近年、女性の不妊だけでなく、男性の不妊に対する認知が進んできています。
男性不妊の原因はいくつかありますが、その中でも最大の原因は「精子の質の低下」だとされています。そして近年では「精子の質の低下」に関する大規模な研究も報告されてきており、精子の質についての議論が活発になってきています。
本記事では、男性不妊の大きな原因となる「精子の質の低下」について、男性不妊をご専門にされている帝京大学医学部附属病院 泌尿器科 講師 木村将貴先生にご解説いただきました。
国立社会保障・人口問題研究所が2015年に報告した「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」によると、不妊を心配したことがある夫婦の割合は35%、その中でも子どものいない夫婦に限ると、その割合は55.2%に上ることが分かっています。この割合は前回の調査(2010年)と比較すると増加しており、不妊についての心配を抱える方は増えてきていると予想されています。
不妊の原因というと、女性の問題というイメージを持つ方もいらっしゃいますが、そうではありません。女性だけでなく、男性側の問題が不妊の原因になっている場合もあります。
不妊症には以下の3つがあります。
このうち、①男性に原因があるものと、③男女両方に原因があるもの、つまり男性因子による不妊という視点で見てみると、不妊の40~50%は男性側の原因によるものが占めているといわれています。
こうしたデータから分かるように、不妊というのは女性だけの問題ではなく、男性側にもあるということを正しく知っていただきたいと思っています。
男性不妊の原因としては主に下記のようなものが挙げられます。
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では男性の不妊においては、どの原因がもっとも大きいのでしょうか。
原因の約80%を占めているのは、精子が正常につくられない「造精機能障害」です。造精機能障害とは、精子が形成されるもしくは成熟していく過程に何らかの問題が生じている障害です。こうして質のよい精子がつくられないと、不妊症へと発展していきます。
では精子の質とはどのように決定されるのでしょうか。
一般的に「精子の質」は、下記のような要素によって決められています。
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たとえば精液の量が少ない、精子の運動性が低いといった場合には精子の質が低下している状態であり、妊娠に結びつきにくいと考えられます。
ではなぜ、質のよい精子がつくられなくなるのでしょうか。
質のよい精子をつくり出せなくなる障害(造精機能障害)の原因は、明確になっている場合と、いまだ不明とされている場合があります。
原因が明確にある造精機能障害は全体の約30%です。
たとえば精索の静脈がこぶ状に拡張する精索静脈瘤や、男性の性染色体の異常によって性腺機能不全を引き起こすクラインフェルター症候群などを発症していると、精子の形成や成熟の過程に問題が生じ、精子の質が低下してしまいます。
一方、原因不明である造精機能障害は全体の約60%で、男性不妊の約半数はここに当てはまります。原因不明の造精機能障害では、病気の明確な発症が認められません。男性不妊の半数以上は原因が不明なのです。
なぜ、精索静脈瘤やクラインフェルター症候群といった原因疾患を発症していなくても、精子の質が低下してしまうのでしょうか。その理由を明らかにするために、これまでさまざまな研究が進められてきました。そして近年、いくつかの研究の報告によってその要因が明らかにされてきています。
2011年1月に産科医向けの国際ジャーナル誌『Fertility and Sterility』に、それまでに発表されてきた57の横断研究*の結果を統合して解析することで、いくつかの社会的・心理的行動因子と精子の質との関連を明らかにした論文が掲載されました。この論文では、年齢、体格指数(BMI)、心理的ストレス、喫煙、アルコール、コーヒー消費の6つの要因を取り上げ、それぞれ精子の質に影響を及ぼすかどうかを検討しました。
*横断研究…ある集団のある一定時点における健康状態や疾患発病などを調査した研究
その結果、次のような結果が得られました。
■喫煙
喫煙は、健康な男性および不妊の男性において、精液の量、精子の密度、精子数、精子の運動性、精子形態という全ての精子パラメーターを悪化させる可能性が示されました*。
*喫煙は、スイス人・イラン人精液量、米国人・デンマーク人・ブラジル人を対象とした研究における精子密度のリスク因子にはなりませんでした。
■加齢
加齢は精液量の減少のリスク要因であることが明らかになりました。
■アルコールの摂取
加齢と同じく、アルコールの摂取は精液量の減少のリスク要因であることが分かりました。
■心理的ストレス
心理的ストレスは、精子密度の低下、精子の前進運動性の低下、異常な精子形成の増加に影響を及ぼす可能性が示されました。
つまり、57の研究を統合し解析した非常に大きな研究の結果によると、喫煙、加齢、アルコール摂取、心理的ストレスは、精子の質を低下させる可能性があることが分かったのです。
この中でも特に私が注目している要因は「心理的ストレス」です。喫煙やアルコールの摂取といった生活習慣の悪化のみならず、心理的なストレスというのも、精子の質を左右する大きな要因であることが、この研究から示されました。心理的ストレスが精子の質に影響を及ぼすという報告は、このほかにもいくつか報告されています。
同じく2010年3月に『Fertility and Sterility』にて発表された研究で、心理的ストレスと精子の質の関連を調べたものがあります。この研究では米国の5つの都市にある出産前診療所にて、妊娠中の女性のパートナー(774名)を対象として、精子密度、精子の運動性、精子形態、正常精液の基準値( WHOの基準による)を評価しました。
