胚(受精卵)の細胞の一部から、将来生まれてくる子どもの遺伝情報を調べる着床前遺伝学的検査の1つにPGT-A(着床前胚染色体異数性検査)があります。不妊治療の際に行われるもので、流産率の低下につながるとされています。しかし、この検査は保険適用外であり、またデメリットもあるため、検査を受ける際は事前に医師とよく相談することが必要です。今回は、恵愛生殖医療医院院長の林博先生に、着床前遺伝学的検査(PGT-A)について、メリット・デメリットや注意点を含め詳しくお聞きしました。
人間の全ての細胞には23対46本の染色体があり、1本の染色体にはそれぞれ数多くの遺伝子が記録されています。着床前遺伝学的検査とは、胚(受精卵)の細胞の一部を採取し、染色体や遺伝子を解析して遺伝情報を調べるもので、それぞれ目的が異なる3種類の検査があります。
染色体の異数性(数の異常)の有無を調べる検査で、一般的に着床前遺伝学的検査というとPGT-Aを指します。異数性がある胚を移植しても妊娠に至らなかったり流産の原因になったりするため、胚の細胞の中の染色体について異数性の有無を確認します。異数性のない胚を選んで移植すれば、流産の確率を抑えられると考えられます。
染色体異常の代表的なものとしてダウン症候群があります。ダウン症候群は、通常2本である21番染色体が3本になること(染色体の異数性)によって起こり、出生後、発育の遅れや精神発達の遅れなどの症状がみられます。
染色体の構造異常(形の異常)の有無を調べる検査です。構造異常には、2種類の染色体の一部が入れ替わる相互転座などがあり、カップルのどちらかの染色体に構造異常がある場合などにこの検査を行います。
染色体の単一遺伝子疾患の遺伝子異常を調べる検査です。どの遺伝子に異常があると出生後どのような病気になり得るか判明しているものについて、その特定の遺伝子を調べます。上のお子さんに筋ジストロフィーのような重篤な遺伝性疾患がある場合などに行います。
本記事では、PGT-Aについて詳しく説明します。
体外受精は、女性の体から排卵直前の卵子を取り出し、体外で精子と受精させる治療です。移植の際、PGT-Aにより異数性のない胚(受精卵)を選べば、その胚移植による妊娠可能性は高まり、流産のリスクを減少させられると考えられます。海外にはこの検査をほぼルーティンとして行っているような国もあるようです。
※恵愛生殖医療医院では2022年6月現在、着床前遺伝学的検査を実施していません。
PGT-Aを希望する場合、必ず体外受精をしなければなりません。自然妊娠を目指しているカップルでも卵子を体外に取り出す必要があり、女性の体への負担が大きくなります。また、検査時、胚に針を刺して細胞の一部を採取するため、胚へのダメージが懸念されます。
モザイク胚とは、正常な数の染色体を持つ細胞と異数性のある細胞が混在している状態の胚です。モザイク胚の移植により出産に至ったケースも数多く報告されていますが、どの程度の割合で異数性のある細胞が混じっているかによっても移植すべきか否かの判断が異なります。この検査の目的は、お子さんに異常が出るかどうかを確認することではなく、あくまでも妊娠・出産に至る可能性を上げることであり、現在のところモザイク胚の取り扱いは明確に定まっていません。
保険外診療(自費診療)と保険診療の併用は原則として禁止されています。しかし例外的に、保険適用外の先進的な医療として認められ、保険診療とともに実施できる“先進医療”というものがあります。2022年6月現在、PGT-Aは保険適用外であり、先進医療としてもまだ認められていません。したがって現在、この検査を希望する場合には、ほかの検査・治療も全て自費診療で行う必要があります。
前述のとおり、2022年6月現在、PGT-Aを受けるには、ほかの全ての検査・治療を自費診療としなければなりません。2022年3月までは助成制度(『不妊に悩む方への特定治療支援事業』)により一定程度費用負担が軽減されていましたが、4月からこの制度が廃止されたため、患者さん自身の負担額が増えてしまいます。加えて、検査の前に遺伝カウンセリングを受ける必要があり、その費用も全額自己負担です。
日本産科婦人科学会では、PGT-Aの先進医療B*としての認可を目指しており、認可されれば保険診療と併用できるようになります。しかしながら、認可までには一定の期間を要すると予想されます。
*先進医療B:先進医療はAとBに分類され、Bは実施施設が守るべきルールや患者登録方法などがより厳格に定められている。日本産科婦人科学会は当初、着床前遺伝学的検査を先進医療Aとして申請したが、先進医療Bとしてあらためて申請するよう指示を受け、Bでの認可を目指している。
2022年4月の時点で、PGT-Aを実施できる承認施設は全国200施設に限られています。今後、先進医療Bとして認可されたとしても、先進医療Bを実施できる医療施設は限られるでしょう。生殖医療を主に担っているのが大規模病院ではなくクリニックであるという現状では、PGT-Aの実施がさらに難しくなる可能性があります。
PGT-Aを受ければ移植に適した良好な胚を見極められるため、検査せずに胚移植を行った場合と比べて妊娠・出産に至る可能性が高まると考えられます。しかし、検査の結果、異数性のない良好な胚が見つからず胚移植に至らないケースもあり、PGT-Aを受けたカップルが必ずしも妊娠しやすくなるわけではないともいえます。また、前述のとおり、この検査には女性の体への負担、胚にダメージを与えるリスクや、現在のPGT-Aには技術的な検出限界があり胚の染色体情報に関する検査結果は確実ではないこと、またモザイク胚の取り扱いが定まっていないという課題があります。
さらに、日本産科婦人科学会ではPGT-Aの検査対象を、体外受精治療を2回以上連続して不成功、または流産を2回以上繰り返している夫婦などに限定しています。
これらを踏まえ、事前に医師と十分相談し専門家による遺伝カウンセリングを受けたうえで、検査を受けるかどうか検討する必要があるでしょう。
PGT-Aには、良好な胚を見極めて移植することで妊娠・出産に至る可能性を高めるという大きなメリットがあります。また、検査時に胚にダメージを与えるリスクについては、検査技術の進歩により解決への道筋が見えてきています。
さらに、先進医療Bに認可されれば保険適用の治療と併用できるようになります。全ての治療を自費診療としなければ検査を受けられない現状と比べ、費用負担が大幅に軽減され、より多くのカップルがPGT-Aを前向きに検討しやすくなると期待されます。
恵愛生殖医療医院 院長
恵愛生殖医療医院 院長
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医日本生殖医学会 生殖医療専門医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本周産期・新生児医学会 周産期専門医(母体・胎児)
1997年に東京慈恵会医科大学卒業後、同大学病院にて生殖医学に関する臨床および研究に携わる。
2011年4月恵愛病院生殖医療センター開設。
2016年1月恵愛生殖医療クリニック志木開院。院長就任。
2018年1月同クリニックを和光市に移転し、恵愛生殖医療医院へ改称。
日本生殖医学会認定 生殖医療専門医、日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医、日本周産期・新生児医学会認定 周産期(母体・胎児)専門医を持つ不妊治療のスペシャリストとして活躍。自らも体外受精・顕微授精や不育治療を経験しており、患者さま目線の治療を提供することをモットーとしている。
林 博 先生の所属医療機関
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