近年、不妊症に悩むカップルが増え、不妊治療がより広く行われるようになってきました。我が国では特に、年齢が高くなってから治療を始める方が多い傾向にあります。現在のところ、不妊治療の中でも体外受精の成功率は低い水準にとどまっており、その要因の1つに着床前遺伝学的検査(PGT-A)が普及していないことが挙げられます。今回は、恵愛生殖医療医院院長の林博先生に、体外受精の現状と展望、同院の取り組みについてお聞きしました。
日本産科婦人科学会の調査によると、2019年の生殖補助医療(体外受精)による治療件数は45万8,101件で、このうち出産まで至ったのは5万8,986件(約12.9%)でした。
治療を受けた方の年齢別の妊娠率、出産率を見ると、30歳前後はほぼ横ばいであるものの、30歳代後半から大きく下降し始めます。一方、流産率は30歳代前半から少しずつ上がり始め、30歳代後半以降、上昇幅が大きくなっていきます。体外受精を受けた方の数は40歳がピークであり、年齢的に妊娠率が下がり、流産率が上がる途上にあるといえます。
体外受精の成功率が低い理由として、治療を受けるカップルの女性の年齢が比較的高いことが挙げられます。女性は年齢とともに妊孕性(妊娠するための力)が低下するとされていますが、2022年4月の不妊治療保険適用化以前は全て自費診療で経済的負担が大きく、若いカップルがなかなか治療に踏み出せなかったという背景があると推察できます。
また、海外では高齢になると若い女性から卵子提供を受けて体外受精を行うという国も多いですが、日本では卵子提供が原則禁止されているという事情も成功率が低い理由の1つです。
人間の全ての細胞には23対46本の染色体があり、1本の染色体には複数の遺伝子が記録されています。前のページでも述べたように、PGT-Aはこの染色体の異数性(数の異常)を調べる検査です。
異数性がある胚(受精卵)を移植すると妊娠に至らなかったり流産を引き起こしたりするため、異数性のない胚を見極める目的で行います。海外にはこの検査をほぼルーティンとして行っているような国もあるようです。しかし、日本では普及が進んでおらず、体外受精の成功率が伸びない一因になっているといえます。
※恵愛生殖医療医院では2022年6月現在、着床前遺伝学的検査を実施していません。
日本の医療施設では、排卵誘発において低刺激法が広く用いられています。低刺激法は自然の排卵周期に合わせて比較的作用の弱い薬を使って卵子を育てる方法で、卵巣への負担は軽いものの、一度に採卵できる数は少なくなります。無理なく受けられる反面、下記の高刺激法と比較すると1回の採卵あたりの成功率が上がりにくいといえるでしょう。
高刺激法とは、排卵誘発剤を連日注射して多くの卵子を育て、一度に多数を採卵する方法です。採卵数が多ければ、受精後に移植できる胚をより多く得られるため、1回の採卵で妊娠できる確率が高くなります。不妊治療の保険制度では、採卵された卵子数が増えることにより保険点数が増加します。また胚移植の回数制限があるために1回の胚移植あたりの成功率を上げる必要があります。そのため2022年4月に不妊治療が保険適用されたのを機に、日本でも今後、高刺激法を行う医療機関が増える可能性があると考えられます。
着床前遺伝学的検査(PGT-A)では、胚に直接針を刺して細胞の一部を採取するため、胚にダメージを与えるリスクがあります。そこで、将来的に胚にダメージを与えない検査(非侵襲的検査)を実現すべく、研究が行われています。
胚の培養液に溶けだした少量のDNAや遺伝子を採取して調べるNIPT(Non Invasive Prenatal Genetic Testing:無侵襲性出生前遺伝学的検査)のような胚にダメージを与えにくい非侵襲的検査には、現時点では細胞の一部を採取して行う従来の検査法と比べて精度が低いという課題があります。しかし、今後さらに技術発展が進めば、検査精度は大きく向上していくと期待されます。
