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患者さんが安心・満足できる脊椎手術を目指して――骨粗鬆症性椎体骨折を例に

患者さんが安心・満足できる脊椎手術を目指して――骨粗鬆症性椎体骨折を例に
日方 智宏 先生

北里大学北里研究所病院 脊椎センター センター長、北里大学医学部整形外科 准教授

日方 智宏 先生

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年齢を重ねると、特に女性は骨が脆くなる“骨粗鬆症”にかかりやすくなります。骨が脆いとちょっとしたことで骨折しやすくなり、それが背骨に起こると背中が曲がったり、身長が低くなったりします。骨折すると手術や骨粗鬆症に対する薬物治療が必要となるのですが、「背骨の手術は怖い」「年だから腰が曲がって歩きにくくても仕方ない」などと思い、受診や治療に前向きになれない方が多いそうです。今回はそのような方々へのメッセージを、北里大学北里研究所病院 病院長補佐/脊椎センター長 日方 智宏(ひかた ともひろ)先生から伺いました。

我々は、できるだけ安全に脊椎の手術を実施すべく、日々研鑽を積んでいます。

しかし、首や腰、背骨の手術をご提案しても忌避される方がいらっしゃいます。特にご高齢の方では「首や腰の手術は怖い」「手術をしたら寝たきりになる、車椅子になる」といった、術後合併症への過剰な不安を感じている方が少なくないようです。

確かに脊椎は体を支える大事な部位で、その内側には脊髄(せきずい)や神経が通っています。病気の原因が複雑で診断や治療が難しい病気の場合、術後に重篤な合併症を起こすリスクはもちろんゼロではありません。そのため、我々が強引に誘導して手術をするようなことは基本的にありません。それぞれの患者さんに対して、難しい手術なのか簡単な手術で済むのか、また手術のメリット・デメリットを丁寧に説明し、最終的には患者さんに手術を受けるかどうかを決めていただきます。

手術を受けると決断してくださった患者さんの期待に応えるためにも、我々は術者のスキルアップを図るとともに、手術をサポートする機器を導入するなどして、脊椎手術の安全性の向上に努めています。

当科には、日本脊椎脊髄病学会が認定している脊椎脊髄外科指導医が3名、常勤として在籍しています(2022年3月現在)。

脊椎脊髄外科指導医は、脊椎・脊髄の病気に対する専門的な手術を行う技量と知識を有すると認定された整形外科医もしくは脳神経外科医に対し付与される資格で、豊富な手術経験と実績が要求されます。資格取得には過去300件以上の手術実績と、業績として5編以上の学会発表や学術論文の執筆本数などを提出する必要があるので、実際に手術をし、専門的に勉強している医師でないと取れない資格です。また、資格を継続更新するためには5年ごとの審査を通過する必要があります。

このように基準が厳しいので、脊椎脊髄外科指導医は全国で1,727名(2022年3月現在)しかいません。当院にはそのうち3名が在籍しています。

当院で行う脊椎手術は、脊椎脊髄外科指導医が必ずついて実施します。また、手術前のカンファレンスを週1回、患者さんの回診を週1回行い、医師内で情報共有をしています。

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脊椎センターのメンバー

当院は総合病院であり、さまざまな診療科がある施設内で脊椎手術を行っているので、他診療科と連携して術前に病気の進み具合をコントロールしたり、あるいは術後に何か問題があったときにすぐに診てもらえたりします。他診療科のバックアップを得て、合併症のある方でもしっかり対応できることも特徴です。

当院ではこのような体制で脊椎手術を実施しており、どのような患者さんでも術後の合併症や後遺症が残らないように最大限の工夫を凝らしています。とはいえ、術後に傷の感染を起こしたり、再手術が必要になったりすることはまれにあります。こういったリスクに関しては術前にしっかりお話をさせていただきます。

当院では、脊椎手術の正確性を高めるために“O-armナビゲーションシステム”および“3次元ロッドベンディングシステム”を導入しています。

O-armナビゲーションシステムは、より正確な脊椎手術を行うための画像支援技術です。患者さんの脊椎の骨の大きさ、形、並び方は個人差があり、人それぞれで違います。手術の途中で患者さんの脊椎のCT画像を撮影し、患者さんの脊椎の骨の情報をコンピューターが解析して、スクリューなどの金属を設置したりする場合の正しい方向を教えてくれます。いわば、車のナビが道を教えてくれるようなものです。

脊椎手術の多くは、背骨の中に“スクリュー”という金属性のネジを入れます。背骨の周りには脊髄や神経、大きな血管などがあるので、誤ってそれらにスクリューの先端が飛び出して刺さるリスクがあります。そこでO-armナビゲーションシステムを使うと、「この場所からこの方向にスクリューを打ったら、骨のこの辺に入りますよ」とリアルタイムに表示されますので、より安全に手術を行うことが期待できます。

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3次元ロッドベンディングシステムも術者の技術をサポートする器械です。脊椎手術では骨に対してスクリューをしっかり固定するために、スクリュー同士を“ロッド”という金属の棒で接続します。脊椎は人によってさまざまなカーブを描きますので、きれいにロッドをつなぎ合わせるのには技術が必要です。3次元ロッドベンディングシステムを使うと、コンピューターが「こういう形でロッドを形成すれば、うまくつなぎ合わせられますよ」と教えてくれます。