その結果、最近に2つ以上のストレス生活事象を抱えた男性は、ストレス生活事象を1以下しか抱えていない男性と比較して、精子密度、精子の運動性、精子形態などの基準によって決定されるWHOの正常精液基準値の「正常」を下回る可能性が高まることが分かりました。
このようにストレスに曝露される度合いによっても、精子の質が変わってくることが明らかになっているのです。
なぜ心理的ストレスは精子の質の低下に影響を及ぼすのでしょうか。その理由は心理的ストレスが「内分泌系」の機能に影響を与えるためだと考えられています。心理的ストレスによる負荷が大きくなると、体の内分泌系の機能に異常をきたし、下垂体からのテストステロンの分泌が低下することが分かっています。これは男性の更年期の発症メカニズムと同様です。
この「テストステロン分泌の低下」は精子の形成に影響を及ぼします。これまでの研究では、精子の形成は精巣中のテストステロンの量に比例することが示されています。つまり心理的ストレスによって精巣中のテストステロン濃度が低下することで、精子の形成に影響が現れ、結果として精子の質の低下へとつながるのではないかと考えられています。
▲右)木村先生、左)この日ご一緒にお話を伺った恵愛生殖医療クリニック志木 院長 林 博先生
このように、精子の質の低下には喫煙、加齢、アルコール摂取、心理的ストレスなどが関わっていることが明らかになっています。さらにほかの研究では肥満、抗精神病薬の使用、コーヒーの摂取なども精子の質を低下させる要因として報告されているものがあります。このような結果を見てみると、生活習慣の改善は、精子の質を低下させないためにはとても重要だといえるでしょう。
また、今回取り上げたように心理的ストレスを抱えすぎないことも、質の低下を防ぐためには重要となります。ストレスを抱えずに生活することはとても難しいことであり、特に不妊に悩む方では周囲に悩みを相談できない方も多くいらっしゃいます。心理的ストレスを抱えることがさらに不妊の要因となってしまうことを意識して、なるべく1人で抱え込みすぎず、周囲の理解者や男性不妊を専門としている医師へ相談をしていただくことで、上手にストレスを発散できるようにしていきましょう。
木村 将貴 先生の所属医療機関
恵愛生殖医療医院 院長
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医日本生殖医学会 生殖医療専門医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本周産期・新生児医学会 周産期専門医(母体・胎児)
1997年に東京慈恵会医科大学卒業後、同大学病院にて生殖医学に関する臨床および研究に携わる。
2011年4月恵愛病院生殖医療センター開設。
2016年1月恵愛生殖医療クリニック志木開院。院長就任。
2018年1月同クリニックを和光市に移転し、恵愛生殖医療医院へ改称。
日本生殖医学会認定 生殖医療専門医、日本産科婦人科学会認定 内視鏡技術認定医、日本周産期・新生児医学会認定 周産期(母体・胎児)専門医を持つ不妊治療のスペシャリストとして活躍。自らも体外受精・顕微授精や不育治療を経験しており、患者さま目線の治療を提供することをモットーとしている。
林 博 先生の所属医療機関
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FT(卵管鏡下卵管形成術)の適応について
妻と不妊症治療に取り組んでいます。 造影検査の結果、片側(左側)卵管狭窄が認められました。右側は問題なく通っています。 この度、画像で見えない内膜症を取り除く事、狭窄が本当に認められるのか確認のために担当医より腹腔鏡手術を提案され、実施しました。 結果、問題は左側の卵管狭窄だけになりました。 FTもして欲しかったのですが、取り扱っていないのか、この閉塞では、部位が根本(近位部なのでしょうか??)なので開通させるのは難しいと言われ取り合ってもらえませんでした。 調べてみたところ、NCCNからは近位部では推奨しないようなコメントがありますが、その他の論文を見ると卵管采の方が難しく適応外となる事も書かれています。また、卵管穿孔の不安もあります。 セカンドオピニオンでFTをした方がいいのか、もしくは今の主治医が言うように、開通できない場所のため諦めた方がいいのか。教えて頂けませんでしょうか。よろしくお願いします。 ちなみに、田舎のため、セカンドオピニオンに行くにも新幹線で2時間が基本です。 精子関連、フーナーテストや抗体検査は問題ありませんでした
卵胞について
多嚢胞性卵巣もあり、卵胞が7mmから3週間育たず、内服治療でも育たず、注射を2回し、やっと20mm近くに成長したところで、無排卵で月経がきてしまいました。毎日排卵日検査をしていたので、排卵がなかった事は分かっています。今回の月経の間に、育った卵胞はどうなるのですか?また小さくなってしまうのか、成長したまま残っているのか、教えて下さい。育ったまま残っているのなら、今回の月経後に排卵する可能性はありますか?
妊娠の可能性は?
本日D30、排卵日翌日から高温期が持続しています。排卵日2日前にタイミングをとりました。最近は、月経前に乳房が張ることはなかったのですが、今回は乳房が張っています。それ以外の変化はないのですが、フライングで妊娠検査薬を使用してみましたが、陰性でした。この時期のフライング検査で陰性だと、妊娠の可能性は低いでしょうか?もちろん、フライング検査の信頼性は低いことは、承知しています。
妊娠について
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