正常な数の染色体を持つ細胞と異数性(数の異常)のある細胞が混在しているモザイク胚の取り扱いについては、現在のところ明確なルールがありません。どの程度の割合で異数性のある細胞が混じっているかにより、過去のデータなどを参考に移植すべきか否かを個別に判断しています。今後モザイク胚の判定技術がさらに進歩し、移植の判定基準が明確になれば、胚移植できる件数が増加して、体外受精全体の成功率向上につながると期待されます。
着床前遺伝学的検査(PGT-A)に関する技術は着実に向上しており、近い将来、より安全で精度の高い検査が可能になると考えられます。一方で、この検査は2022年4月の不妊治療保険適用化の対象とはならず、また、日本産科婦人科学会では検査対象を、体外受精治療を2回以上連続して不成功、または流産を2回以上繰り返している夫婦などに限定しており、誰でも簡単に受けられるわけではないという課題もあります。
そこで当院では、AIの画像判定技術を活用して良好胚を見極める試みを開始しています。タイムラプス(インターバル撮影)画像により胚(受精卵)の発育を常時観察し、ビッグデータを基にその後の妊娠率を解析して、移植に適した胚を判別する方法です。従来のPGT-Aと比べて胚にダメージを与えるリスクは抑えられるものの判定の精度が高くなるとはいえないと考えられています。現在、当院ではAIの画像判定と医師の目による判定を組み合わせて最終的に移植する胚を決定しており、今後、画像診断技術のさらなる向上が待たれます。
※2022年6月現在、AIによる画像判定は保険適用となっていないため、保険適用による体外受精では原則使用することができません。当院では、自費診療で体外受精する方の場合に追加料金なしで実施しています。(胚の状況によっては実施できない場合があります。)
将来的に、胚を培養しながらAIによる画像診断と遺伝学的検査を行い、移植に適した胚を自動的に判別できるような装置が開発されれば、体外受精の成功率向上につながると期待しています。
2019年の日本産科婦人科学会の調査結果を見ると、不妊治療を受けた人の妊娠率は30歳代前半から緩やかに下がり始め、30歳代後半からは下降幅が大きくなっているのが分かります。また、流産率は特に30歳代後半から顕著に上昇がみられます。これは女性の年齢が上がるにつれ卵子の質が低下し、染色体異常が出やすくなることと関連しています。
着床前遺伝学的検査(PGT-A)は、特に女性の年齢が高くなってから妊娠を望むケースにおいて移植に適した胚(受精卵)を見極めるもので、移植後の妊娠率の向上、流産の抑制に有用な検査だといえます。技術向上がさらに進み、また検査が普及すれば、全体的な体外受精の成功率アップにつながると期待されます。
しかしながら、妊娠を望むのなら若いうちから不妊治療を開始し、早めに妊娠・出産を目指すのが近道だと考えます。将来的にさらなる技術向上が期待できるものの、やはりなるべく早く治療を開始するのが大切であることに変わりはありません。お子さんを持ちたいと望むカップルには、不妊症かもしれないと感じたら早めにご相談いただければと思います。
恵愛生殖医療医院 院長
恵愛生殖医療医院 院長
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医日本生殖医学会 生殖医療専門医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本周産期・新生児医学会 周産期専門医(母体・胎児)
1997年に東京慈恵会医科大学卒業後、同大学病院にて生殖医学に関する臨床および研究に携わる。
2011年4月恵愛病院生殖医療センター開設。
2016年1月恵愛生殖医療クリニック志木開院。院長就任。
2018年1月同クリニックを和光市に移転し、恵愛生殖医療医院へ改称。
日本生殖医学会認定 生殖医療専門医、日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医、日本周産期・新生児医学会認定 周産期(母体・胎児)専門医を持つ不妊治療のスペシャリストとして活躍。自らも体外受精・顕微授精や不育治療を経験しており、患者さま目線の治療を提供することをモットーとしている。
林 博 先生の所属医療機関
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