これらの器械は、これまで医師が見た目や手の感触などの感覚だけでやっていたものを、数値化、画像化して正確に示してくれます。これがあれば医師としても安心して手術を行うことができますし、手術の安全性は確実に上がると思います。

しかし、器械はエラーや故障を起こすこともありますから、術者はこれらに頼り過ぎてはいけません。これらがなくても安全に脊椎手術ができる技術を持っている医師が、より高い安全性を目指して使うべきものだと考えます。

ここからは、当院の脊椎センターで行う治療について、骨粗鬆症椎体骨折を例にあげてご説明します。

骨粗鬆症は、骨の量と質が低下して脆くなり、骨折しやすくなる病気です。骨が脆くなることで起こる骨折のうち、椎体(背骨を形づくる椎骨の円柱状の部分)の前方がつぶれて、くさび形になってしまうのが、骨粗鬆症性椎体骨折です。椎体骨折の発生率は女性で高く、加齢とともに上がります。

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画像:PIXTA

手術法の進歩により体への負担が少ない治療が可能になってきています。

骨粗鬆症性椎体骨折では、痛みがある方、神経の麻痺がある方、過去の骨折により背骨が変形してしまって腰が伸びず、生活上で支障のある方(立っていられない、歩けないなど)は手術を検討します。

骨粗鬆症性椎体骨折の手術は、背中の真ん中を大きく切開して数多くのスクリューを入れて固定するような手術をすることがありますが、現在当院ではスクリューを入れるところだけピンポイントで小さく切開して、筋肉をあまり傷めずに処置できるようになっています。こういった低侵襲(ていしんしゅう)な手術をすることによって、手術の出血量などを減らしたり、術後の痛みを少なくしたりすることができます。さらに、昔は術後に体を動かすのも慎重だったのですが、今は手術翌日からどんどん歩いていただきますし、リハビリテーションが早く進むので入院期間を短くすることができます。

低侵襲手術では術後の回復も早い傾向にあります。たとえば “経皮的椎体形成術(BKP)”という、経皮的に小さなカテーテルを入れて、風船をふくらませて骨の形を整え、セメントを入れて固めるという低侵襲な手術法がありますが、基本的に当院でその手術をした夜にはトイレまで歩けますし、翌日から食事が出て、2~3日で帰ることもできます。前述したようなスクリューをたくさん入れるような手術でも、基本的には翌日からどんどん体を起こして、痛みの程度によっては鎮痛剤を使いながら歩く練習が始まります。

ただし、当院では全ての手術を低侵襲で行うわけではありません。患者さんの病態に合わせて適切と考えられる手術を選択して行っております。

脊椎手術を受けた高齢の患者さんの満足度に関する調査結果

骨粗鬆症性椎体骨折に限らず、腰椎(ようつい)の手術を受けた80歳以上169人の高齢患者さんを対象に、手術に対して満足しているかどうかのアンケート調査を、日本全国の複数の病院で行いました。この調査では、患者さん個々のデータとして、内科の病気の有無、内服薬の種類、受けられた脊椎手術の内容(手術にかかった時間や出血量)、手術に関する合併症の有無、再手術率、術後の痛みの改善具合などを同時に評価しました。この結果、手術をして1年後に約8割の方が「手術を受けてよかった」と回答されました。残りの2割は不満足ということですが、合併症を起こして再手術を行うことや、術後にまた骨折を起こして痛みが再発することが患者さんの満足度を下げる要因になっていることが判明しました。

患者さんの満足度を下げる要因となる“骨折の再発”は、骨粗鬆症の治療が不十分であることが大きな原因の1つです。

当院では整形外科が積極的に骨粗鬆症の薬物治療に取り組んでいます。しかし、骨粗鬆症についてはせっかく治療を始めても途中で止めてしまう方、そもそも治療を受けていない方も多く、問題だと感じています。

骨粗鬆症の治療を継続していただくために、遠くから手術を受けに来られた患者さんの場合には、退院後に地域のかかりつけ医のところに戻るとき、紹介状に骨粗鬆症の治療を継続していただきたい旨を書きます。また、当院へ継続して通院いただける患者さんには、定期的に骨粗鬆症の治療ができているかどうかを確認し、骨密度の検査を行っています。患者さんが治療を止めないために「これは治る病気ではなくて、付き合っていく病気ですよ」と根気強くお話しすることも大事だと考えています。

私が懸念しているのは、つらい症状があるのに「年だからもうよくならないんじゃないか」と諦めている高齢の方が多いことです。医学の進歩により、今なら治せる病気もありますし、80歳代、90歳代のご高齢の方でも手術や治療をすることができる時代です。

ですから、症状がどうしてもよくならない、むしろ悪くなってくるという場合には、やはり脊椎を専門とする医師の診察を受けることをおすすめします。症状が悪化することで動くことも難しくなり、治療を受ける機会が失われてしまうこともあります。一概には言えませんが、症状がよくならないのは何かしら見落としていたり、状況が悪化していたりすることが原因かもしれないので、より専門的な治療を受ける必要があるでしょう。

脊椎を専門とする医師が診れば、新しい治療の手段が見つかることがありますし、そうでなくとも安心・納得につながると思います。年だからといって諦めたり遠慮したりせず、お困りでしたら気軽にご相談いただければ幸いです。

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