して反回神経損傷が起こらないよう日々努力しています。

神経モニタリングシステムのモニター
神経モニタリングシステムのモニター

通常、気管挿管では、喉頭鏡というデバイス(道具)を使います。術前外来診察のレントゲン検査・CT検査・お顔立ちチェックによって気管挿管が難しいと予測された場合は、麻酔薬で眠った後に特殊なデバイスを使って気管挿管を実施します。麻酔科医によって好みのデバイスがありますが、個人的には気管支ファイバースコープをよく使っています。

やせ型の体形でも甲状腺病変が非常に大きくなると気管圧迫や声門偏位などで気管挿管が難しいケースもあります。当院では、明らかに気道確保が難しそうだと予想される患者さんには、意識下ファイバースコープ挿管を実施しています。全身麻酔をかける前に鎮痛薬と局所麻酔薬を使いながら、まず気管チューブを通した気管支ファイバースコープを口から声門へと通し、気管に入れます。次にファイバースコープをガイドにして気管チューブを滑らせるように気管に入れるのです。なお、このファイバースコープガイド下挿管は、全身麻酔料金(通常6万円)に含まれます。ファイバー挿管する・しないにかかわらず、患者さんは全身麻酔料金のみの負担になります。

麻酔科医には、患者さんの全身を診る力が求められます。手術を担当する外科医と麻酔科医が協力して術前・術中・術後の全身状態を評価するようにしています。

安全な手術を実現するために、麻酔科医が外科医をサポートする体制が整っているのです。特に甲状腺手術では気道系に充分に注意する必要があります。術前の気道リスクを減らすために肥満の改善や喘息のコントロールなど気道の評価を入念に行っています。さらに、術中は神経モニタリングシステムを使って声の障害を避けると同時に、術後の気道リスクも評価しています。今後も安全な手術を行うために、我々麻酔科医も尽力してまいります。

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